アミュラスの勇者

第9話 困難のニキータ

「てめぇ！ふざけんじゃねぇぞ！」

アンネがバタバタと暴れるのをステファンとセレスは必死に抑（おさ）えていた。

「んなことしたらアルコールが飛んじまうだろ！」

ミリアがアンネに

「さっきくれようとした酒、もらうよ。

　五、六本欲しいな。」

と言い、

受け取った酒を、

バシャバシャとかまどの鍋（なべ）に残らず注いだのだ。

酔（よ）っているせいもあるのか、それを見たアンネが大いに怒（おこ）り、

ミリアに掴（つか）みかかろうと暴れているのである。

だが、ミリアはどこ吹（ふ）く風といった様子で、

「ティナ。

　今から私が、この鍋（なべ）の中身に魔力（マナ）を込（こ）めるから、

　君はその蒸気をさっき氷が飛んで来たほうへ風で追いやってくれ。

　できるだけ低くだ。」

と言い、鍋（なべ）に手をかざす。

ティナがアンネの様子にオドオドしながらも杖（つえ）を構え、

ブワッと風を巻き起こした。

「紅蓮の波（クリムゾンタイド）とでも名づけようか。

　文字通り、炙（あぶ）り出させてもらうぞ。」

ミリアが指をパチンと鳴らすと、

ボボボボボ…！と風が一面の炎（ほのお）に姿を変えた。

ミリアの魔力（マナ）と混ざったアルコ―ルがティナの風で広がっており、

それにミリアが一気に点火したのだ。

「ぐわっちぃ！」

見ると、毛皮に引火したのだろう。

少し向こうで黒い煙（けむり）が上がった。

煙（けむり）の下には、白い毛皮をまとい、顔には白いお面まで付けている大男。

フランの倍は背丈（せたけ）がある魔族（まぞく）がワタワタと、あわてふためいている。

「行くぞ、ステファン！」

セレスとステファンがダダンッ！と飛び出した。

が、

それを見たミリアが叫（さけ）ぶ。

「待て！早まるな！」

あわてていた魔族（まぞく）がフッとその緊張（きんちょう）を解き、くるりと振（ふ）り返る。

「釣（つ）れたのは二匹（にひき）だけか。

　凍てつく深淵（フローズンアビス）！」

ド　ン　ッ　！

地響（じひび）きがするほどの威力（いりょく）で、地面を。

いや、水面を踏（ふ）み抜（ぬ）いた。

表面だけが凍（こお）っていた湖はバキバキバキッ！と割れ、

その上に立っていたセレス、ステファン、ニキータと名乗った魔族（まぞく）は、

大きく広がった氷の割れ目にはまってしまう。

「からの、

　凍てつく牙（フローズンファング）！」

ニキータが両手であおぐように水面に大きな波を立てる。

と、

それがみるみるうちに凍（こお）りだし、

セレスとステファンにガラガラガラガラ…！と襲（おそ）いかかる。

二人は、何とかそれを剣（けん）で弾（はじ）きさばいた。

が、いつの間にか二人は、胸まで浸（つ）かった状態で氷漬（こおりづ）けにされている。

「よっこらしょ、っと。」

ザバッとニキータが氷の上へよじ登る。

「さて、その状態では回避（かいひ）できま…。」

「狩人の剛力（ハンターズストレングス）！ぬうん！」

バキバキッ！

ステファンが自力で氷を砕（くだ）き、氷の上へよじ登る。

「（さすがの怪力（かいりき）だ！）」

「な、何ぃ！？何というパワーだ！」

ニキータも思わず称賛（しょうさん）を送ってしまう。

「だが、そっちの勇者のガキは回避（かいひ）できまい！

　食らえ！

　凍てつく大砲左（フローズンキャノンレフト）！」

ニキータが左腕（ひだりうで）を素早くこちらに向けて振（ふ）ると、

毛皮の袖（そで）からいくつもの大粒（おおつぶ）の水滴（すいてき）が飛び散り、

こちらへ向けてすごい勢いで飛んで来る。

「くっ…！」

バシャシャ…！

ステファンは何とかそれを剣（けん）と盾（たて）で防ぐ。

パキパキ…！

ステファンの剣（けん）と盾（たて）が凍りついた。

「やるな…。

　だが、これならどうだ？

　凍てつく迫撃砲（フローズンモーター）！」

ニキータが今度は右腕（みぎうで）を素早く上に向けて振（ふ）ると、

毛皮の袖（そで）からいくつもの大粒（おおつぶ）の水滴（すいてき）が飛び散った。

それが空中で方向を変えて、こちらへすごい勢いで落下してくる。

「からの、

　凍てつく大砲左（フローズンキャノンレフト）！」

ニキータが先ほど右腕（みぎうで）を振（ふ）った勢いで回転したまま、

今度は左腕（ひだりうで）をこちらへ向けて振（ふ）る。

同じようにいくつもの大粒（おおつぶ）の水滴（すいてき）が飛び散り、

こちらへ向けてすごい勢いで飛んで来る。

「からの、

　凍てつく大砲右（フローズンキャノンライト）！」

ニキータが回転したまま、さらに右腕（みぎうで）をこちらに向けて振（ふ）る。

息もつかせぬコンビネーションだ。

「（マズい！

　上方と前方から同時に大量の水が！

　凍（こお）らされる！）」

セレスがステファンの影（かげ）で、何とか頭だけは守ろうと剣（けん）を構えたその時だった。

「大丈夫（だいじょうぶ）だ、ステファン。上だけ守ってくれ。」

ポンとステファンの背中に手が添（そ）えられた。

後ろからレイが追い付いて来たのだ。

「夢中より速く（レラティヴリーファスト）！」

レイとステファンがものすごいスピードで動き、

バシャシャシャシャシャシャ…！と剣（けん）と盾（たて）で、飛んで来た水を防ぎきる。

パキパキパキ…！

剣（けん）と盾（たて）は凍（こお）りつくが、体には一滴（いってき）たりとも当たっていない。

「意外と大したことないな。」

レイは涼（すず）しげだ。

レイの特異技能（ギフト）でレイ自身とステファンの時間を速め、

相対的に遅（おそ）くなった水の動きを全て見切ったのだ。

「な、何ぃ！？何というスピードだ！」

ニキータは再び称賛（しょうさん）を送ってしまう。

「小癪（こしゃく）な…。

　一旦距離（いったんきょり）を取る！

　…のも難しそうだな。」

グッと剣（けん）を構えたレイと武器を弓に持ち替（か）えたステファンを見たニキータは、

ガックリとうなだれると、

「…降参だ。

　光（アミュラス）の勇者ご一行様。」

ドカッ！と座り込（こ）んで両手を挙げた。

～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～

ガチガチガチガチ…。

「（寒い寒い寒い寒い…。）」

ステファンに手伝ってもらい、湖面から脱出（だっしゅつ）したセレスは、

皆（みんな）と一緒（いっしょ）に座り込（こ）んでかまどの火にあたっていた。

セレスもステファンも全身の六割以上が氷に浸（つ）かってしまっていたのだ。

レイが勝負を決めてくれなければ凍（こご）え死んでいただろう。

皆の中にはホセやイヴァン、ニキータも入っている。

ニキータの攻撃（こうげき）に驚（おどろ）いて走り出してしまった駆鳥（くちょう）達は何とか落ち着いたらしく、

ホセとイヴァンは自力で戻（もど）って来たのだった。

鳥車のダメージも大したことはなさそうだ。

後で応急処置をしておけば十分だろう。

怒（おこ）っていたアンネもティナになだめられて、今は落ち着いたようだ。

降参したニキータが能力を解除したので、

空模様は再び雨に変わっていた。

「勝てたから良かったものの、一歩間違（まちが）えれば死んでいたぞ。

　セレスにステファン。」

ミリアは肩（かた）をすくめる。

「それで？お前もどうせ依頼主（いらいぬし）が誰（だれ）かは知らないんだろう？」

くるりとニキータのほうへ振（ふ）り返ったミリアが尋問（じんもん）を開始する。

「ああ、知らん。だが、女の魔族（まぞく）だったぞ。」

ニキータが素直に答える。

これはマーシャから得た情報と一致（いっち）している。

「（ということは、主犯はその女の魔族（まぞく）なのだろうか？）」

とセレスは思った。

「依頼（いらい）を受けたのはナルグーシスでか？」

ミリアが尋ねると、ニキータは、

「いいや、オルトエストだな。ビウィス侯爵（こうしゃく）領のクプルという町だ。」

と答えた。

「（ビウィス侯爵（こうしゃく）領！そこは父と母が襲（おそ）われた…！）」

セレスはフランのほうを振（ふ）り返る。

フランは険しい顔をして、セレスのほうへ視線を送り、コクリとうなずく。

ミリアもそれをチラリと見た。

「次の質問だ。

　他の刺客（しかく）はまだいるのか？

　人数は？

　どんな能力だ？」

ミリアが問いただす。

「人数も能力も知らんな。

　だが依頼（いらい）人は少なくとも、何らかの試練（トライアル）の持ち主だ。」

とニキータは答えた。

ミリアはフゥーとため息をつく。

「…では質問を変えよう。

　なぜセレスが光（アミュラス）の勇者だと既（すで）に知っていたんだ？」

ミリアが尋（たず）ねた。

「！」

一同はハッとする。

「（確かに…！）」

セレスが倒（たお）したマーシャは、まだ牢屋（ろうや）の中のはずである。

マーシャは言っていた。

「『息子と娘（むすめ）を確実に始末してこい。』

　って言われてるの。

　たとえ勇者と聖女になってなかったとしてもね。」

と。

つまりこの時点では、

敵はセレスとフランが能力に目覚めたことを知らなかったはずだ。

だが、セレスが殺したボリス。

こちらはおそらく、依頼人（いらいにん）から

ソリアード王宮の駆鳥（くちょう）達、火の賢者（けんじゃ）、光（アミュラス）の勇者、奇跡（サザーニア）の聖女、

を殺せと依頼（いらい）されていた。

たった五日の間に、

それもソリアード国内の一部だけしか知らなかったセレスとフランの能力のことを、

敵はどうやって知り、ボリスやニキータに伝えたのだろう？

「その答えは、この腕輪（うでわ）だ。」

ずいとニキータが左腕（ひだりうで）を持ち上げ、毛皮の袖（そで）をまくって見せる。

茨（いばら）を模したような禍々（まがまが）しい柄（がら）の刻まれた、

赤銅色（しゃくどういろ）をした腕輪（うでわ）がそこにあった。

セレスはこの腕輪（うでわ）に見覚えがある。

ティナの格好をしたマーシャがこれと同じ腕輪（うでわ）をしていたし、

ボリスを倒した後にもこれと同じ腕輪（うでわ）が転がっていた。

「魔具（まぐ）なのか何なのか知らんが、

　依頼（いらい）を受けたときに装着する契約（けいやく）でな。

　この腕輪（うでわ）から時折、依頼人（いらいにん）の声が聞こえてくるんだ。」

ニキータが言う。

と、

その腕輪（うでわ）がボウッと紫（むらさき）色を帯びた光で輝（かが）きだした。

「…契約違反（けいやくいはん）よ、ニキータ。

　残念ね。

　命令よ。

　氷漬（こおりづ）けになって死んでちょうだい。」

突然、腕輪（うでわ）から女性の声が響（ひび）いたかと思うと、

ニキータはお面越（ご）しでも分かるほど引きつった顔になった。

そして次の瞬間（しゅんかん）、

「ギイイイイ…！」

ニキータが頭を抱（かか）え、苦しむようにもがき出すと、

バキバキバキバキバキ…。

ニキータだったものは、全身の血を氷漬（こおりづ）けにした青い塊（かたまり）になった。

皮膚（ひふ）や筋肉が膨張（ぼうちょう）した氷で弾（はじ）け飛び、もはや原型を留めていない。

「ひっ…！」

フランが、あわてて顔を背ける。

他の者も同様だ。

「なんてことだ…。」

ミリアも呻（うめ）くように呟（つぶや）く。

「口封（くちふう）じのために殺されたのか…。

　だが、この死に方はまるで…。」

「（自殺…。）」

セレスは思った。

「（ニキータはたった今、自分の能力で自殺したのだ…。

　　だが、どうして…？

　　腕輪（うでわ）から響（ひび）いた声に従って自殺したようにしか見えなかった…。）」

雨が上がった。

しかし、周囲は薄暗（うすぐら）いままだ。

日没（にちぼつ）がすぐそこまで迫（せま）っていた。