出血性ショックと異物除去術です!オペの準備も大変なんです!

 医療機器が無い中、必死にトリアージを続けるヘレンたち。


「ヘレン、こいつを診てくれ」


 ルードがヘレンに声をかける。


「はーい。え?刺さってる?」


 ルードのもとには足の裏から足首に木片が深々と刺さった、意識がぼんやりとした男がいる。

 ヘレンがみると足の裏に出血していた跡がある。今は止血のために縛られていた。


「脈が弱い。血を流しすぎたんだろう」

「木片が足関節そくかんせつまで貫通してる……?動脈を傷つけたのね」


 ──木片は一センチ、傷口は木片よりも大きめ。自然治癒するにも、どのみち木片を抜かなきゃいけないわ。


「すみませーん。聞こえますかー?……目は開いてるけどボンヤリしてる。

 唇は青紫かぁ、お手本のようなチアノーゼね。

 うわっ、手足が冷たい。湿ってるから冷汗ひやあせもでてるわね。やっぱり出血性ショックだわ」


(ジーニ君豆知識:チアノーゼとは血液の中の酸素不足が原因で、皮膚が紫に変色することだよ!

見た目は寒くて唇が紫になるのと同じなんだ!)


 ──呼吸も脈も弱くて速い。すぐに処置をしないと!


「まずは気道確保ね」


 ヘレンは意識がない男のあご先を持ち上げ、頭を後ろにそらせた。口の中を観察する。


「嘔吐は無し。まあスラムに食べるものなんてそんなに無いもんね」


 ──酸素入れないと。あぁ!何も使えそうな物がない!人工呼吸じゃ間に合わないわ!


「ルード、ちょっと!」


 ヘレンは迷わずルードを呼んだ。


「この人を酸素で満たして」


 誰にも聞こえないように小声でヘレンは頼む。


「はあ?」

「息が吸えてなくて唇が青紫なの」

「……普通の色に戻せばいいんだな?」


 ──ルード、口紅をイメージしてない?


 ヘレンは悪い予感がした。


「うーん……。あ!血液を元通りに満たして!」

「なんだよ。早くそう言えよ。唇だけ色を変えようかと思ったわ」


 ──悪い予感当たってた……!


 ルードの加護で男の出血性ショックは改善された。


「わ、顔色があっという間に戻った!呼吸も脈もさっきと全然違う!」

「だろ?」


 ルードとルードの影が得意そうだ。顔色が良くなった男は寝ていた。


「体力がだいぶ持っていかれてたのね、ぐっすりだわ」


 ヘレンはホッとしたあと、改めてあたりを見回した。


「他の意識がない人たちはトリアージが済んでるわね」


 トリアージ後に意識が回復した人もいた。精神的なショックで気絶していた人たちだ。


「じゃあこの人を緊急オペします。ルードがお医者さんね」

「は?」


 ヘレンがこともなげに言うので、さすがのルードも驚いていた。


「この木片を取るの。縛って止血してるけど、このまま縛ってたら足が腐るわ。

 でも普通に抜いたら更に血が出るでしょ?だから、傷口を止血しながら縫合するんだけど……。

 ルードはいつも豚とか牛をさばいてるでしょ?あれを人間でするだけよ」

「お前……?言ってる意味分かってんのか?」


 ルードは今日何回目かのドン引きだった。


「もちろん!大丈夫。構造や特徴が多少違っても肉体の仕組みはほぼ一緒よ!サポートするわ」

「……はあ……分かった」


 ルードはヘレンの態度が変わらないので、しぶしぶ折れる。


「……恩を売って一致団結に持っていきてぇな」


 口の中でルードはつぶやく。そんなルードに気づかず、ヘレンは治療計画を考えていた。


 ──残りの人たちはいい感じのタイミングでルードに起こしてもらおう。


「オペなら患者の検査が必要なんだけど、ここは無理ね。

 オペ室が欲しいわ。ポーロに頼まなきゃ!

 麻酔は麻痺薬で、できるかしら?オーギュスタに聞かないと……オペセットがないなぁ」


(ジーニ君豆知識:オペセットとは手術で毎回使う器材をまとめたセットだよ!

 整形外科セット、開腹基本セットなどの名前のコンテナが滅菌されて保管されてるよ!

 ホームセンターに売ってる工具セットみたいだね!)


「ルードは待機で!」


 ヘレンはオペ準備のために走り出した。





 即席のオペ室は水場の近くに作られた。

 ヘレンがヴォルフたちに足を切り開いて木片を取ると提案したとき、他のケガ人が可哀想だからすこし離れたところでやれと言われたのだ。


「患者を運びたいわ。五人くらい手伝ってくれる人を借りなきゃ」


 ヴォルフやスヴァンに頼むと、力自慢の騎士たちが名乗りを上げてくれた。

 ケガ人を一箇所に集めるとき、イステールの騎士たちが担架を作っていたのでそれも借りる。

 オペ室にはかまどを作り、ルードの加護で火を焚いていた。


「暑いな」


 ルードはじんわりと汗がにじむのを感じた。冬とはいえ、この部屋は少し動くには暑すぎる。

 他の騎士たちもかまどの熱で顔が真っ赤だ。


「患者さんの体温維持よ。低体温だと創部そうぶ感染率が高くなるの。

 みんなは健康なんだからガマンして」


(ジーニ君豆知識:麻酔の影響で交感神経が遮断されると体温が下がるよ!

 ちなみに開腹手術などは開いた部分からも体温逃げるよ!)


「ゆっっっっくり降ろして。衝撃の一つでも起こしたら殺すわよ」


 ヘレンたちは慎重に担架を降ろす。当たり前だがここにベッドなどはない。

 地面に直接患者を寝転がせることになる。


「担架と身体の間の布を持って。ゆっくり横に移動させて」


 息をひそめるような緊張感の中、患者をオペ室へ移動させた。

 すぐにヘレンは患者に布を何枚も被せる。


「騎士さんたち、手伝ってくれてありがとうございます。ルードはもうちょっと手伝ってくれる?」


 部屋が暑いせいか、騎士たちは頭を下げるとさっさと帰っていった。

 人気が無くなると、ヘレンはルードにお願いをする。


「ルード、この前のアロンソさんの時みたいに輸液が必要なの」

「はいはい。やりゃいいんだろ?瓶は?」


 ヘレンはかまどの鍋から瓶を取り出す。


「乾いてからこれにお願い」

「乾かすから待たなくていい。……瓶と針以外は新しいな」

「何度も煮沸消毒したから壊れたわ」


 ──そもそも使い捨てが理想なのよね。


「ふーん。じゃあやるぞ、ルードヴィグ」

『御意』


 ルードはあっという間に瓶を輸液で満たした。


「中身は尽きないようにしといた」

「わぁ!助かる!」


 ヘレンも手早く輸液を設置する。輸液をぶら下げるところが無いので、患者の近くの地面を掘って、角材を建てたものにぶら下げた。


「私は術前準備じゅつまえじゅんびがあるから、ここに残るけどルードは外に出てて。この部屋は暑いでしょ?」


(ジーニ君豆知識:オペの準備のことだね!現代日本なら、オペの数日前からカルテで既往歴きおうれきや術式の確認、オペに使う器材(体内にいれるプレートなど)の発注などを行っているよ!

 オペ当日ならオペ室の室温調整、手術用ベッドの準備、医療機械のセッティングがあるよ!)


 ヘレンはどこからか布で包んだ何かを床に広げた。ルードがのぞき込む。


「なんだそれ?」


 ルードの目には、釣り針やハサミのようなものがいくつか用意されている。なんとなく工具のようだが、工具にしては脆そうだ。


「これを使ってオペするの。まだ煮沸消毒してないんだけど……」

「いつ作ったんだ?」


 ヘレンは声を潜めた。


「エリヒオさんに貰ったお金をヴォルフさんに渡すときに、中抜なかぬきしたの」

「また大胆な……」

「で、ルードからお肉を貰いに行くとき工房に発注したわ。でも全然イメージが伝わらなくて、ここまでたどり着くのにだいぶ苦労したの」


 ヘレンは広げた器材を確認すると、輸液用の瓶を沸かしていた鍋に突っ込んだ。つぎにある程度の大きさの布を突っ込む。


「これが炊きあがって、冷えたらオペを始めるわ」

「緊急とか言いながら、えらいのんびりしてんな」

「これが最大速度なの!

 でも、ルードに血液を満たしてもらったから余裕があるのは事実ね。生きるか死ぬかの瀬戸際だったから、本当に助かったわ。

 でも、準備が出来てないのに患部を開いても感染症で死ぬだけよ」


(ジーニ君豆知識:現代日本の緊急オペでも血液検査やCT、MRIで検査をするのである程度の時間がかかるよ!こればっかりはどうしょうもないね!)


 ──これでも家族へオペをしていいかの許可を取る必要が無いだけ相当早いわ!家族に連絡がつかないあの絶望!


 ヘレンは在りし日のトラウマを思い出して胃がキュッとなった。

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