東の領土イステールではじめてのお泊まりです!

「お布団!ふかふかのお布団!」


 ヘレンは応急的に支給された騎士の宿舎に入り、ベッドをみて喜んだ。


「板の上で寝ないで済む!ふかふか……お布団……」


 ヘレンは今すぐベッドに飛び込みたかったが、着の身着のままで汚いので布団を目で楽しんでいた。


「風呂に入らないと寝れないなんて面倒だねぇ」


 スラムのおばあさんがやれやれと床に座る。

 愛用の鍋をヴォルフに奪われたり、オーギュスタから食べ物を奪ったりと、そこそこ元気なこのおばあさんは当たり前のように生き延びていた。


「服から虫が布団に入っちゃうから……。布団は虫が繁殖しやすいから注意しないと、痒みで転げ回ることになるわ」

(ジーニ君知識:お布団やマットレスは人間の汗で虫が住みやすい湿度になるんだよ!湿気で発生したカビを食べて繁殖するからお布団はこまめに干そうね!)


 ヘレンはおばあさんの隣りに座った。


「……ありゃ地獄だった……」


 おばあさんは身に覚えがあるらしく、遠い目をした。


「とりあえず、衣食住は提供されるから、代わりに下働きをすることになるんだけど……」


 スラムの住人には日雇いでお金を稼ぐ者もいる。おばあさん以外の女性たちは日雇いで稼ぎ、食べ物や生活用品を買うものも多かった。


「は?働くの!?しかもタダ働き!?」


 オーギュスタが声を上げる。

 数少ないスラムの女性たちが、「またか……」という顔をした。


「スラムを領地に作らせるのは困るって領主が言ったらしいわ。当たり前よね」


 ヘレンはオーギュスタに慣れているので特に何も思わず続けた。ヘレンとしては不本意であるが、いつの間にかオーギュスタ係になっていた。


「それで、ヴォルフさんが領主に話をつけたの。文句があるなら……」

「やだ♡頑張る♡」


 オーギュスタはチョロかった。周りの女性達も胸を撫で下ろした。


「御しやすいというか、なんというか……」


 おばあさんはオーギュスタに聞こえないようにボヤいた。


「それで、私たちは何のお仕事をするのかしら?」


 スラムの女性が一人、ヘレンに尋ねた。


「洗濯と庭の手入れからって言ってた。したい仕事があるならヴォルフさんに言うと良いらしいわ」

「ヴォルフさんったら、もうリーダーとして認められてるのね♡」


 オーギュスタがうっとりとしている。


「他に適任者がいないもの」


 ヘレンがバッサリとオーギュスタを切った。


「そうそう、あの荒くれ者を大人しくさせるなんて、ヴォルフさんしか出来ないわ」

「ウチの旦那もヴォルフさんの前じゃ大人しいったらありゃしない」

「あたしがあと50年若かったら悩殺したんだがねぇ」


 そうして女性陣はお風呂が用意されるまでガールズトークに花を咲かせた。




 一方その頃、男性陣は……。


「──と言う訳だ。俺がお前らの労働監督になる。ふざけたことしてみろ、ぶっ殺すからな」


 ヴォルフの脅しに、全員が大人しくうなずいた。話し合いは難航したようで、帰ってからのヴォルフは機嫌が最悪だ。


「あの、ヴォルフさん」


 ポーロが果敢にもヴォルフに話しかける。教会で鍛えられているのか、意外にもポーロはこういう場に慣れている。


「なんだポーロ。すぐに答えられる質問をしろ」

「僕らの加護は使えるんですか?加護を使える者が教会の外にいるなんて、普通なら大事件です」

「ここから王都までは遥かに遠い。そもそもスタンピードで破壊された街道はそんなに復旧してねぇ。あいつらが知ったときには手遅れだ」

「よかった。それなら安心ですね」

「それに俺らの仕事はそういった復旧作業だ。クソ王が派兵も支援もしてねぇからな。人手が全然足りてねぇんだとよ」


 それだけ言うとヴォルフは床に寝転んだ。


「ポーロの加護は穴掘りだから、こき使われるぞ!」


 ヤンがヴォルフを刺激しないようにポーロに話しかける。


「教会でも土木補修係だったんで任せてください!」


 ポーロが胸を張る。

 そしてポーロはふと思い出した。記憶があいまいになる時、いつもルードがそばにいることを。


 ──薬草集めの時以来、話しかける機会がなかったけど……。一度ルードに聞いてみよう。しかし、貴族の血を引くなんて、ルードは何者なんだろう?


 煙に巻くだろうなと思いつつ、ポーロは城へと招かれていったルードの事を考えていた。





 夜、ルードは一人で夜の森にいた。

 東の領主から用意された部屋はとても広く、豪華で申し分なかったのだが、どこに行くにも従者が付き従う。庶民育ちに慣れたルードには窮屈に感じたのだ。


(便利っちゃ便利なんだが……便所にもついてくるのは鬱陶しい)


 気味が悪いほど静かな森のほうがルードの性に合っていた。ぼんやりと森の中で佇むルード。空は星が瞬くばかりで、ルードの気を引くものは何もなかった。


「こんにちは、我が主」


 誰もいないはずの森で自分に話しかける声が聞こえ、ルードはすぐに身を伏せた。


「私です。我が主」

「は?ルードヴィグ、俺を守れ」

「ふふ、ルードヴィグは私ですよ。我が主」

「……は?」


 そこにいたのはとても大きな黒い女性だった。

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転生ナースの衛生革命〜スラムに追放された聖女は復讐のために生き延びることにしましたが、スラムが不潔すぎて病気も発生したのでまずは環境の改善と感染症の予防に努めます 三桐いくこ @ikukokekokko

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