第20話 不運のミロスロフ

ザーザーと雨が降り始めた。




「降ってきちゃったわね。早くしてくれないかしら?」


鳥屋の前で待ちくたびれているティナは言った。


ステファン、アンネ、ホセ、イヴァンと共に、

鳥屋が鳥車の準備を終えるのを待っているところだ。


「待たせやがるぜ。」


アンネはビンを空にしながら言う。


「この後も買い出しの予定がありますからね。」


ステファンも同調する。




と、


「降ってきましたか…。

 不運ですね。」


すぐ背後で男性の声がした。




ティナがり返る。




頭から爪先つまさきまで真っ赤なよろいで固めた人物が、立ち止まって空を見上げている。


ステファンと同じくらい大柄おおがらだ。




「(冒険者ぼうけんしゃかしら?)」


ティナはそのまま鳥屋のほうに向き直ろうとした。


「せっかく天気予報通りに雨が降ってきてくださったというのに、

 勇者も聖女もいないほうなんて。」


真っ赤なよろいはそう言い、ティナのほうをり向いた。


その左腕ひだりうでには、いばらを模したような禍々まがまがしいがらの刻まれた、

赤銅色しゃくどういろをした腕輪うでわがある。


ティナは固まった。


「(…何ですって?)」




「せっかくですから、この不運をみなさんにも分けて差し上げましょう。

 せっかくですからね。」


真っ赤なよろいはおもむろにしゃがみむと、

雨でれた地面に両手のひらを当てた。




ズッ…!




周囲の通行人とティナ達の体が、わずかに地面へとしずんだ。




いや、そうではない。




クツの底が無くなったのだ。




ジュワワワワ…。




酸の沼アシッドスワンプという名前なんです。この技。」


真っ赤なよろいが言った。




「キャアアアア…!」


「ぐわああああ…!」


あちこちで悲鳴が上がる。


クツどころか足の裏までかされ始めていた。


「くッ…!」


ティナ達は一斉いっせいに真っ赤なよろいから飛びのいて距離きょりを取る。


「あ、ぐぅ…!」


着地と同時に足の裏に激痛が走る。


まるで焼けるようだ。


「すぐに見せろ!」


アンネが急いで手をかざし、治癒ちゆを行う。


みるみる激痛が収まってきた。




だが、




「地面に降った雨を強力な酸に変えたのね…。

 なんてやつなの…。」


ティナは恐怖きょうふした。




関係の無い通行人達が何人も巻きまれ、悲鳴を上げている。


ほとんどの者は、もう足首近くまで無くなって、動けない。


たおんでしまった者は、もがき苦しみながらしずんでいく。


酸に変わった雨が、地面すらもどんどんかしているのだ。


かされた人々から流れ出た血で、酸の沼アシッドスワンプはもはや血の池である。


「ホセさんとイヴァンさん!セレス達を探してきて!

 急いで!」


ティナがさけぶと、ホセとイヴァンは町の中央へ向かって走り出した。


ビシュ!


ステファンが真っ赤なよろいに矢を放った。


ガキン!


風刃ウィンドブレード!」


ティナも風のやいば攻撃こうげきする。


ガキガキン!


真っ赤なよろいには、まるで効果が無いようだ。




「申しおくれました。

 私、不運サオビクスのミロスロフと申します。

 不運ですから、防御ぼうぎょもしっかりとしております。

 不運ですからね。」


ミロスロフと名乗った真っ赤なよろいが言った。




「かなりマズいわね…。」


酸の沼アシッドスワンプは、ミロスロフを中心にどんどん広がっている。


すでに、すぐそこにある鳥屋の建物まで巻きまれ始めていた。




「私が何とかするしかないか…!」


言いながら、ティナはフワリと空を飛び、ミロスロフに向かって行く。


「ロベルティナじょう!?何を!?」


ステファンがさけぶ。


大丈夫だいじょうぶ!手はあるわ!

 上昇気流アップドラフト!」


ティナがさけぶと、地面の酸がビシャビシャッ!と風で巻き上がった。




ジュワワワワ…。




ミロスロフの真っ赤なよろいけ始め、

みるみるその上半身があらわになっていく。




「強力な酸があだになったわね!

 風刃ウィンドブレード!」


ズバズバ!


ミロスロフの胸が大きくかれた。




「そうですよね?

 そう来ますよね?

 『酸があるんだから、よろいなんかそれでかせばいい。』

 って。

 ああ。不運だ。」


言いながらミロスロフは、自分の傷口からこぼれる青い血を、

そっと両手ですくい上げた。


「ですが、せっかくですから、あなたにもこの不運を分けて差し上げましょう。

 せっかくですからね。」


ビシャッ!とミロスロフが自分の血を投げつける。




「うそ。」




ジュワワワワ…。




「いやああああ…!」


酸をまともに浴びたティナは、ぐらりと体勢をくずして落下する。


狩人の俊足ハンターズペース!」


ジュッジュッジュッジュッ…ザババババ…!


ステファンだ。


ティナが酸の沼アシッドスワンプに落ちるところを、

ギリギリでスライディングしてキャッチすると、


狩人の剛力ハンターズストレングス

 ぬうん!」


とアンネに向かって放り投げる。


「ナイスだ!」


ガッ!とぶつかりながらティナを受け止めたアンネは、すぐに治癒ちゆを開始する。


だが、


「うああああ…!」


ティナはうめき続ける。


治癒ちゆしたそばから青い血の酸でかされているのだ。


ティナの顔が、まるで火傷を負ったように、ただれていく。




「くっ…!ダメだ!

 まず酸を何とかしろ!

 そいつをたおせば解除されるだろ!」


アンネがさけぶ。


「でもあなた、けんも弓もけてしまいましたよ?

 彼女かのじょをキャッチなんてするから。」


ミロスロフはステファンを右手で指差すと肩をすくめながら首をかしげ、

再び地面に両手を当てた。


けんと弓どころか、スライディングした時によろいもほとんどけてしまっている。


と、

ステファンが一歩前進した。


すでに下半身もヒザの下まで酸の沼アシッドスワンプかり、血がジワジワと流れ出ている。


さらに一歩前進した。


「ぐうぅ…。」


ステファンは歯を食いしばる。


さらにもう一歩前進した。


「何する気ですか?あなた。」


ミロスロフが言い終わると同時に、


ゴッ!


ステファンの右ストレートがミロスロフの顔面に炸裂さくれつした。




「…面白いですね。」


ミロスロフが地面に両手を当てたまま正面に向き直る。




ゴッ!


今度はステファンの左ストレートだ。




「…受けて立ちましょう。」


ミロスロフは再び正面を向く。




ゴッ!




「…でもヒザまでけてますよ?あなた。」




ゴッ!




「…私とあなた、どっちが先に死ぬでしょうね?」




ゴッ!




「…ほら。」




ゴッ!




「…もう太ももだ。」




ゴッ!




「…そうやって仲間の身代わりになるなんて。」




ゴッ!




「…騎士道きしどう精神ってやつですか?」




ゴッ!




「…ヒーローのつもりなんでしょうけど。」




ゴッ!




「…どちらかというと。」




ゴッ!




「…ロウソクみたいですよ。あなた。」




ゴッ!




「…アハハハハ!」




ゴッ!




「…ああ。なんて不運な人生だ。」




ゴッ!




ゴッ!




ゴッ!




「おっ!」


ティナの火傷のようにただれていた皮膚ひふが回復する。




「でかした!解除された…ぞ。」




り返ったアンネは、それ以上何も言えなくなった。




ピクリとも動かなくなったステファンは、

上半身だけで雨に打たれていた。

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