プロローグ

1

『マクスタント家の生業は知ってのとおりだ。息子ながら奇異忌憚に思えるだろう。私が小さいときもそう感じたし、おそらく子孫たちも同様に悟るときが来よう。

 だが、そうやって我々の生業は続いてきた。ときに不遇で煙たがられ矮小に感じることもあった。それでも継いできたのは、我々の芯が必要なことだと確信していた。

 誰かがやらなければいけないのだ。

 もし、私が生存不明MIAとなったとき、コルトよ、どうか忘れないでほしい。

 我々は意志を紡いでいく、これからも。そしてこの先も』



 遠方まで見通せるレーザーライトが目と鼻の先で途切れた。

 漆黒の世界を照らすはずの光が、微細な暗黒物質によって拡散した。

 急に空気が重くなる。否――そこに大気は存在しない。マイナス270度の冷たい世界があるだけだ。空気の代わりに感じているのは、宇宙に漂う未知の粒子たち。それは漆黒の空間に沈殿している。

 その空間は、宇宙を構成する暗黒物質が非常に濃くなった宙域だ。一説には、ブラックホールが消えて間もない跡ともいわれている。二〇〇年より前に発見した場所ゆえ――時間的保証はないが――その宙域を解明すべく、多くの船が迷いの森に入っていった。


 薄紅色の小型艇リバーシスも、その宙域を探索する船の一つ。

 外観を映していたモニターは瞬く間に黒い大気のようなものに浸食され、船の塗装が見えるだけで何もわからない。この船の特長ともいえる飛行機のようなウイングも、荷台のようなフラットな甲板もかろうじて見えるだけだ。

 リバーシスを駆るコルト・マクスタントは、この暗黒宙域を何度か通ったことがある運び屋だ。無傷で生還できることが多いが、いまだに慣れずにいる。

 見えない船の残骸に接触し、外壁を損傷。ときには強烈なガスが吹き操縦不能に陥ることや、謎の爆発に巻き込まれることもある。


 いつ死んでもおかしくない。

 その不安が、つねに心をざわつかせていた。


 一メートル先も映らないモニターを凝視しながら、頭の半分では第六感を集中する。生まれながら宇宙で育ったコルトは、特別な血も相まって、宇宙に漂う粒子『スロウスト』を肌で感じることができた。

 スロウストは高濃度の暗黒物質に存在する粒子の一つ。

 察知できる人間の五感を鈍くし、まどろみの中にいるように時間の感覚を遅くすることから、そう名付けられた。まるで水の中だと、初見のときに感じたほどだ。

 黒い泥の中を潜水するリバーシスは、液体燃料エンジンから唸り声をあげて進む。防御フィールドを展開しながら重鈍な空域を進むゆえに、エンジンはフル稼働。スロウストの変化と、防御フィールドの違和感だけを頼りに、コルトは探索を続ける。


 不意にモニターからの警告音。

 防御フィールドが何かに接触したのだ。コルトはモニターを注視しつつ、フィールドを緩和。接触物を第三の眼でとらえる。

 巨大な何かだ。リバーシスと同等か、それ以上の。

 推力を下げ、衝突物に接近していく。僅かな明かりが当たった直後、それが人工物だとわかった。

 僅かな光を頼りにモニターを注視する。二つの〇が並んで中心が重なり合う紋章――宇宙国家のシンボルマークだ。調査に向かった探査艇の一つだと理解した。


「ばはああああ」

 背もたれに身体を預けると、全身の筋肉が溶けたみたいにぐったりとした。

 暗黒宙域に入ってずっと神経を集中していたせいか、一気に力が抜けた。

 逆噴射で船を停止させると、別室に向かい宇宙服に着替える。これが目的の船なら後は帰るだけだ。

 だが、袖を通す腕が重い。物理的ではない。気分の問題だ。

 これが人命救助なら気持ちも引き締まるが、待っているのは奇跡ではなく、悲劇の跡だ。

 二度目の憂鬱がコルトを襲う。いつもながらこの瞬間は嫌になる。

 腰に付けたワイヤーを確認しながら船外作業用のハッチを開けた。

 せめて歌おう。気を紛らわせるように。

 しゅごー。しゅごー。

 宇宙服のなかじゃ酸素の音しかでないや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る