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――――音が、聞こえた。
機械のブザーのような低い電子音だった。
最初はリバーシス内かとおもったが、音声システムも死んでいるので違う。
電子音は鳴り続ける。そればかりか、不意に音が高くなった。
「コルト?」
ミィミィにも聞こえたようだ。
わからない。コルトは首を振ってディスプレイを操作する。かろうじて生きていた後部のモニターを表示する。
「……………………」
開いた口がふさがらなかった。
これまで漆黒だった世界で、青白い光がうっすらと輝いていた。
光は少しずつ増えていき、それに合わせて電子音の音域が広がっていく。
単音は数種類に、二つの音が三つの音と重なり――それは一つの曲を成していた。
「嘘だろ……」
それを視た瞬間、コルトは思わず声を漏らした。
光の下に小さな船が浮かんでいる。いや、船が光を乗せて運んでいた。それも次から次へと、無数に奥まで光が現れる。
「……なに、あれ?」
うっすらと瞼を開いたミィミィもおもわずキャップ帽を取った。
「
「ボクたち死んじゃったの?」
コルトは返す言葉が見つからなかった。
試しに自分の手の甲をひねったが痛みはある。
いや、夢の中でも痛みは感じる。記憶がそのようにインプットしていれば、脳が再現できるのだ。だとしたら、とうとう頭がいかれたのか?
瞼を閉じたそのとき、さきほどの光が見えた。人の顔が半透明の水色で浮かび上がる。見たことない顔のパーツや肌の色。顔には骨が皮膚から飛び出たような人種もあった。幽霊たちの顔は、みな哀愁を帯びていた。
「うわ……」
感慨ふけようとおもった矢先、ミィミィの声でさらに気づく。
閉じた視界でも、彼女が見たものが浮かび上がった。
それは下半分が壊れた巨大な宇宙船だった。宇宙船の周囲には青白い光が浮かび、爆発して消え、また浮かびながら、ゆっくりと近づいていく。また、船を取り囲むように、精霊流しでよく見る小さな船たちが、人魂のように船団となって進んでいた。
コルトはディスプレイを操作し、巨大な船にウィンチワイヤーを伸ばした。
勢いよく伸びた錨は、壊れていない宇宙船の装甲を貫通し、ワイヤーは伸びる一方だった。
「ゴーストなのか!」
驚きながらワイヤーを戻すと、停止していたエンジンを稼働させる。
「ミィミィ、後を追うよ」
「大丈夫なの? 船が爆発するかもしれないのに」
「かまうものか。無茶が埋もれた場所に来ているんだ。無謀なことをしなきゃ生きて帰れない」
「……わかった。でも、アイス欲しい」
まだ諦めてないのかよ!
おざなりに返事をした後、リバーシスのエンジンを点火する。
パレードの演奏を壊すかのように、放電とエアーが噴き出る音が船内に木霊する。
船に電気が灯ると、これまで無秩序に表示された計器が統一性をもった。嘘か誠か、時間はブラックホールに入る前に比べて一〇年を過ぎている。これが本当なら頭がおかしくなりそうだ。このまま戻っても、自分たちが生きていた時代に戻れないだろう。
低い唸り声を上げながら、装甲が変形したリバーシスが、牛が歩くような速度で幽霊船にゆっくりと近づく。ブラックパレードに並走する形でリバーシスの向きを整えると、コルトはエンジンを停止させ、ディスプレイをじっと見つめた。
光を発する幽体船のおかげで周囲が鮮明になった。これで隕石などの物質は直視できる。仮に光に映らない物質でも、幽霊船をすり抜けるので、近づくものは把握できる。
「ミィミィ、少しだけ画面をみてて」
彼女に言い残して操舵室を出た。
廊下は散々だった。道具やオブジェが転がっており、異様な音や電灯が切れて明かりのない場所もある。それでも、自動ドアが反応して半分まで開いた。
居住スペースに入り、冷凍庫から棒アイスを掴む。
自分の分を食べるほど食欲はない。
ただ、船外から響いてくるパレードの音楽が心地よい。たとえ、それが死者の国へ向かう鎮魂歌でも。
父さんはここまでたどり着いたのだろうか。
それとも、あの船と一緒に魂を共にしたのか……。
わからないが、前に進めばわかる気がした。
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