第25話 赤

三日後。


ジョコネンの関所を通り過ぎたセレス達は、

ナルグーシスの王宮まであと少しという位置で、

夜を明かすためにテントを張っていた。


日中もきりが深いが、せめて日がのぼってから王宮へ向かおうという計画だ。


現在はみんなねむっており、セレスが一人でたき火の番をする時間である。


「(もうそろそろ夜が明けるはずだ…。)」




と、

テントからゴソゴソとだれかが出てきた。




ティナである。




寒そうにうでをこすりながら、たき火へと向かって来る。




「目が覚めちゃったのかい?」


セレスが温めたお茶をカップに注ぎ入れ、ティナのほうへ差し出す。


「いよいよと思って緊張きんちょうしちゃってるのかしら…。ありがとう。」


ティナがカップを受け取りながら答える。




「…ねえ。今回の旅の私って、かなり活躍かつやくしていると思わない?」


お茶を一口飲んだティナが、唐突とうとつに言った。


「うん?

 うん、そうだね。

 ティナが来てくれていなかったら、ここまで来れていないよ。」


セレスはうなずく。


「つまりその…、

 セレスも私が一緒いっしょにいれば、この先もきっと心強いと思うのよ。」


ティナが胸を張る。


「うん…?

 ああ。

 次また旅に出ることがあったら、

 一緒いっしょに来てくれたらとっても助かると思うよ。」


セレスは相槌あいづちを打つ。


「(危ない。胸に目が行かないようにしなければ…。)」


「いやあの…、セレスは優しいからきっと大丈夫だいじょうぶだとは思ってるんだけどね…。」


ティナが今度は、うつむいて言う。


ぼくが優しい?

 そうかな…?

 そうだといいな…。」


セレスは、ティナが何を言いたいのかよく分からない。


「ああ、ダメだわ…。

 やっぱり緊張きんちょうしてうまく言えなくなっちゃった…。

 どうして私ってこうなのかしら…。」


ティナが、うつむいたまま頭をる。


何だか顔が赤い。


大丈夫だいじょうぶかい?」


セレスはティナを心配して言う。




「でも言うわ…。

 私、セレスのことが好きなの!

 結婚けっこんしたいの!」


ティナが顔を真っ赤にして、下を向いたままさけぶように告白した。




「なっ…。」


セレスは固まった。




思いがけない告白、とは言えない。


セレスだってバカではない。


ティナがレイばかりではなく、

自分にも好意を持って接してくれていることぐらいは分かっていた。


「(だが、いきなり結婚けっこんとは…。)」




「ま…、まずはそのう…。

 こ…、婚約者こんやくしゃ

 そう!婚約者こんやくしゃから始めるというのはどうかな!?」


セレスも何となく大声になって、何とか返答する。


「本当に!?」


ティナがカップを落としてセレスの手を両手でにぎりしめ、見つめてくる。


セレスは自分も顔が赤くなってきているのを感じていた。


「あっ…。」


ティナがあわてて手をはなした。


「…でも、本当ね?

 絶対?

 絶対に絶対よ?」


ティナが念をす。


「ち…、ちかうよ。」


セレスが右手を胸に当てる。


「いえ…、せっかくだから…、じゃない、

 なんか信用できないから…、そのう…、

 チ…、チューしてよ…。」


ティナが顔をせ、上目遣うわめづかいでセレスを見つめてくる。


「えっ!?」


セレスは再び固まった。


「(女の子というやつはチューが好きなのだろうか…?

  いやそれよりも、ここでいきなりチュー…?

  ホッペとかだよね…?)」


「…早く。」


ティナはセレスと向かい合ったまま顔を近づけ、目を閉じた。


「(く、口に…!?

  さすがにいきなりそれは…!

  マ、マズい…!

  でも…、今さらナシというのも…!)」


セレスは混乱しながらも、あわてて顔を近づけると、


「(ええい!)」




チュッ。




ティナのおでこにチューをした。


「あっ…。ずるい…。」


ティナが目を開き、セレスをジロリと見つめた。


「つ…、続きは無事に帰れたらちゃんとするから…。」


セレスも頭をかきながら、ティナを見つめ返す。


「フフフ…。」


ティナが笑った。


セレスを許してくれたようだ。




と、

セレスが見つめるティナの顔が明るくなってきた。




朝日がのぼり始めたのだ。




パチパチ…と、ふいに音がした。




「お熱いね。お二人さん。」




見ると、テントの外にミリアが立っていて、拍手はくしゅをしている。




いや、ミリアだけではない。


テントでていたはずの全員が出てきていた。


フランはむくれている。


ベリエッタ、イガラシ、アンネ、ホセ、イヴァンも拍手はくしゅしだした。


「なるほど。

 愛の告白というものは、ああやってするものなんだな。」


ベリエッタが感心したようにうなずいている。


「式には呼んでおくれ。」


イガラシがニコニコしながら言う。


「その時は、ぜひトレトス教の教会で。」


っぱらっていないアンネがボソボソと言う。




セレスはティナをり返った。




ティナの顔は、朝焼けに染まってさらに真っ赤だ。




「(ぼくの顔もきっと真っ赤だ…。)」


セレスは思った。




そして、




ふとセレス達は気づいた。




朝日のある方向。




赤く染まった山と山の間。




そこをめるきり隙間すきまに王宮が見えている。




あれが、マクシミリアン国王達がいたという、ナルグーシスの王宮なのだろう。




しかし、同時にセレス達の視界には、もう一つの物が映りんでいた。




セレス達と王宮の間に、大きな赤い鳥が飛んでいるのだ。




いや、鳥ではない。




鳥にしては大きすぎる。




駆鳥くちょうよりも、ずっと大きいのだ。




いや、そもそも飛んですらいない。




確かにつばさのような物はあるが、王宮の天辺てっぺん

アゴを乗せるようにして横になっている。




そしてセレス達は、さらにもう一つのことに気づいた。




朝日に照らされたセレス達の立っている場所。




その周りにある緑の木々だと思っていたものが、

黒々と焼けげた木々であることに。




その木々の間に、同じく黒々と焼けげたテントや死体が転がっていることに。




王宮で横になっていた何かが、ふいに頭を持ち上げた。




この距離きょりでも、こちらを見つめていると分かる二つの目。




その目の上には、二本の太く長い角。




二つの大きな鼻の穴。




その下には大きな口。




口の中には無数のするどきば




長くて太い首。




するどつめの生えた、鳥には無い二本の大きなうで




同じくするどつめの生えた、大きくて強靭きょうじんそうな二本のあし




長くて太い尻尾しっぽ




そして、大きな大きな二枚のつばさ




そのつばさが、バサリ!と羽ばたいた。




それは、




赤いドラゴンは、




王宮の天辺てっぺんからすべるように飛び降りると、

地面すれすれでバサバサ…!と羽ばたき、

こちらへグングン向かって来る。




朝焼けを浴びているその赤いドラゴンの体が、

飛びながらゴオッ!とほのおに包まれた。




頭の先から尻尾しっぽの先までほのおをバリアのように張りながら飛んでいるのだ。




「おいおい…、参ったな…。」


ミリアがつぶやくように言う。




「絶対に負けられない相手じゃないか…。

 なあ…?セレス…。」


ミリアがセレス達をり返った。

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