第13話 出航

「海路を行くのは止めたほうが無難だろう。」




れ上がった顔のベリエッタが、テーブルの上で手を組みながら言った。


ティナとアンネに似たような服を購入こうにゅうし、先ほどの店にもどった一行は、

店主の計らいで食べそびれたと思ったコース料理にありついていた。


だが、今のセレスにはあまり味が分からなかった。


ベリエッタの分も追加で注文していて、おくれて料理がやってくる。


「なぜだ?」


グラスをかたむけながらミリアがたずねる。


「これでも近衛兵長だ…。

 旅に同行してもらおう…。

 なあに、きっと心強い仲間になるさ…。」


とミリアが、みんなにベリエッタを同行させることを提案したのだった。


「『東に向かった船が次々と海賊かいぞくしずめられている。』

 と漁師や商人達の間でウワサになっている。

 被害ひがいが目に余るということで、プリシオンの軍も動いているようだ。」


ベリエッタは、食事に一切手を付けようとはしない。




「…もったいないから食べていいですよ。」


フランがぶっきらぼうに言う。


ベリエッタはフランの顔を見やり、次にセレスの顔を見つめてくる。


セレスはそれにゆっくりうなずいた。


「…すまない。…いただく。」


ようやくベリエッタが前菜に手を付けた。


「しかし、ここまで来て今さら北に進路を変えるというのもなあ…。」


ミリアが言いながらセレスを見る。


セレスは、


「はい。船をしずめているというのも、十中八九、魔族まぞくの仕業でしょう。

 我々で何とかしましょう。」


と、うなずいた。


「(父と母のかたきがベリエッタだったのは不本意だが、黒幕は別にいる。

  その黒幕に報いを受けさせなければ…。)」


セレスはこぶしをギュッとにぎりしめた。


旅を止める気など全くなかった。


それはフランも同じだろう。


「リーダーもこう言っていることだし、

 我々の表向きの目的はあくまでナルグーシスのクーデターの鎮圧ちんあつだからな。

 行けるところまで行ってやるさ。」


ミリアが言うと、みんなもうなずいた。


「それで?

 『我が新たな主の悲願』

 だったか?

 やつらの目的なんだろうが、それは一体どんなことなんだ?」


ミリアがベリエッタに質問する。


「私に魅了みりょうのろいをかけた女魔族まぞくが言っていたんだ。

 『力で勝る魔族まぞくこそが人族を支配するに相応ふさわしい。

  そのことをバカな人族達と

  人族に従うあわれな魔族まぞく達に知らしめるのだ。』

 と。」


ベリエッタが答えた。


ミリアがピタリと食事の手を止め、


「それはそれは…。

 お仲間の魔族まぞく達まで粛清しゅくせいの対象とはおそれ入ったな。」


と言い、フゥーとため息をついた。







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食事を終えて店を出た一行は、船着き場に向かった。




が、どうやら海賊かいぞくとやらの影響えいきょうで、

東の国へ向かう客船の定期便は、

運航を見合わせているらしい。




「仕方ないな…。

 金はあるから、直接交渉こうしょうして回ろう。」


ミリアが提案し、

『乗客十名を乗せられる船で東へ行ってくれる者』

を探し歩くことになった。




だが、なかなか見つからない。


セレス達も手分けして交渉こうしょうをして回る。


交渉こうしょう相手は漁師や商人だ。


当然その中には人族も魔族まぞくもいる。


かれらのうで腕輪うでわが無いことをさりげなく確認しながら交渉こうしょうをしていく。




ようやく一人の人族の商人の男性が、


海賊かいぞくからの護衛もしてくれるなら…。」


交渉こうしょうに応じてくれた。


かれはヒューゴ・ゴンザレスと名乗る商人で、


「ちょうど、東のラーヤレーナ国まで運ぶ積み荷があるんだが、

 海賊騒かいぞくさわぎで運べずに困っていたんだ。」


と言う。


「可能なら、明日の早朝には出発したい。」


とヒューゴが続けたので、

その時間帯に船着き場に集まる約束をして、

一行はひとまずホセとイヴァンの待つ鳥車へともどった。







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「この鳥車と駆鳥くちょう達は今回の商船には乗せられない。

 この町の鳥屋で売りに出すぞ。

 向こうに着いたら、新しい鳥車と駆鳥くちょう達を買うんだ。」


ホセとイヴァンのところに着いたミリアがそう言うと、

ステファンと共に駆鳥くちょう達の手綱たづなを引いて鳥屋へ向かった。




「我々は今夜まる宿を探しましょう。」


ホセとイヴァンに手土産の串焼くしやきの魚をわたしたセレス達は、

今度は手頃てごろな宿を探して歩き出した。




「…私のまっている宿がこの先にある。

 良いところだぞ。

 部屋が空いていないか聞いてみるか?」


ベリエッタが不安そうにたずねてくる。


「いいですね。お願いします。」


セレスは努めて明るく言った。







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その日の夜。




ベリエッタのまっていた宿で就寝しゅうしんしたセレスは、夢を見た。




白い光の中で、

手をつないだ父と母が、

ニコニコと微笑ほほえみ、

こちらに手をっていた。




セレスは二人に近づこうとするが、

歩いても歩いても近づくことはできなかった。




その内、

二人の姿が遠くなり、

白い光に吸いまれるように消えていった。







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翌朝。


船着き場についたセレス達は、

なぜかヒューゴの積み荷を船に積むのを手伝わされている。


「すみません…、人手が足りなくて…。」


ヒューゴは、そう言いながらニヤニヤしている。


「うそつけ。最初から手伝わせるつもりだったんだろう。」


ミリア、フラン、ティナ、アンネは、

力になれないということで見ているだけだが、カンカンだ。




ようやく積みみが終わったころには、セレス達はクタクタになっていた。




座りんで息を整えていると、

フランがすっとベリエッタに近寄り、手を差しべた。




「夢を見たの…。

 お父さんとお母さん、あなたを許すって…。」


フランがつぶやくように言った。




「ありがとう…。奇跡サザーニアの聖女…。」


ベリエッタはそう言いながらその手を取り、かたふるわせた。







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ヒューゴの船が出航する。


船は三本のマストを持つ小型の帆船はんせん、ロイダヤ号だ。


セレス達は係留ロープを回収する作業や、

いかりを引き上げる作業、

を張る作業など、出航の準備を手伝わされている。


そんな予感はしていたが、完全に乗組員あつかいだ。


「いつも人数ギリギリでやってるから助かるよ。」


船長のテオドロ・ヘルナンデスがグイグイとロープを引きながら言う。


ヒューゴはというと、船着き場で船を見送っている。


代わりに乗船しているのは、代理人のマルコ・ナバッロだ。


「フン。自分は安全な場所にいて、危険な航海は代理人に任せるというわけか。

 商人のかがみだな。」


と、ミリアが鼻を鳴らしながら言うと、


「お気を悪くされたのでしたら、主人に変わりましておびいたします。」


とマルコは頭を下げていた。







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夕方。


船はどうやら安定して東に進んでいるらしい。


出航時のあわただしさが過ぎるとセレス達は解放され、

船員達と共にせまい船室で昼食を食べることができた。


一日目の食事は、新鮮しんせんな魚や野菜が中心だった。


これが二日目以降になると、塩漬しおづけの肉や魚や野菜、

乾燥かんそうしたパンのような携帯けいたい食料などの、

保存が効く食料に切りわっていくことになるそうだ。


航海は風にもよるが、およそ四日の予定である。


食事を終えたメンバーは、船室で過ごしたり、

甲板かんぱんに出て念のため周囲を警戒けいかいしたりしていた。




セレスが甲板かんぱんに顔を出すと、

アンネ、ホセ、イヴァンを除いたメンバーがそろっていた。


談笑していたフラン、ティナ、レイがセレスに気づいて手をってきたので、

セレスはそちらに向かう。


「そういえばアンネさんは?」


フランがティナにたずねる。


フランは初めての船なのもあって、ずっと楽しそうだ。


ちなみに、セレス、ティナ、レイも船旅は初めてである。


船酔ふなよいらしいわ。下で横になってるって。」


ティナが長いかみを風になびかせながら心配そうに言う。


「ねえ。いつだったかティナさんがアンネさんのお話を聞いて泣いてたじゃない?

 どんなお話だったの?」


フランがたずねた。


「(それはぼくも気になっていた。)」


とセレスは思った。


「んー?本人がいないけど、まあいいかしら?」


とティナは言うと、


「アンネさん、あのシルベストレ家のニクラウスきょう

 とついだ妹さんがいるんですって。」


と声をひそめた。


「えー!?そうだったの!?」


フランがおどろく。


シルベストレ家といえば、

ソリアード国の侯爵こうしゃく家の中でも一番の規模の領地を持つ歴史ある名家だ。


ブランパーダ家とはあまり交流はないが、

確かセレスより十さい上のニクラウスきょうは、

リリアンという年下の女性と、数年前に結婚けっこんしたはずである。


「でも本当は、アンネが最初にニクラウスきょう婚約こんやくしていたのよ。」


ティナが言う。


「え?どういうこと?」


フランは興味津々しんしんといった感じでたずねる。


「アンネが先に婚約こんやくしていたのに、

 アンネの妹のリリアンが初めてニクラウスきょうと出会った時に、

 一目惚ひとめぼれしちゃったらしくて。」


ティナが言うと、フランは、


「あー。姉妹で同じ人に、って分かる気がする。」


相槌あいづちを打つ。


「そこからはひどいのよ。

 リリアンが、アンネのあることないことニクラウスきょうんで。

 それでアンネに愛想をかしちゃったニクラウスきょうが、

 ついには婚約こんやく破棄はき!」


ティナの鼻息があらくなる。


「ええー!?」


フランは再びおどろいてみせる。


「そしてリリアンがその後釜あとがまに収まっちゃったってわけ。

 いわゆる略奪りゃくだつ愛よ。」


ティナがうでを組む。


「本当にそんなことあるんだねー!」


フランは大げさに何度もうなずく。


「で、侯爵こうしゃく家とのつながりが断たれたアンネは、ご両親からも

 『もう用済み。』

 みたいなあつかいをされて、

 なんと勘当かんどう同然で修道院に入れさせられたんですってよ!

 ひどいと思わない!?」


ティナが同意を求めると、フランも


「ひどいひどい!私だったら泣いちゃうよ!」


と同調する。


「それはひどいな。」


いつの間にかやってきたミリアまで、同調してうんうんうなずいている。


セレスとレイは愛想笑いする。




小説なんかだと、


『どん底かと思われたアンネが、王太子なんかに見初められて、

 結婚けっこん生活がうまくいっていない妹に幸せになったところを見せつける。』


なんて逆転サクセスストーリーが始まったりするが…、いやはや。

現実にはそんなうまい話は無いということだろう。




と、

突然とつぜん




ズウゥン…!




船がれた。


セレス達は思わず甲板かんぱんの手すりにしがみつく。


何かが船底にぶつかったような感じだ。


「(一体?)」


セレスが思ったその時だった。




ザバッ!




セレスの視界のはしで、何かが海面から飛び出した。




ジャキッ!




フッと周囲が暗くなる。




次の瞬間しゅんかん




ズ ガ ン !


再び船がれる。


手すりにしがみついたまま、セレス達は音のしたほうをり返る。




甲板かんぱんのど真ん中に、けんのような太さの大量のトゲにおおわれた、

青い球体が落下していた。




球体の周囲は甲板かんぱんくだけ散り、トゲが船室のゆかまで貫通かんつうしていて、

甲板かんぱんか船室にいたのであろう乗組員が二人、ほとんど全身串刺くしざしになっている。




「うぉい!マカール!

 全然ちがうじゃねぇか!

 もっと手前だ!」


青い球体がさけんだ。


よく見れば、球体だと思ったものは甲殻こうかく類のからのような物におおわれていて、

手足を丸めた人の形をしている。




魔族まぞくだ。




ザバッ。




再び海面で音がした。


セレスがそちらをり返るとそちらにも人影ひとかげ




いや、人族でも魔族まぞくでもない。




魚のようなウロコとヒレがあるのに、

人のような姿をした緑色の生き物が海面にかんでいる。




「す、すまねぇ…、キールの旦那だんな!」


マカールと呼ばれた緑色の生き物もさけんだ。




魚人マーマン…!」


ミリアがつぶやくように言う。


と、

キールと呼ばれた青い球体のほうが、

ジャキッ!とトゲを一瞬いっしゅんで引っめ、

タタタターン…ドボーン!と海へ飛びんだ。


串刺くしざしにされていた二人の乗組員はドサリと力無くたおれ、

体中の穴からドクドクと血がしたたりはじめる。


どう見ても即死そくしだ。




「マズい!次が来るぞ!

 みんな構えろ!

 レイ!フランと一緒いっしょに船室に入れ!」


ミリアがさけび、みんな武器を構える。


レイはフランの手を取り船室に向かう。




ザバッ。




海面に先ほどのキールが現れた。




その下には、キールを肩車かたぐるました形でマカールの姿がある。




「オレは、利己エアズラのキール。」




「オイラは、恐怖スニプルのマカール。」

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