執刀開始です!ほんとにほんとです!※肉体を切り開く等の描写有り

 ヘレンが手術着を着ている最中、ルードとヴォルフは手を洗っていた。

 ルードも三角巾と口布をつけている。


「よく、こんな茶番の相手できるな」


 ヴォルフがヘレンをバカにしながら、乱雑な動きで手を洗う。もとより手伝うつもりはない。

 ヘレンに言われても、何もしないとつっぱねるつもりなのだ。


「そうか?回復聖女に頼らなくても平民が病やケガを治せるんだ。これは大きなアピールになる」


 ルードはそう答えた。ルードとしては、オーギュスタがヘレンの言うことを聞いていることが謎である。


「なるほど、王子サマは下々しもじもの支持が欲しいんだな」

「当たり前だろ。王宮の人間なんてほぼクズだらけだ。そいつらを失脚させたら、庶民や地方から人材を入れる必要がある。

 おい、指の間も洗えよ。きたねぇな」

「ウルセェ。こんなめんどくせぇ事やってられっかよ」


 ヴォルフはさっさと手をすすいだ。すすぐ時間は五秒も無かった。





 ルードが手術着を着ると、水場へ用があった人にオペ室のドアを開けてもらった。

 水場だから必ず人は来る。だが下手をすると、人が来るまで待ちぼうけだった恐れもある。


 ──現代日本なら自動ドアだから、センサーに足を突っ込むだけで開くんだけど……。


 他の人間はそれぞれヴォルフやスヴァンの指示で動いているので、ヘレンが勝手に使える人間はいなかった。


「ヴォルフさんとオーギュスタはグロいの大丈夫?」

「大丈夫な訳ないでしょ!」

「じゃあ頭の方にいて」


 ヘレンは患者の様子を確認すると、乾かした布を手に取る。


「ルード。布を患者の体の上に広げるから、手伝って」


 二人がかりでシーツのように大きな布を被せる。患者の首から足先までを布でおおうと、ヘレンは木片が貫通した足が出るように布をずらす。


「これでよし。ではオペのやり方を説明します。

 1.木片を抜く前に血が出すぎないようにします。

 2.木片を抜きます。

 3.傷口を縫います。

 終わり」

「簡単に聞こえるんだよなぁ」

「簡単よ。麻酔入れて30分くらいのオペね。もうオーギュスタにもらった麻痺薬で足の感覚は麻痺させてる」


 回復の加護を持たない聖女たちは、回復聖女の助けとなるために毒と薬の使い方を学んでいた。

 ヘレンは下っ端聖女としてコキ使われていたので、人よりも薬やポーションの使い方を知っていたのだ。


「なんで麻痺してるってわかるんだよ」

「足先に氷をつけるの。こっちの足は反応なし。反対の足は反射で動いたわ」

「よく考えてるよ」


ルードは感心した。


「先人の知恵よね」

「あと止血している布はこのままにするから。

 さっき一旦緩ゆるめたから、血が回らなくて腐ることは無いと思う」


(ジーニ君豆知識:縛る止血は30分に一回、1分〜2分ほど緩めて血を巡らせる必要があるよ!

 一時間以上しばりっぱなしだと壊死えししちゃう恐れがあるから注意してね!

 もししばって止血するのが怖いなら、患部を強く押して止血する圧迫止血法あっぱくしけつほうがオススメだよ!)


「じゃあやり方 1.は終わってるな。木片を抜くぞ」

「じゃあ術野じゅつやにお酒を塗るわ」


(ジーニ君豆知識:術野じゅつやとは手術で見えている患部のことだよ!

 今回だと足丸々が術野じゅつやだよ!

 お腹の手術だとお腹を切って広げたら、そこが術野じゅつやと呼ばれるよ)


 ヘレンは布に浸したお酒を術野じゅつやに塗る。


「うわ〜もったいねぇ」


 ヴォルフが思わずつぶやいた。

 ヘレンはヴォルフの言葉にビクリと体を震わせる。


 ──どうしようどうしようどうしよう。ここから先はドクターの領域よ!私にできるの?


 ヘレンは死ぬほど緊張していた。

 患者を救いたい一心で動いていた。見切り発車ではないつもりだったが、ここにきて自信が無くなってしまう。

 だってヘレンは前世で看護師だったが、医師ではなのだ。そこにある大きな壁をヘレンは今さら思い出した。


 ──いや、やるしかない!こんなに人を動かしておいて、今さらここから先は私も未知の領域です〜なんて言えないわ!


「オーギュスタ、患者の顔はどう?スヤスヤ寝てる?」

「うん、変わらないわ」

「ありがとう。ルード、準備が出来たので木片を抜くわよ」

「抜き方は?勝手にしていい?」

「神経っていう、白か黄色っぽい白の線があると思うんだけど、それは切らないで。痛みや熱を感じる線なの。

 あとはお好きに」


 ──医者じゃないからそんなこと分からない!

 ドクターって普通にサクサク切るから、何考えて切ってたか分からない!


 ヘレンのなるようになれと思った。


 ──ヤバかったらルードの加護に頼ろう。


 暗い目をしたヘレンの言葉に、ルードはヘレンが用意した器具を見る。

 一本の金属を叩いて出来たような、まで金属でできた細いナイフが何本かあった。


 ルードは迷いなく取り出すと、足の甲の傷口に刺す。そのまま少し足のキズを広げた。

 すかさずヘレンがL字の器具を入れて傷口を広げる。


「さすがだな」

術野じゅつやの確保は初歩よ」


 ──私は器材を渡すだけだったから、広げたのは生まれて初めてたわ!


(ジーニ君豆知識:現代日本だと助手のドクターが行うよ!オペ看護師は行わないから注意してね!

 本来のヘレンの役割(現代日本でのオペ看護師としての役割)は、ドクターに合わせて器材を渡すことだよ!)


「ルード、この管をハサミもどきで止めて欲しいわ。ここから血が出てきちゃうの」


 ヘレンは止血のために、血管を器具で止めてほしいとルードに頼んだ。


「お前がやれよ」

「うわっ……責任で死にそう」


 そう言いながらヘレンは動脈をペアンで止めた。


「ヤバい……ドクターがすることをしてる……逮捕される」

「うるせぇぞ。集中しろ」


 おののくヘレンが、傷口を器具を引っ張り広げた。ルードが更にナイフを入れる。

 傷口が深くなると、ヘレンはふたたびL字の器具を入れて広げた。


 ──やっぱりルードは上手いわ!木片が周りの組織を傷つけないよう、最小限の範囲をこんなにすいすい切開できるなんて。


「傷口がきたねぇな。少し切ってもいいのか?」


 ルードが言う通り、ヘレンにも砂や土がヒフの中に入り込んでいるのが分かった。


「生理食塩水で洗ってからね。その前に木片を抜かなきゃ」

「よし」


 ルードは木片をつかむ。ヘレンはL字の器具を持ち、さらに傷口を広げた。


「うわ、爽快」


 ついに木片が抜けたのだ!

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