第11話 歴史の謎

「『トレトスとニーヴェは、魔王まおうと戦ったのか?』

 以外にも実は疑問点がまだあるんだ。

 私が羅列られつするから、一緒いっしょに考えてみてくれないか?」




ミリアは荷物からペンと紙を取り出すと、

カリカリと以下の四項目こうもくを書き出した。


・トレトスの出自


・トレトスの特異技能ギフトが発現した時期と前線に固執こしつした理由


・トレトスはなぜ魔族まぞくを許したか


・トレトス教のなぞ


「まず、

 『トレトスの出自』

 についてだ。

 トレトスは大戦中にその功績によって爵位しゃくい授与じゅよされるまで、

 名字を持たなかった。

 つまり、奴隷どれいの出身なんだ。」


ミリアの言葉に、


「えっ!?」


とセレスとフランがおどろく。


「トレトスは徴兵ちょうへいされてすぐにソリアードの軍が実施じっししたテストで、

 ほとんど点数が取れていないんだ。

 つまり、読み書きがほとんどできなかったらしい。

 この点を考えてもおそらく奴隷どれいの出身というのは確定的だ。」


とミリアが告げる。


「だが、奴隷どれい徴兵ちょうへいされるというのはこの時代、割とよくあった話なんだ。

 この件については後の話に関係がある。」


ミリアが言うと、その次の項目こうもくを指差す。


「次の疑問点は、

 『トレトスの特異技能ギフトが発現した時期と前線に固執こしつした理由』

 についてだ。

 当時、魔族まぞくされていた人族は、

 特異技能者ギフテッドを防衛に主に回す戦略を取らざるを得なかった。

 つまり、トレトスも本来であれば防衛として、

 城やとりでに配置されていておかしくないんだが、

 かれは少なくとも初陣ういじんでは前線に配置されていた。」


ミリアが腕組うでぐみした。


「ということは、おそらくトレトスは特異技能ギフトかくしていたか、

 前線に配置されてから特異技能ギフト覚醒かくせいしたのだろうと考えられる。

 そしてなぜか初陣ういじん以降、つまり特異技能ギフト覚醒かくせいしてからも、

 かれは前線かその付近でずっと戦っているんだ。

 その理由は様々だ。

 自分から志願したり、

 隊律違反いはんり返してそのばつとしてだったり、

 とりでのトイレをまらせたばつだったりもしたようだ。」


ミリアがため息をつく。


セレスとフランは複雑な表情をした。


劣勢れっせいの戦争では普通ふつう、前線にはあまり行きたがらないものなのに、

 かれはなぜえて前線に行きたがったのだろうか?

 特異技能ギフトの発現した時期とあわせてこれが疑問点の二だ。」


ミリアが言うと、フランが口を開いた。


「いっぱい魔族まぞくたおしたかったんじゃないかしら?」


それを聞いたミリアは、


「そうだな。その可能性は高い。」


とうなずき、


「実際、かれ活躍かつやくによって戦況せんきょうは大きく変わったからな。」


言いながら、ミリアはその次の項目こうもくを指差した。


「次は、

 『トレトスはなぜ魔族まぞくを許したか』

 なんだが…。

 フラン。人族と魔族まぞくの大戦について話しているが、

 その原因は何だか分かるかい?」


ミリアがフランのほうを見てたずねる。


「えー…?

 領土争いとかじゃないかしら?」


フランは首をひねりながら答える。


「ん。そうだな。

 それも原因の一つだ。」


ミリアがうなずく。


「もう一つの大きな原因は、

 人族と魔族まぞくがおたがいに正義を主張していたことさ。

 最初はどっちが仕掛しかけたか分からないんだが、

 ある時から人族も魔族まぞくもおたがいをにくしみ合っていた。

 『あいつらは、オレ達を攻撃こうげきしてくるぞ。』

 とね。

 だから、人界と魔界まかいの境で相手を見かけると、

 先手を打ってすぐに攻撃こうげきするようになっていたんだ。」


ミリアが言いながらピンと右手の人差し指を立て、


「ケンカでもよくあるだろう?

 ケンカしている者同士が、

 『自分が正しい。相手が間違まちがっている。』

 と思って行動していたのさ。

 もっと野蛮やばんな言い方をすれば、

 『自分が正しいから、相手の物はうばってもいいし、

  相手を傷つけたり殺したりしてもいい。』

 と思っていたってところかな。」


ミリアはそう言うと、やれやれといった感じのポーズを取り、


「そういったことが発端ほったんとなった戦争の場合、大戦以前の歴史では、

 負けたほうは勝ったほうの言いなりになるのが当たり前だった。

 フランが言ったような領土をうばい取ったり、資源をうばい取ったり、

 あるいは市民を奴隷どれいにしたりとかね。」


と言いながら指を折った。


「ところが人族と魔族まぞくの大戦では、そうはならなかった。

 最初から魔族まぞくが住んでいた魔界まかい魔族まぞくがそのまま治めていていいし、

 魔族まぞくもそのまま住んでいていい。

 人族の国の法律や制度こそかれたものの、

 ほとんどの魔族まぞくは実質的に大戦中と変わらない生活ができたはずだ。

 むしろ実力主義的な側面がうすれて、待遇たいぐうが良くなった者も多かっただろう。」


とミリアが言うと、腕組うでぐみしてうなずく。


「それがトレトスの働きによるものだったのですか?」


セレスがたずねる。


「そうだ。

 トレトスは、

 『かれらはすでに戦争で数えきれない物を失った。

  それは種族としてのプライドであり、家であり、友であり、家族である。

  これ以上かれらからうばうことを私は許さない。』

 と主張し、捕虜ほりょとしてらえられていた魔族まぞくの兵士の一人すら、

 もう殺さないようにと各国に頭を下げて回ったらしい。」


ミリアが言い、


「そしてこうも言ったそうだ。

 『魔族まぞく達よ。人族の法に従うべし。

  それに反するならば私がり捨てる。』

 とね。

 最強の魔王まおうたおした勇者様の言葉だ。

 実力主義が染みついていた魔族まぞく達には、さぞ効いただろう。」


ミリアがかたをすくめた。


「言ってることが矛盾むじゅんしているような気がしますけど…。」


セレスもかたをすくめる。


「まあ、

 『人族の法に従うなら不当なあつかいはしない。』

 ということが言いたかったんだろう。」


ミリアはそう言ってから、


「ただこの事は、さっきの

 『前線に固執こしつした理由』

 の結論で我々が考えた、

 『いっぱい魔族まぞくたおしたかった。』

 という理由とは明らかに矛盾むじゅんしているんだ。

 なので、合わせて考えるなら、

 『戦争を早く終わらせたかった。』

 そして、

 『自分のような奴隷どれいのいない世界にしたかった。』

 というのが妥当だとうな理由かと私は考えている。」


と続け、セレスとフランを再び交互こうごに見る。


「さすが勇者様!」


フランは目をかがやかせてうなずく。


「なるほど。妥当だとうなように思います。」


セレスも腕組うでぐみしてうなずく。


ミリアもうなずくと、その次の項目こうもくを指差す。


「次は、

 『トレトス教のなぞ

 についてだ。

 トレトス教という名前からすると、トレトスありきのように感じると思うが、

 実はトレトス教は

 『アミュラス教』という名前で、大戦前からあった宗教なんだ。」


ミリアが言った。


「へー、そうなんですね。

 …まあでも、特異技能者ギフテッドがいたのなら当然か。」


セレスが相槌あいづちを打つ。


「いいや。

 当時のアミュラス教というのは、今のように大きな宗教団体ではなく、

 乱立していたたくさんの宗教の一つに過ぎなかったんだ。

 奴隷どれい出身だったトレトス自身も、当然だがアミュラス教の信者ではなかった。

 つまり、トレトス教に入っているかどうかと特異技能ギフトの有無は、

 実は全く関係ないんだ。」


ミリアが言うと、


「えっ!?」


セレスとフランが再びおどろく。


「考えてもみろ。

 前回の座学でも言った通り、動物や魔獣まじゅうだって特異技能ギフトを使うんだぞ。

 そこにトレトス教の信者かどうかなんて、関係があるはずがない。」


ミリアは断言する。


「しかし…、トレトス教の聖典では、

 『罪深きアミュラスの子ら、なんじらは神の使いたるトレトスの教えである

  この聖典を理解し、実践じっせんし、神に許しをうことで

  はじめて神の寵愛ちょうあいを受ける資格を得たる。』

 と教えていますよ?」


セレスが聖典の内容をそらで引用しながらたずねる。


「だったら、アミュラス教の信者でない人間ばかりだった時代の戦争で、

 特異技能者ギフテッドを戦略に組みんだりなんてできるわけないだろう。

 アミュラス教に入れば強くなれる可能性があるんだったら、

 だれだって入っていたさ。」


ミリアがかたをすくめて、


「それに、世の中にいる特異技能者ギフテッドの全員が正直者とは言えないだろう?

 聖典の内容に明らかに背いている悪人だって特異技能者ギフテッドになるし、

 何なら特異技能ギフトを悪用した犯罪だって横行しているぞ?」


と続け、


「アミュラス教が今のトレトス教となって大衆に広まったのは、

 大戦によるトレトスとニーヴェの功績を、

 『かれらこそアミュラス教の教えにある救世主!』

 と当時のアミュラス教の法王や司教達が、

 さも自分達の宗教が正しいかのように宣伝し、

 そう見せかけるために宗教団体の名前から聖典の内容まで、

 改変してしまったからに過ぎない。」


と、まくし立てる。


セレスもフランも何も反論できない。


「まあ、今だって聖水といつわってただのポーションを売りつけたり、

 成人の結婚けっこん式、葬式そうしき、季節毎の祭事で

 必要だからと何かと物を売りつけたり、

 その祭事の会場への出店料を受け取ったりと、

 とても真っ当な宗教とは言えないような行為こういをしているがね。」


ミリアがき捨てるように言い、


「…ああ、勘違かんちがいしないでくれ。

 そういうお布施ふせを使って孤児院こじいんを運営したり、貧困街で食料を配ったり、

 って行為こういまで否定したいわけじゃないんだ。

 単にトレトス教と特異技能ギフトに関連性は無いって点が重要なだけだ。

 『関連性が無いのに関連性が有るかのようにう理由はなんだろう?』

 というだけさ。」


と付け加えた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







三日後。


昼過ぎに、一行はエイレントの港町に到着とうちゃくした。




ホセとイヴァンに鳥車の番を任せ、セレス達は買い物に向かう。


目当ては主に食料だ。


「バジャルタのように活気のある町ですね。」


少しやつれたレイが言う。


この三日間のほとんどは携帯けいたい食料や野生動物の肉、野草で食事を済ませており、

途中とちゅうで立ち寄ることができた町や村もそれほど栄えてはおらず、

宿の設備も出てくる食事もあまりめられた物ではなかったのだ。


冒険者ぼうけんしゃって大変なのね…。」


とティナは言っていた。


「お父さんとお母さんもこんなところにまったのかしら…。」


とフランも言っていた。




買い物を一通り済ませると、ミリアが


「せっかくエイレントに来たんだ。

 豪勢ごうせいな食事にしよう。

 魚料理がうまい店を知ってるんだ。」


と先に立って歩き出した。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「コース料理を人数分たのむ。」


ミリアが店の席に座るなり注文すると、フランが


「私ちょっとお手洗いに…。」


ずかしそうに席を立つ。


「(さすがにぼくやレイでは、女性トイレまでは付いて行けない…。)」


セレスが思っていると、


「私が付いて行くね。」


とティナが立ち上がり、フランと共に店のおくへ歩いて行った。




そして、




「あら?フランは?」


ティナがもどってくるなり言った。


「えっ!?一緒いっしょじゃないのか!?」


セレスが声を上げて席から立ち上がる。


「個室を出たらいなかったから、先にもどったのかと…。」


ティナが言い終わる前に、

ダダダ!

とセレスは店を後にする。


勘定かんじょうここに置くぞ!」


ミリア達もすぐにそれに続いた。




店を飛び出して周囲を見回したセレスの目に、

黒いマントを頭からすっぽりかぶった人物が、

ねむったようなフランを右腕みぎうでわきかかえて、

群衆をうように走っていくのが見えた。


「あれだ!」


セレスはけんき、走り出す。


夢中より速くレラティヴリーファスト!」


狩人の俊足ハンターズペース!」


レイとステファンが加速し、セレスのすぐ後を追う。


加速テイルウィンド!」


ティナが追い風でセレス、レイ、ステファンを後押あとおしする。




そして、




黒マントは倉庫街の人気の無い一画に到着とうちゃくすると、ピタリと立ち止まった。


「近づくな!」


左手のひらをこちらに向けて、するどく言い放った黒マントの言葉に、

セレス、レイ、ステファンも立ち止まる。


「(女性の声…?)」


「…こうして相対するのは初めましてかな?

 ディクシフ侯爵こうしゃく閣下。

 いや…、セレスティアーノ・トレトス・ブランパーダ。」


女性がバサリと、左手で黒マントを下ろした。


その姿にセレス、レイ、ステファンは、

ぎょっとおどろく。




かたまでで切りそろえられた流れるような銀髪ぎんぱつに、

逆さまの五芒星ごぼうせいに手足を生やしたような特徴的とくちょうてきな銀色のよろいかぶと着込きこんだ、

氷のような水色のひとみと整った顔を持つ女性。




『百人切り』の異名を持つ、

ソリアード国の近衛兵長、

ベリエッタ・プラテステラの姿がそこにあった。




そして、




その左腕ひだりうでには、いばらを模したような禍々まがまがしいがらの刻まれた、

赤銅色しゃくどういろをした腕輪うでわがある。

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