みんなでトリアージです!
破壊されたスラムのケガ人を治療することにしたヘレン。
「お前、俺をアゴで使うとは良い身分じゃねぇか」
「だってヴォルフさんにみんな渡したんで、私は場所が分からないんです」
ヘレンはしおらしく答えた。
──下手に出てコントロールする作戦開始よ!
「ポーロ、ヤン、持ってこい」
ヴォルフの命令に二人分の返事がした。
「ヤン!無事だったの!」
突然の再会にヘレンは驚いた。
「ヤンは逃げ足だけは天才だぜ。ヤンが逃げたからとりあえず俺も逃げた」
ヴォルフの言葉にヤンは得意げだ。
──野生の勘ね。
「なるほど、じゃあ布と砂糖と塩をよろしく!」
ヘレンはさっさとヤンとポーロを追い出した。
「ヴォルフさん、患部を洗う水が欲しいんですが……」
「ヘレン、調子に乗るなよ?俺はお前の召使いじゃねぇんだ」
流石にヴォルフはキレそうだった。
ヤバいとヘレンは思う。
「井戸を作ったんだろ?地下にも水を引けばいい」
ルードが助け舟を出してくれる。
「お前がやれよ、王子サマ」
ヴォルフは水を引く許可だけ出してくれた。
「ルード、あとは火もお願い」
「お前っ……一回助けたらタカりやがって」
さすがのルードも呆れるが、ヘレンはヘレンで必死だった。
「だって何もないじゃない!傷が
ルードの手がヘレンの口をふさぐ。
「ベラベラうるせぇと手伝わねぇぞ?」
「ぶびばぜん(すみません)」
「よし。ヘレン、水を引きに行くぞ」
気を取り直してヘレンとルードは、スラムで井戸があった場所の真下へ行くことにした。
ケガ人部屋から離れると、ルードが口を開いたに。
「ヘレン、加護のことを簡単に口にするな」
「ごめんなさい。ついヒートアップしちゃって……」
しょんぼりするヘレンを横目で見たルードは息を吐いた。
「少しは自制しろ。人が多いところで口を滑らすなんて、今後のことも考えて止めたほうがいい」
──ガチ説教……心にグサグサ刺さるわ……。
「はい……」
ヘレンに反論の余地は無かった。
「ルードヴィグ、スラムの井戸はどのあたりだ?」
『こちらへ』
ルードの影がルードから離れて動く。
そこで初めてヘレンは、影が見れるほど明るい地下空間に疑問を抱いた。
「ルード、妙に地下が明るいのって」
「俺のおかげ。他のやつが気づくかは知らん」
影を追いながらルードがこともなげに答える。
「ケガ人もすぐに治してほしいわ」
非難するようなヘレンの声に、ルードは立ち止まる。
「無理だな。今回の襲撃でスラムから消えたやつがいる。おそらく俺らの情報を売ったんだろう」
「そんな……」
「ヴォルフも怪しがってた奴らだ。あそこにいたケガ人にも怪しいやつはいた」
スラムの人間を信用するな。何度も言われた言葉だ。
「あいつらに恩を売って首輪をつける。上手くいくかはお前の知恵次第だ」
「……分かった。頑張る」
『ここです』
ルードヴィグが止まったのは地下通路の壁の前だった。
「ルードヴィグ、水場を作れ」
『御意』
あっという間に穴が空き、町の噴水のような水場が出来た。
「スラムから
ヘレンがつぶやくと、足元に
「流石に台車は無理だ」
「充分よ。ありがとう、ルードヴィグ」
ルードの影が喜んだ気がした。
「さあ!やるわよ!」
ヤンとポーロが運び込んだ物資と、ヘレンとルードが運んだ
──用意だけでタイムロスがひどいわ。ここからはテキパキ動かないと!
ヘレンは手始めに布を数センチ幅に裂いた。
「ケガ人の程度を見やすくするわ。腕に巻いてあげて。
ケガがひどい人は結び目を二つ。軽い人は一つつけて。意識がない人は結び目は三つで」
「軽いってどうやって見るんだよ」
ヤンが布を持って困惑した。
「ツバつけて治る人は結び目一つで!他は結び目二つよ!」
ヘレンは布を裂きながら歩き回る。
「ポーロは水を使って傷を洗って。薬は……あぁっ!スラムに置いてきちゃった!」
「薬は我々のものを使うといい」
スヴァンがたくさんの薬を、部下と共に持ってきた。
「誰?……ああ、出稼ぎのリーダーさんね!ありがとうございます!」
──いまだに覚えきれないわ。
ヘレンはケガ人を見てまわって、あることに気づいた。
「このあたりの人の添え木とかもスヴァンさんたちが?」
「ああ、我々は国境を守る騎士だ。ケガについての心得はある」
「ありがたいわ。じゃあ、軽いケガ人をよろしくお願いします。薬を塗ったら腕の布を取ってください」
「なるほど治療が終わったサインだな」
「はい。患部を冷やすときは、オーギュスタに氷を頼んでください」
ヘレンは
「承知した」
スヴァンは部下に指示をしてテキパキと動いてくれた。
──軽いケガの人が多いから助かる。それにしてもあんなにテキパキと動くなんて……。
「ダメだ!スラムを基準に人を見てる!
あ、ヤンったらこの人は結び目二つなのに三つにしてる!もう、こっちも!」
「ヤンを真面目に働くやつだと思ったのか?」
ルードがあきれ顔だ。ヤンがいかにして、働いているように見せかけてサボる人間なのか、ヤンに関わった人間なら誰でも知っている。
「まさか!でも分かっててもイラッとするわ」
ヘレンはケガの程度を確認しながらルードに話す。
──簡単な縫合が必要な人は数人?出血は止まってるから止血薬と傷薬で様子見。
「意識がない人の脈を測らなきゃ」
「手首のトクトクか?」
「よく覚えてたわね、ルードも手伝ってくれる?一分間に80回あればいいわ」
「時計ないぞ」
「あ!じゃあ自分の脈と同じくらいならオッケーで!早すぎたり遅すぎたりはダメ」
──何人も測ったら分かってくると思うけど。
ヘレンも脈を測る。
「脈拍正常。呼吸、心拍も正常。この人は、気絶かな?よし、様子見!」
──……もしも、脳内のケガなら処置できないわ。
ヘレンはくやしそうに眉をよせた。
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