第21話 ムトナシアにて

雨が上がった。




二人の遺体が運ばれて行くのを確認すると、

ようやくセレス達は重いこしを上げ、鳥車へと乗りんだ。




だれも何も言わなかった。




みんな、自分が悪いとやんでいた。




ホセとイヴァンは、自分達が特異技能者ギフテッドだったらとやんでいた。




ミリアは、メンバーを二つに分けたことをやんでいた。




ベリエッタは、敵をすぐに見つけられなかったことをやんでいた。




アンネは、ティナを止めなかったことをやんでいた。




ティナは、一人で何とかしようとした自分をやんでいた。




フランは、自分の能力の限界をやんでいた。




セレスは、レイに手紙を書いたことをやんでいた。




「(レイ…。ステファン…。)」


形見代わりに持ってきたレイのたての上で、

セレスのなみだがポタッポタッ…と音を立てた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







四日後の早朝。


ムトナシア国の王宮が見えてきた。




正門に到着とうちゃくすると、運転席のホセとイヴァン、

その横でそれぞれ周囲を警戒けいかいしていたセレスとベリエッタに、

二人組の兵士がやってきて声をかけてくる。


「通行証はお持ちですか?

 招待のお手紙でもよいですが…。」


「私だ。」


ミリアが鳥車のドアを開けて顔を見せた。


「!

 賢者殿けんじゃどのでしたか!」


兵士二人がおどろきながら姿勢を正す。


「マルセロ国王に会えるかい?

 大臣のトビアスでもいいが…。」


「確認いたします!」


片方の兵士がさけぶように言い、急いで王宮へと走って行った。







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謁見えっけんの間に通されたセレス達が待っていると、

とびらがガチャリ!と開くなり、


「やあ!久しぶりだね!ミリア!」


とマルセロ国王がニコニコしながら入って来た。


真っ白な長いかみの上に王冠おうかんを乗せた、

白い口ひげとアゴひげを生やした初老の人物で、

背はミリアと同じくらい、

少し太っているように見受けられる。


セレス達は立ち上がるが、


「やっと私の末っ子のプロポーズを受けてくれる気になったかい?」


「あっ!それとも、我が国のおかか賢者けんじゃになってくれるという話のほうかな?」


「あるいは、我が国の砂漠さばく地帯の緑化に、何かいいアイディアでもかんだ?」


矢継やつばやに質問を投げかけながら近づいてくる。




セレス達は完全にあいさつするタイミングを失くした。




「あー…、すまない、マルセロ国王。

 仲間を失ったばかりでね。

 あなたの冗談じょうだんに付き合っている余裕よゆうが無いんだ。」


ミリアがピシャリと言った。


それを聞いたマルセロは、


「…それはすまない。」


と急に真顔になり、席に着いた。


セレス達も席に着く。


「…それで?どこまで知っている?」


ミリアが身を乗り出すようにしてマルセロにたずねると、


「表向きは、君がナルグーシスまで

 クーデターの鎮圧ちんあつに向かうというところまで。」


とマルセロは答え、


「…だけど、ルザとレアに何かあったんだろう?

 一カ月ほど前に、かれら二人もここへ来た。

 『仲間を待たせているから。』

 とすぐに行ってしまったがね…。

 それなのに、君までわざわざ出向くという理由が無い。」


とテーブルの上で両手を組みながら続けた。


それを聞いたベリエッタが、わずかに顔をせる。


「ああ…。」


ベリエッタをチラリと見ながらミリアがうなずき、


「二人は先行してナルグーシスに向かっていたんだが、

 途中とちゅうで亡くなったよ。」


と言った。


「やはり…。」


マルセロは険しい表情になって、テーブルの上をしばらく見つめると、

ぐっと目頭をさえた。


「父上と母上の知人なのですか?」


セレスが思わずたずねる。


「…君は、ご子息か。

 よく似ている。」


とセレスに視線を向けたマルセロは言う。


ぼくはセレスティアーノと申します。

 こっちは妹のフランシスカです。」


セレスが言うと、マルセロは


「申しおくれたね。

 私はマルセロ・ホルツバーグ。

 君のお父君のお父君。

 つまり、君のおじいさんと友人だったんだ。

 ルザには、自分の息子のように接してきたつもりさ。」


と言い、


「ルザとレアが結婚けっこんしたときも、自分の息子のことのようにうれしかったっけ…。」


なつかしむような目になった。




「悪いんだが、昔話もそこまでだ。」


ミリアがそこに口をはさみ、


「ナルグーシスのクーデターの情勢についてくわしく知りたいんだ。

 国王が亡命したそうだが…。」


と続ける。


「ああ。ひどいもんさ…。

 我が国からも兵力を送り出したが、壊滅かいめつしたらしい。

 …今は、わずかな生き残りがトルネオで手当てを受けているそうだ。」


マルセロは再び険しい表情になった。


「どういうことだ?」


ミリアがたずねる。


「生き残った者の報告書では、

 『夜明けと共に突然とつぜん、辺り一面が焼かれた。』

 と。」


マルセロが言う。


「…それだけ?」


ミリアが再びたずねる。


「そうなんだ。

 何名かの兵士から同じ報告を受けている。

 だが、数千という規模の鎮圧ちんあつ軍があっという間にやられていることになる。

 特異技能ギフトによるものか、あるいは何かの兵器なのか…。」


マルセロは申し訳なさそうに言う。


「まるで分からないな…。」


ミリアもアゴに手を当てて考えむ。


「だが、その報告を受けて、

 オルトエスト国では、水の賢者けんじゃイガラシ殿どのが動くそうだ。」


マルセロが言う。


「ふむ。なるほど?

 火には水を、というわけか…。

 実はクーデターが起きた当初から、

 イガラシ殿どのにはソリアードからも協力要請ようせいをしていたしな。」


ミリアが言う。


「そうだったのか。それは初耳だ。」


マルセロはうなずくが、


「ただ、敵の攻撃こうげき方法も不明だが、

 敵の正体も実はよく分かっていないんだ…。

 ナルグーシスの軍事クーデターだったはずが、

 ルヴィアやトルネオでも内乱が起こっているようでな…。

 まるで魔界まかいが二つの勢力に分かれて戦争しているようだよ。」


と頭が痛いという風に片手で頭をさえた。


「新たな魔王まおうになろうとしている者がいるのかも…。」


ミリアがそう言うと腕組うでぐみをする。


「ふむ…。

 仮にそうだとしたなら、アミュラスの勇者と奇跡サザーニアの聖女なき人族に、

 勝ち目なんてないのかもしれないな…。」


マルセロが再びテーブルに視線を落とす。


「そこは問題ない。

 ここにいるからな。」


ミリアがセレスとフランをアゴで示す。


「何だって!?」


マルセロがおどろいたように目を見開いた。


「改めて紹介しょうかいしよう。

 アミュラスの勇者、セレスティアーノ・トレトス・ブランパーダと、

 奇跡サザーニアの聖女、フランシスカ・ニーヴェ・ブランパーダだ。」


ミリアが言うと、セレスとフランは頭を下げた。


「これはこれは…。」


マルセロも頭を下げた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







謁見えっけんの間を後にしたセレス達は、

ムトナシア王宮の正門前の鳥車止めにもどってきていた。


「…めぼしい情報は得られなかったな。」


ミリアがかたをすくめる。


「父上は、この国の出身だったのでしょうか?」


セレスがミリアにたずねた。


「そうだよ。

 私もルザもこの国の生まれさ。

 ルザはその辺りの話は、してなかったんだな。」


ミリアが答え、


「せっかくだし、墓参りでもしていくか。」


と言うと、王宮の北側へ向かって歩き出した。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







ムトナシア王宮の北には大きな墓地があった。




墓地の一画でミリアが立ち止まる。


ミリアが立ち止まった場所にあるお墓にセレスは目をらした。


『セルジオ・ブランパーダ』


『グロリア・ブランパーダ』


と書かれている。


ぼく達の祖父と祖母ですか?」


セレスがたずねると、


「そうだ。

 ルザの父君と母君だな。」


とミリアは静かに言った。




そして、




セレスとフランがおいのりを済ませると、

ミリアはさらに墓地のおくへと歩いて行き、

また一つのお墓の前で立ち止まった。


今度のお墓はかなり大きい。




セレスが近づくと、

ミリアは、チャリン…と金貨を一枚そのお墓に供える。


『ビクトリオ・ロウェキ』


とそのお墓には書かれていた。


「先代の火の賢者けんじゃロウェキ…。」


セレスがつぶやくように言うと、


「金にがめつい、変わり者のジイさんだったよ。」


とミリアはかたをすくめ、


「…ああそうだ。

 次の目的地は、ススエバという町を目指すぞ。

 ここから東だが、すぐそこだ。

 ウサルト侯爵こうしゃく領にあたるな。」


とセレス達をり返って言った。


「そこに何かあるんですか?」


セレスがたずねる。


「んー…。

 あると言えばあるし、ないと言えばないな。

 着いたら教えてやるよ。」


ミリアはスタスタと墓地を後にした。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







その日の夕方。


ウサルト侯爵こうしゃく領、ススエバの町にセレス達は降り立った。


「目的地は町の南側だ。」


町の入り口で鳥車を降りたミリアが歩き出す。


セレス達もぞろぞろ着いて行った。




そして、




大きな建物が見えてくる。




「ここは…図書館ですか?」


建物の前の石碑せきひにある、

『王立図書館』

という文字を見たセレスが言った。


「ああ。探し物があるんだ。

 と言っても、ソリアードの図書館には無かったからここに来てみただけで、

 有るかどうかは分からないんだがね…。」


言いながらミリアが中に入っていく。




図書館の受付にいる司書の男性を前にすると、ミリアは


「すまない、司書さん。

 『スドリャク教の聖典』

 なるものは置いていたりするかな?」


たずねた。


「!」


セレス達はバッとミリアを見る。


「…はい。確か、ございますよ。

 ご案内いたします。」


司書の男性が立ち上がり、案内してくれた。




そして、




辞書のように分厚いその本、スドリャク教の聖典は、

図書館の一画、

『宗教』

に区分けされた本棚ほんだなに並んでいた。




ミリアはスドリャク教の聖典を持って、

閲覧えつらんコーナーのテーブルに着く。


セレス達もその周りに座る。


「私は席を外していますね。」


アンネは、この場で中身を見ると分かると、

そう言ってスタスタと図書館の入り口へともどって行ってしまった。


「(邪教じゃきょうとしているスドリャク教の聖典を読むことは、

  『トレトス教的にはアウト』

  というやつなのだろう…。)」




「さてと…。」


ミリアが言うと、パタリと表紙をめくり、

最初から順に中身の朗読を始める。




てっきり呪術じゅじゅつ悪魔召喚あくましょうかん儀式的ぎしきてきな内容がっているのかと思っていたが、

要約すると、

神であるザナスが、そのザナスが愛している子供達の旅路に、

ザナス自身や仲間の神々の力で、さまざまな試練をあたえていく。


その旅路と試練を克服こくふくする様子が、

延々とり返される感じの物語仕立ての内容だった。


旅路の最終目的地がスドリャクと呼ばれる聖地であり、

試練をあたえられた子供達は、

ある者はケガをし、ある者は病気になり、ある者は心を折られ、

次々に旅から脱落だつらくしていく。


そうして脱落だつらくした弱い者は、ザナスから愛されなくなり、

ある者は貧しく、ある者はさびしく、ある者は苦しみながら、

その命を終えてしまうというのだ。


ということは、

おそらくこのザナスの子供達というのが

スドリャク教を崇拝すうはいする魔族まぞく達のことであり、

ザナスに愛されるため』

という動機こそが、

その魔族まぞく達の実力主義的な、あるいは弱肉強食的な思想の根幹なのだろう。




「えーと…?ちょっと待てよ?

 疑心ヌロプス不安マムザシルキ困難アイゾウェッジ利己エアズラ恐怖スニプル不自由アケプドルスに、不運サオビクス…だったか?

 おいおい、まだまだ試練の神々がいるようだな…。

 とても数えきれないぞ。」


ミリアは指を折りながら、登場する神々の名前を数えようとしていたが、

途中とちゅうから読むのをあきらめて、ペラペラとページをめくり始めた。


あまりにも厚すぎるこの聖典は、とても一日で読める量ではなさそうだ。




「これからおそってくる敵の能力について、

 何かヒントはないかと思っていたんだが…。

 やれやれ。

 『敵の能力は未知数。』

 ということが分かっただけだったな…。」


ミリアは天井を見上げてため息をついた。


「逆に言えば、

 『常に緊張きんちょう感を持って行動しろ。』

 ということだろう…。」


ベリエッタが腕組うでぐみしながら言った。


「そういえば、ベリエッタはどうして敵の魅了みりょうにかかったんだ?」


ミリアがベリエッタをり向いてたずねる。


「それは…。」


ベリエッタは言いよどんだが、


「…恥ずかしい話だが、

 オルトエスト国のビウィス侯爵こうしゃく領、クプルという町の宿で、

 従業員にふんしていた魔族まぞくがそうだったんだ。

 普通ふつうの従業員だと思っていたし、

 『まだ魔界まかいではないから。』

 と油断していた…。」


と顔をせながら続けた。


「クプル…。」


そう言いながらセレスは、キャスデラックでタウンクライヤーの魔族まぞく

ロジオンにおそわれた時のことを思い出していた。


「(常に緊張きんちょう感を持って行動する。

  もう二度と油断はしない…。)」


セレスは両手をギュッとにぎりしめる。


「…確か、ニキータという魔族まぞくが依頼を受けたのも、

 そのクプルという町だったな。

 次はそこに向かってみるか。」


ミリアが立ち上がり、言った。

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