第10話 ならば強く~座学の時間その二

日が暮れてしばらく経ったころ

ようやくセレス達はソリアード国とプリシオン国の間に位置する関所、

ラトオンに到着とうちゃくした。




関所に到着とうちゃくしてまずしたことは、通報だった。




国籍こくせき不明の大柄おおがら魔族まぞくの男性が、ラジュマス湖の北側で死んでいる。

 状況じょうきょうから見て、誰かに特異技能ギフトおそわれたか、

 自分の特異技能ギフトで自殺したんだ。

 鑑定かんていが可能な人物を手配してくれ。」


ミリアが身分を明かし、関所の兵士にそう報告したのだ。




幸い、関所には鑑定士かんていし常駐じょうちゅうしており、

ミリアとステファンが関所の何名かの兵士と鑑定士かんていしと共に、

現場へと付きうことになった。







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ニキータが死んだ直後、ニキータの毛皮をかまどの火に投げ入れてミリアは言った。


「いいか?

 我々はかれおそわれてもいないし、彼の名前も知らない。

 無関係ということにして、後のことは関所の者に任せるんだ。

 先を急ぐ旅なんだ。おたずね者になるわけにはいかない。

 みんな、口裏を合わせてくれ。」


このミリアの提案に、全員が従うことにしたのだった。







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ラトオンは、有事の際にはとりでとしても機能する強固な建物だ。


そこには、簡易的とはいえ寝床ねどこや調理室などもある。


だが宿泊施設しゅくはくしせつではないため、それらを借りることはできない。


残ったセレス達は関所の近くで、

半ば野宿のような形で鳥車をテント代わりに夜を明かすことにした。


つまり、座ったまま仮眠かみんを取るのだ。




「メイドに教えてもらった料理だからきっと大丈夫だいじょうぶだと思うけど…。」


と、ティナが持ってきた野菜で作ってくれた簡単なスープと、

乾燥かんそうしたパンのような携帯けいたい食料で夕食にした。


よく考えれば、早朝に家で朝食を食べたきりだった。


スープは、味付けはシンプルだったが、空いた腹にはとてもおいしく感じられた。


「ありがとう。とてもおいしかったよ。」


セレスがティナに礼を言うと、ティナは照れたような笑みをかべていた。


夕食を取り終わったメンバー達は、話し合いの末、

念のためセレスとレイが交代で起きておくことに決め、

まずレイと他の者が鳥車へ入った。




夜風が心地いい。




だが、セレスの心は暗く重かった。


「(もしティナが来てくれていなければボリスに、

  もしレイが来てくれていなければニキータに敗れていたかもしれない…。)」


セレスは両のこぶしを痛くなるほどギュッ!とにぎりしめた。


「(何をやっているんだセレスティアーノ!)」


両のこぶしで関所の石壁いしかべをゴツゴツとなぐり、

そのまま額をゴンとぶつける。


痛みと、ひんやりした感触かんしょくが両のこぶしと額に伝わってきた。


「(ぼくは無力だ。)」


セレスは思った。


「(父と同じアミュラスの勇者だと分かった時、

  自分が生まれ変わったような感覚、万能になったような気分を味わった。

  『きっとあこがれた父のようになれる。』

  と。

  だが、現実は何も変わっていないのかもしれない。

  これでは父と母のかたきはおろか、フランを守ることさえできはしない…。)」




「(ならば強くならなければ。)」


セレスはその言葉を心にちかった。




かべからはなれる。




「(きっとそろそろ…。)」




「セレス兄…。」


フランがやって来た。


「…ねむれないんだね。」


セレスの言葉にフランはうなずくと、無言でセレスにきつく。


セレスも妹の小さな体をきしめてやる。


フランは小さなころから、父と母がいないとき、

ねむれないとセレスの寝室しんしつまでよくやって来ていた。




「…セレス兄。私、こわい。」


フランがつぶやくように言う。


「…大丈夫だいじょうぶだ。ぼくがフランを守るよ。」


セレスはフランをうでに少し力をめて言う。


父にも母にも親族はいなかった。


セレスとフランはもはや、唯一ゆいいつの肉親なのだ。


「(ぼくがフランを守る!)」


それは、セレスの決意だった。




「…セレス兄はこわくないの?」


フランがたずねる。


「…ぼくだってこわいよ。」


それは、セレスの正直な気持ちだった。







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夜が明けた。


セレスとレイが交代したころ、ミリアとステファン達はもどってきたようだ。


セレスと一緒いっしょに鳥車へもどったフランも、その後は何とかねむれたらしい。


「おはようのチュ~。」


と元気にセレスに向かって飛びんできた。


「(一日が始まった感じがする。)」


妹をいつものように左手で受け流しながらセレスは思った。




「念のため、私達の特異技能ギフト鑑定かんていをさせて欲しいそうだ。

 無関係を主張するためには仕方ないが、

 プリシオンにもせていた勇者の代替だいがわりがバレることになるな。

 そこは他の国にはせておくように、私がうまく言っておくよ。」


とミリアが言い、

セレス達はぞろぞろと連れ立って鑑定かんていを受けに向かった。







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鑑定かんていと出入国の手続きを済ませた後、

セレスとフランが携帯けいたい食料をミルクと煮込にこんで、

かゆ状にアレンジしたものを朝食としてみんなう。


その朝食の席でミリアが、


「今後の進路について全員に意見を聞きたい。

 ホセとイヴァンもだ。」


と地図を広げながら言った。


ちなみに、ホセとイヴァンは技能なしだった。




「進路として考えられるルートは二つある。

 一つはプリシオンを北東にけて、このまま陸を進むルート。

 もう一つは東にけて、海を進むルートだ。」


まず、ミリアがプリシオンの領土を北東へななめになぞると、


「陸路の場合だが、プリシオンは北東のカレタテラ国とは、

 険しい山岳さんがく地帯を境にして領土を分けている。

 関所のヴァサイは、切り立った山々の間をう位置にあるから、

 敵に待ちせされるとしたらその近くだろう。

 …つまり、げ場がない。」


と北東に位置するヴァサイの位置をトントンと指でたたいた。


次に、ミリアがプリシオンの領土を東へ真横になぞると、


「海路の場合は、待ちせの可能性がある場所は二か所だ。

 一つは港があるエイレントの町。

 もう一つは海上に出てすぐのどこか。

 海上だとげ場がないのはこちらも同じだ。

 …だが逆に言えば、陸から遠くはなれてしまえば、

 下船するまで場所は特定されにくいはずだ。」


とエイレントとその先の海上をそれぞれトントンとたたく。


「下船するのは、インシュラ国でもラーヤレーナ国でもどこでも構わない。

 船を貸し切れば、乗客にまぎれて敵が乗る可能性も消してしまえるしな。」


ミリアはそう言うと腕組うでぐみして、


「先に言っておくが、どちらのルートでも敵におそわれるだろうと私は考えている。」


みんなの顔を見回しながら言った。


「父上達はどちらのルートを行ったんでしょう?ご存知ですか?」


セレスが質問する。


「おそらく海路だ。

 今の時期は西風が強いし、陸路の山岳さんがく地帯は傾斜けいしゃが厳しいからな。

 駆鳥くちょうの体力の面から考えても、海路のほうが速いんだ。」


ミリアが答える。


「ならば我々も海路を行きましょう。」


セレスが力強く言った。


「それは速いからか?それともルザとレアの復讐ふくしゅうのためか?」


ミリアがセレスをジロリと見ながらたずねる。


「両方です。」


セレスもミリアを真っ直ぐ見据みすえながら答える。


「(そう…。

  父達と同じルートを行けば、きっと父達を殺した魔族まぞくに出会えるはずだ。)」


しばらく見つめ合うと、ミリアがかたをすくめ、


「他に意見は?」


みんなの顔を順に見回す。


みんなは無言でうなずいた。


「なら、海路を行くルートに決まりだ。

 準備が出来たら出発するぞ。」


ミリアも力強く言う。







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「鳥車の割り当ては昨日と同じでいいよな?」


とのミリアの一言で、各鳥車のメンバーは昨日と同じだ。


運転はイヴァンとホセに任せるが、

その横にステファンとレイがそれぞれ警戒けいかいのために座っている

という点でも同じだった。




「さて、今日も座学といこうか。

 前回は…、確か人族と魔族まぞくの歴史について話そうとしたところだったな。」


ミリアが鳥車に乗りんだセレスとフランを交互こうごに見た。


二人はうなずく。


「じゃあ質問だ。

 三百年前にはまだ人族と魔族まぞくは全面戦争をしていた。

 その戦いに終止符しゅうしふが打たれたのは、なぜだい?」


ミリアがたずねる。


アミュラスの勇者様が魔王まおうたおしたからです。」


フランがセレスの顔を見ながら答えた。


「その通りだな。

 だが、実情はもう少し複雑さ。」


ミリアが腕組うでぐみをする。


「人族同士の戦争というものは、数と戦略の勝負だった。

 数は多いほうがよく、

 戦略で味方の損害は小さく、敵の損害は大きく、

 という具合にね。

 もちろん特異技能者ギフテッドの存在は当時からあって、

 特異技能者ギフテッドだけを集めた部隊なんてのもあったようだが、

 多勢の前には些細ささいな差だった。

 弓や大砲たいほうだって当時からあったわけだし、

 なんなら大型の魔石マナストーンも戦場で運用されていた。」


ミリアが右拳みぎこぶしを目の前に持ち上げた。


「ところが魔族まぞくというのは、数にたよっていなかったんだ。

 基本的に個々人の強さで階級が決まっている実力主義。

 一番強い魔王まおうには、だれも逆らえないのさ。」


ミリアが今度は左拳ひだりこぶしを目の前に持ち上げた。


「そして人族は夜目が利かず、

 他方の魔族まぞくは陽の光の下では十分な力が発揮できないときている。

 そんな二つの勢力がぶつかるとどうなるか?」


ミリアが両のこぶしをぶつけ、


「答えは、泥試合どろじあいだ。」


と言った。


「陽の光があると、人族が数に物を言わせて一気にむ。

 戦略だって人族のほうが、はるかに上だったんだ。

 ところが、年中きりが深い魔界まかいの東のほうや、森や洞窟どうくつの中、

 あるいは夜になってしまうと、途端とたん魔族まぞくし返される。

 それに一対一に持ちめば、腕力わんりょくで勝る魔族まぞく圧倒的あっとうてきに有利だ。

 この泥試合どろじあいが実に十年は続いた。」


ミリアがぶつけたこぶしを行ったり来たりさせた。


「しかし、前線の魔族まぞくが死ぬと、それより強い魔族まぞくが次から次へとやってくる。

 魔族まぞく側の実力の底が知れないんだ。

 しかも夜にし返される領域も、それに比例してどんどん広がっていく。

 そんな状況じょうきょうつかれ果てた人族は、

 徐々じょじょに、だが確実に後退させられていった。」


ミリアが左拳ひだりこぶしを前進させる。


「そんなある時、今で言うソリアード国とプリシオン国の間。

 ちょうど今いるグラスルド領の辺りだろう。

 夜なのに、魔族まぞくを次々と討ち取る者が現れた。」


ミリアが右拳みぎこぶしから人差し指をピンと立てた。


「それが勇者様?」


フランが目をかがやかせる。


「そういうことだ。」


ミリアがうなずいた。


「初代のアミュラスの勇者トレトス。

 その特異技能ギフトの力は圧倒的あっとうてきだったらしい。

 月明かりしかなくても、そのけん一振ひとふりで魔族まぞく致命傷ちめいしょうを負ったそうだ。」


ミリアが右の人差し指で左拳ひだりこぶしをゲシゲシとつつく。


「そのトレトスの快進撃かいしんげきは、

 ついに魔族まぞくの幹部クラスを前線に引きずり出す。

 そしてトレトスは、その内の一人と相討ちになった。」


ミリアが今度は左の人差し指をピンと立て、右の人差し指とぶつけた。


「知ってる。

 でも、奇跡サザーニアの聖女様が助けてくれたのよね?」


フランはエッヘンといった感じでこしに両手を当てた。


「その通り。」


ミリアが再びうなずくと、右の中指を立て、立てていた人差し指とくっつける。


致命傷ちめいしょうを負ったトレトスを、初代の奇跡サザーニアの聖女ニーヴェが救う。

 それを見た魔族まぞくは、さぞや青くなっただろう。

 …おっと、元々青いか。

 フフフ…。」


ミリアが笑い、

つられてセレスとフランも笑い出した。


魔族まぞくの前線は崩壊ほうかいした。

 『殺しても復活するなんて、勝てるわけがない。』

 と、全員が文字通り尻尾しっぽを巻いてげ出したというわけだ。

 幹部もふくめてね。」


ミリアが今度は右拳みぎこぶしを一気に前進させた。


「そして、魔界まかい奥地おくち、今でいうナルグーシスだな。

 そこで一人逃げなかった最強の魔族まぞく

 つまり魔王まおうしょうされる存在と、トレトスとニーヴェの二人が対決し、

 見事勝利したというわけだ。」


再びミリアが左手の人差し指を立てて、右手の人差し指と中指をそれにぶつけ、

左手を場外にしやるように動かした。


「これにより、魔界まかいの社会システムや制度が崩壊ほうかいし、

 トレトスの働きによって人界の社会システムや制度がかれ、

 魔界まかいはナルグーシス、ルヴィア、トルネオに三分され、

 人族と魔族まぞくは対等な関係になり、

 そして現在に至る。

 …と、ここまではいいかい?」


ミリアがセレスとフランの顔を交互こうごに見た。


二人はうなずく。


「では、今の話を聞いてどう思った?

 何か不明点や疑問点がないかい?

 セレスも考えてみてくれ。」


とミリアが言う。


「うーん…?」


セレスとフランは二人そろって首をひねってうなった。


「そうですね…。

 魔界まかい奥地おくちで待ち構える魔王まおうに、

 勇者はどうやって立ち向かって勝利したんでしょうか?」


とセレスが口を開いた。


「ん。それも一つの疑問点だな。」


ミリアがアゴに手を当てながら、うなずいた。


「当時、魔王まおう魔界まかいの中でも、特にきりが深い地域に建っていた城を

 住処にしていたらしい。

 つまり月の光はおろか、陽の光だってろくに届かないはずなんだ。」


ミリアが続け、


「だが、そんなところに勇者は聖女と二人だけでんで、

 『勝利した!』

 と魔王まおうの首を手に、帰ってきているんだ。

 これは記録が残っているから確かだ。」


と言った。


「セレス兄みたいに、火を使ったんじゃない?」


今度はフランが口を開く。


「そうだな。その可能性は高い。

 だが、勇者は前座である幹部と引き分けていたんだぞ?

 それより確実に強いはずの魔王まおう相手の場合、

 十分に実力を発揮できなければ負ける可能性のほうが高そうだ。

 魔王まおうだってバカじゃない。

 たいまつや小さい魔石マナストーンぐらいの照明には、

 何かしら対処をしていたはずなんだ。」


ミリアがアゴに手を当てたまま首をひねる。


「それに、疑問点は他にもあるんだ。

 さっきから魔王まおう魔王まおうと言っているが、

 魔王まおうの名前が不明なんだ。」


とミリアが言った。


「そういえば…。」


セレスとフランも首をひねった。


「(確かに。

  おとぎ話も歴史書もトレトスとニーヴェの名前はあっても、

  魔王まおうのほうは魔王まおうと表記するに留まっている…。

  それどころか魔王まおう以外の魔族まぞくの名前も記されていた記憶きおくがない…。)」




「だからもしかしたら、

 そもそも魔王まおうと戦っていないのかもしれないと、私は思ったんだ。」


ミリアが言うと、


「えっ!?」


セレスとフランが同時におどろいた。




「考えられる可能性は四つだ。

 一つ、魔王まおうと実際に戦って勝利した。

 二つ、魔王まおうが降参し、その首を差し出した。

 三つ、魔王まおうとして現れたのが影武者かげむしゃ。つまり偽物にせものだった。

 四つ、魔王まおうの代わりに、おくれた魔族まぞくの誰かを魔王まおうに仕立て上げた。」


ミリアが四本の指を立てると、順に折って数え、


「後者二つの場合、本物の魔王まおうはどこかで生き延びていた可能性がある。」


と最後に折った二本の指を再び立てた。


「それはちょっと有り得ないんじゃあ…。」


フランが言うが、セレスは、


「いや確かに…。」


とアゴに手を当てた。


不安マムザシルキのボリスをたおしたときのことを思い出してみてくれ。

 ぼくが首をり落とした後、ボリスはどうなった?」


セレスがフランを見る。


フランもアゴに手を当てると、


「あっ…。」


と言って固まる。


「ボリスの肉体は、全身が灰になってくずれた。

 骨しか残らなかっただろう?」


とセレスが言った。


ミリアも、


「そう。私はルザの戦闘せんとうを数多く見てきたが例外はない。

 アミュラス特異技能ギフト致命傷ちめいしょうを負った魔族まぞくは全身が灰になる。

 だが、記録には

 『首』

 と確かにあった。

 『頭蓋骨ずがいこつ

 じゃないんだ。」


と、うなずいた。


「つまり、アミュラス特異技能ギフトでトドメをしたんじゃなく、

 単に物理的にり落としているんだ。

 魔王まおうなんて存在との戦闘中せんとうちゅうに、そんな余裕よゆうがあるだろうか?」


ミリアの言葉に、セレスとフランは何も言えなかった。

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