縫合です!ルードに限界がきました!※肉体を切り開く等の描写有り

 ルードは抜いた木片をまじまじと眺める。

 足に刺さっているときは、大きく感じたが3センチほど大きさだった。


「木片はこの皿に入れて。オーギュスタ、患者さんの顔色に変化は?」

「ないわよ」

「ありがとう。じゃあ患部を洗うわ。ルード、タライを持ってくれる?」


 ルードは脚を持ち上げて、タライを術野じゅつやの下に置いた。


「動かさないでね」


 ヘレンはぬるい生理食塩水で術野じゅつやを洗浄する。食塩水が足に空いた穴の中を通って落ちていく。

 ルードが顔を痛そうにゆがめた。


「そんな野菜みたいに洗うなよ」

「やさ〜しく水流をあててるわよ!

 血と木片についてたゴミや、木片のカスが流れたと思う」


 ルードが洗われた術野じゅつやを見た。


「トゲが刺さってる」

「セッシで取り除いて」


 ヘレンはルードにセッシを渡す。


(ジーニ君豆知識:ピンセットのことをセッシというよ!漢字だと鑷子と書くよ!)


「こんなに先が尖った毛抜き初めて見た」

「ここまで研いでもらうのにどれだけ苦労したか……!」


 ルードはセッシを珍しそうに眺めてから、トゲを抜き始めた。


「キレイな布だけどコレに置かないでよ!」


 ヘレンはルードが布に擦り付けたトゲや小石を、木片が入った皿に移す。


「意外に入ってんなぁ……。暗くて見にくい。ルードヴィグ、照らしてくれ」

『御意』


 術野じゅつやがあからさまに明るくなる。


「えぇっ?」

「ルード、お前!加護持ちかよ!」


 患者の頭の方にいたオーギュスタとヴォルフが騒ぎ出す。


「ルード!バレてる!バレてる!」


 ヘレンは動揺する。ルードは手を止めて騒がしい二人を怒鳴りつけた。


「うるせぇな!取り込み中だ!!」


 ──ドクターが怒鳴ってる〜。懐かしい。


 ヘレンが感慨に浸っていると、ルードは作業を終えたようだ。


「よし!取れた。ヘレン、また洗ってくれ」

「はい」


 再びヘレンが洗い、ルードが術野じゅつやを確認する。


「よし!ルードヴィグ、取り残しは消しとけ」

『御意』


 ──ここまで頑張っといて、仕上げは加護って謎ね。


「は?光るだけの加護じゃないの!?石も取れるって何!?」

「おいおいおいルード、なんだよおめぇ。何でも出来るじゃねぇか」

「ヘレン、次は?」


 ルードは二人を完全に無視した。


「傷口がボロボロだから、皮膚を少し切り取ってきれいなキズにしたほうがいいわ」


 ルードは、迷いなくガタガタに裂けた皮膚を切り取った。


「つぎは縫合ね。筋肉と皮膚は別々に縫い合わせるわ」


 ヘレンは魚釣りに使えそうなC字の針に糸をつけていた。ハサミのような器具とさっきとは違うセッシを用意している。


「……ナニコレ?」

「縫合用の道具よ!これは針を掴む持針器じしんき


 ヘレンはハサミのような器具を持つ。針をはさむと、カチカチと音をさせて持針器じしんきに固定した。


「手元がぶれても針が落ちないの。それに、奥まで指が届かないでしょ?

 これで針を刺す→持針器じしんきから離す→針を掴み直す→糸を引っ張るって繰り返すの」


 持針器じしんきを動かして説明する。


「縫い方がめんどうだな」

「まあね、でも丁寧にしないと傷跡が汚くなるわ」

「男だしいいだろ」

「患者さんが傷口を見るたびにテンションが下がるでしょ。手抜きはだめよ」

「チッ」

「で、これはかぎ付きセッシ。皮膚をしっかりつかめるわ。針で刺したいところが見にくかったら、これで皮膚をめくったりして」


 ヘレンは皮膚を掴んでみせた。


「人間を布みたいに扱うなよ」

「布みたいって失礼ね!さっさと始めて!」


 その時、ヘレンは忘れていた。

 ルードはただの素人だと言うことを、

 医師としての覚悟などまるで無いと言うことを、

 なんとなくパフォーマンスになるから付き合っているだけであることを。


 ルードは筋肉を一針縫って叫んだ。


「動かしずらい!めんどくせぇ!」


 正直、トゲを抜いていたときがルードの集中力のピークだった。


「ちょっと!これが終われば終わるんだから!」

「イライラする!足とか!複雑すぎるだろ!ナメてんのか!」

「足が複雑なのは認めるけど……」


(ジーニ君豆知識:片足の骨の数は28個だよ!それぞれを細かく動かすために、筋肉はそれ以上の数が複雑にくっついているよ!)


 キレ散らかすルードをなんとかなだめようとヘレンは頑張った。


「お前、この面倒臭さわかって言ってんのか!?お前が縫え!」

「え、私は看護師だから無理!」

「それはお前の理屈だろ?だいたい洗ってたじゃねぇか!

 俺は切るのは得意だ。毎日解体してるからな。それ以上は無理だわ」

「確かに……」


 ヘレンは考え直した。


 ──ここは日本じゃないから私が縫ってもいいんだ……。いやいや!出来ない!まずは鶏肉で練習させて!…………確かにルードにぶつけ本番で処置を手伝わせたのに、私だけワガママ言う筋合いは無いわね……。


 ヘレンは思考に沈んでしまった。

 それを見てルードがため息を吐く。


「ルードヴィグ、くっつけろ」

『御意』


 黒い光が患者の足を包む。


「へっ?あぁっ!」


 ヘレンが我に返ったときには、患者の足には傷一つなかった。


「ルードに加護を使わせたくなかったのに……」


 ヘレンが嘆く。


「は?俺のため?」


 予想もしないヘレンの言葉に、ルードは混乱した。


「何を今更って思った?だって加護持ちってバレたくないんでしよ?

 だから目立つ方法で加護を使わないようにしつつケガ人を助けたかったの」

「めちゃくちゃ加護を使わせといて……」

「だからこっそりなら良いけど、こんな人前で使って貰う気はなかったのよ。……頭が回らなくてごめんなさい」


 ヘレンはうなだれた。本気で悪いと思っているらしい。


 ルードはどうしていいか分からなかった。イステールの領主と話したときも感じた混乱が再びルードをおそっていた。

 自分のために考えてくれる人間がいるなんて、しかもスラムで。


「お前が看護師ってかたくなに言う理由が分かった。受け身なんだな。しかも自分からどうにかする度胸もないヘボめ」


 看護師の行動は基本的にドクター判断である。当たり前だが、そんなことをルードは知らない。


「ぐっ……」

「でも、加護を使わない治療がどういうものか知れたのは良かった。ここから発展させればいい」

「ルード……」


 ヘレンは感激のあまり泣きそうになる。だが……。


「ちょっと!あたし達のこと忘れてるでしょ!回復までするとかあんた何者?」


 そんなヘレンに目もくれずオーギュスタが詰め寄ってきた。

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