第8話 ラジュマス湖にて

セレス、フラン、ミリアが鳥車を降りると、眼前は雪国であった。




鳥車の前方に広がる景色、

山と木々にはさまれた広い平原が真っ白に染まり、

ボトボトと雪が…。


いや、雪だけではない。


あられまで降りしきっている。


先ほどまではむしろ暑いくらいだったはずだ。




セレス達は呆然ぼうぜんとして、立ちくした。




セレス達が立っている辺りでは、ザーザーと雨が降っている。




ちょうどステファン達が乗っていた前方の鳥車あたりを境に、

雪と雨が分かれているのだ。


ステファン達も鳥車を降りて立ちくしている。




「前方の鳥車が急に停止したと思ったらこんな状況じょうきょうでして…。

 しかも徐々じょじょにこちらへせまって来ています。」


とレイが報告する。


「どういうことでしょう…?異常気象ですか…?」


セレスがミリアにたずねると、ミリアが、


「いや、魔族まぞく刺客しかくだろうな。むぅ…。」


と、うなった。




「ここはどの辺りだ?」


とミリアがレイにたずねる。


レイは、


「オノト村を通り過ぎて、ラジュマス湖のほとりまで来ています。

 ですが…。」


と言うと、前方を指差した。


セレスとミリアが前方に目をらす。


「(…なるほど。)」


湖はこおってしまっていた。


広い平原だと思った場所は、よく見ればこおった湖だったのだ。




ミリアが、


「関所まではまだまだか…。」


と首を横に振りながら言い、続けて


「だが、これだけ大規模に能力を行使できる修練者ノーヴィスだ。

 オノト村までもどって日が暮れれば村人を巻きみかねない。

 だからといってのん気に鳥車に乗っていると、

 鳥車ごとこおらされてしまうかもしれない。

 山をえて大きく迂回うかいする手もあるが、それでは野宿するハメになりそうだ。

 時間がしい。

 全員鳥車を降りて、周囲を警戒けいかいしつつ湖を回りんで予定通り進むぞ。」


と言った。


「おーい。聞こえたか?ステファン、ティナ、アンネ、イヴァン。」


とミリアが前方の鳥車付近に寄りって立ちくしている四人にも声をかける。


何やらステファンとイヴァンが、あわてている。




そして、




「うぐ…。ぐす…。」


ティナが泣いている。




「!?」




セレス、フラン、ミリア、レイ、ホセも、あわててけ寄る。




ちがうの…。アンネの話を聞いていたら…。ぐすぐす…。」


ティナは泣き続ける。


「アンネ?…アンネが何か言ったの?」


フランがティナのなみだを持っていたハンカチでいてやりながら、

ジロリとアンネをにらんだ。


アンネは


「私の身の上話をしただけです。」


と言う。


ティナも


ちがうの…。私がそれを聞いて勝手に泣いてるの。

 アンネは悪くない。アンネは何も悪くないのよ…。ぐすん。」


と言った。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「本当に大丈夫だいじょうぶ?」


フランがティナに言うと、ようやく泣き止んだティナが、


「ありがとう。もう大丈夫だいじょうぶだから…。」


とフランにハンカチを返した。




一行は、ミリア、ステファンを先頭に、


次にアンネとセレス、


鳥車二台を横に並べてホセとイヴァンが運転、


その後ろにフランとレイ、


最後尾さいこうびにティナ


という布陣ふじんで湖を北に回りむようにして歩き出していた。




「(敵の魔力マナ無尽蔵むじんぞうなのだろうか?)」


雪とあられは止む気配が無い。


比較的ひかくてき薄着うすぎなセレス達はこごえそうだ。




「火で温めることはできないんですか?」


セレスがミリアにたずねたが、ミリアは


「さっきも説明した通り、

 火の魔力マナの燃焼っていうのは魔力マナそのものを燃やす。

 何か燃やす物があるならともかく、魔力マナだけをずっと燃やしていたら、

 すぐに魔力マナ出力上限に達してしまうよ。」


かたをすくめ、


「燃やすにしても、たいまつは夜まで温存しておきたいしな。」


と続けた。


「(なるほど…。)」


セレスは思った。


「(雪が降りしきるこの状況じょうきょう…。

  さっきまで降っていた雨を敵が雪に変えたのだと考えると、

  たきぎになるかわいた木を集めるのも難しそうだ…。)」




と、

アンネが、おもむろに荷物からビンを取り出した。


グイッとあおるように中の液体をグビグビと飲み干すと、

ハーッと息をつく。


「(くさい!?)」


ゲホゲホと思わず近くにいたセレスがむせ、顔をしかめた。


すごいアルコール臭だ。


「…それ、お酒ですか?」


セレスがたずねると、アンネはセレスをり向きコクリとうなずく。


アンネが持っていた大量のビンの中身は酒だったのだ。


しかも、かなり度数が高い酒のようである。


みなさんもいかがですか?温まりますよ?」


アンネが別のビンを差し出す。


「いや、私はお酒は…。セレスも未成年だし。」


ミリアが手を横にる。


ステファンも首を横にった。


「そうですか…。」


アンネは差し出したビンを再びあおるようにグビグビと飲んだ。


それを見たミリアが、


「おいおい。これから戦闘せんとうになるかもしれないんだ。

 っぱらわれても困るぞ。」


と注意するが、アンネは、


「私は大丈夫だいじょうぶですのでご心配なく。

 むしろっぱらうと魔力マナの出力が向上します。」


すずしい顔だ。


「ほ、本当かあ…?

 まさか

 『教会でもっぱらいながら治癒ちゆをしていた。』

 なんて言わないだろうね?」


ミリアが冗談じょうだんめかして言う。


が、アンネは無言だった。


「うそだろ…。」


ミリアは言葉を失った。




そして、




しばらく歩いたところで、


「む…。賢者殿けんじゃどの、前方に何かあります。」


ステファンが指を指した。


前衛の四人が目をらす。


…かまどとなべだ。


岩をいくつか並べ、簡易的なかまどが作られていて、

その上にかまどをおおうほどの巨大きょだいな金属製のなべが置かれている。


四人が慎重しんちょうに近寄ってみると、

かまどには大量のたきぎと火がくべられていて、

フタのないなべの中では、透明とうめいな液体がボコボコと煮立にたっていた。


ミリアが慎重しんちょうに、液体のにおいをクンクンとぐ。


においは無いな。おそらくただの水だろう。」


と言い、アゴに手を当てて頭をひねった。


セレスは辺りを見回し、


だれかがここで暖を取っていたんでしょうか…?」


とミリアにたずねる。


「いや、もしかしたら…。

 敵の能力のなぞが分かったかもしれない。」


ミリアがアゴに手を当てたまま、うなずいた。


「おそらく敵は、このお湯の中に魔力マナを出力して混ぜたんだ。」


ミリアがお湯に手をかざすようなジェスチャーをする。


魔力マナというものは、

 混ぜた対象の状態が変わっても混ざったままなんだ。

 つまり、液体の水に混ぜた魔力マナは、

 その水が気体に、

 水蒸気に姿を変えても混ざったままだ。」


ミリアは空を見上げた。


「敵は自力でこんな広範囲こうはんいの天候を変えたんじゃなく、

 降ってきている途中とちゅう雨粒あめつぶに、

 自分の魔力マナが混ざった水蒸気をくっ付けて、

 その状態でこおらせているんだ。

 そうすれば、魔力マナを直接空気中に出力するよりも、

 少ない魔力マナで効率的に拡散して雪に変えられる。

 この火の熱を利用しているんだ。

 おそらくこれと同じかまどとなべが、この近くにいくつもあるんだろう。」


ミリアが今度は空に手をかざすようなジェスチャーをした。




「バレちゃ仕方ない。オレは困難アイゾウェッジのニキータ。」




ゴゴゴゴン!


突然とつぜん、一行の右手のほうから、こぶしぐらいの氷のかたまりがいくつも飛んできた。


すかさずステファンがたてを構えて防ぐ。


だが、


ガス!


「ぬう!?」


ガス!


「うぐ!?」


ステファンが右太もも、

セレスが右のふくらはぎにそれぞれ一発ずつ食らってしまった。


ガス!


イヴァンの鳥車にも一発が命中してめり込む。


駆鳥くちょう達があわてふためき、


「キュー!キュー!」


と鳴きながら、二台の鳥車ごと前方へ走っていってしまった。


鳥車のかげになる位置にいたフランとティナを、

レイがおおかぶさるように守る体勢になる。


大丈夫だいじょうぶかセレス!?ステファン!?アンネ!?」


ちょうどステファンのかげにいる形だったミリアが、

言いながらセレスとアンネをステファンの背後に引きずりむ。


よろいに当たっただけです!」


とステファンがたてを構えたまま答える。


「かすり傷です!」


とセレスが答えながら立ち上がろうとするが、アンネが


治癒ちゆいたします。」


とそれを制した。


セレスの右のふくらはぎの傷口に手をかざす。


ホワッと右脚みぎあし全体が温かくなったかと思うと、

一瞬で血が止まり、すぐに傷がふさがった。


「まだ痛みますか?」


アンネが聞く。


セレスはあしを動かし、


大丈夫だいじょうぶそうです…。ありがとう。」


と礼を言うと、ミリアに向き直る。


「敵は?」


セレスがたずねる。


ミリアは、


「すまない、見えていなかった…。

 ステファン、どうだ?」


たずねる。


ステファンは、


「自分も見失いました…。

 が、白い毛皮のような物を着ていました。

 それでこの雪に身をかくしているのです。」


と答えた。


「なるほど…。」


ミリアが言い、眼前に広がる雪原を見渡みわたしながら、


「どうやら敵は、持久戦の構えらしい。

 辺りを雪原に変えたのは、姿をかくす目的もねていたんだ。

 さらにこの寒さで徐々じょじょに体力をうばい、氷のたま牽制けんせいして、

 夜まで我々を足止めする気なんだ。

 運が無いことに、鳥車にもげられてしまった。」


口惜くちおしいように言った。


「すぐにかまどの火を消しましょう!

 幸い、敵はまだ追撃ついげきしてきません!」


とセレスが提案する。


しかし、ミリアはアゴに手を当てると、


「…いや、待て。

 おそらくさっきも言ったように、同じかまどとなべがいくつもあるんだ。

 ここだけ消しても効果はうすい。」


と言い、


「だが、この状況じょうきょうを打開する手は思いついたぞ。

 アンネ、ティナ、ちょっと協力してくれ。」


と続けた。

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