野外病院開設です!時代考証?医療考証?そんなの知りません!

 筆頭聖女の気まぐれで襲撃されたスラム。

 ヘレン、ルード、ヴォルフ、そして出稼ぎのリーダーであるスヴァンは地下へと逃げ込んでいた。

 それぞれがルードの協力者だと分かり、更にオーギュスタによって大聖女について知る。


「ヘレン!ここにいたのか!」


 自分の出自に思いを馳せていたヘレンは、ポーロの声で我に返った。


「ポーロ!そっか長音が入ってるから高位の神官。でも3文字だから平民なのね」


 ヘレンはオーギュスタに聞いた知識で、ポーロの名前を分析した。


「?何を言ってるんだ。それよりもケガ人が奥にいる。手伝ってくれ!」


 ──今はまだ、ここに敵がいないって確認しただけだわ。全員が避難できたか確認してない。


「分かった!ルード、オーギュスタも手伝って!」

「分かった」

「なんであたしが……」


 オーギュスタはヴォルフから離されて不服そうだ。


「友だちでしょ!!」


 ヘレンの言葉にオーギュスタは胸をおさえた。


「と、友だち……。ま、まったく仕方がないわね!」


 顔を赤らめてもじもじするオーギュスタにヘレンはうなずくと、気合を入れた。


「さあ、やるわよ!」


 ポーロの案内で地下の奥深くへと進む。


 ──私たちがいたところって、地下の入口近くだったのね。


 どんどん奥へと進む。ヘレンは空気の流れを感じて、酸素があるんだと安心した。


 ──有毒ガスはないようね。


(ジーニ君豆知識:久しぶりの豆知識だよ!地下は酸素欠乏症、硫化水素中毒の危険があるよ!)


 おそらくスラムからも遠ざかっているのでは?と感じるほど歩いた先に、横穴があった。


「僕がさっき掘ったんだ。補強してないから崩れたらごめん」


 ポーロがすまなそうに言う。横穴をくぐると、予想外に大きい広い空間でホールのようだった。

 ケガ人が横一列、きれいに並んで寝ていた。


「ごめんじゃすまないわ。……そこそこ酷いわね」


 ヘレンはざっとケガ人を見渡す。ケガ人には、スラムの住人も出稼ぎもいた。

 軽い打撲や切り傷から、骨折、意識不明まで様々だ。かすかにうめき声が聞こえる。


 ──トリアージからね。


「出稼ぎたちも協力してくれた。他にもケガ人がいないかスラムを見てくれてる」

「ありがたいわ」


 ──布を巻いて、結び目で判断しよう。水と塩と砂糖で補液を作って……。あ、水がない……。火もないわね……沸騰させないと雑菌が怖い……。お酒を消毒液代わりに使って……。外科処置が必要かもしれない……。


「……ン……ヘレン、ヘレン!」


 オーギュスタに肩をつかまれてガクガクとゆさぶられた。


「えっ!?ごめん考え事してた」


 謝るヘレンをオーギュスタはすこし気味悪そうに見た。


「あんた、自分の顔わかってんの?」

「え?」


 振り返ると、ルードやポーロ、ヴォルフまでヘレンを気味悪そうにみている。


「あんた……わよ」

「え……?」


 ヘレンは隠すように口に手をあてる。手に触れた自分の口元は確かに、口角が上がっていた。


 ──私……高揚してる……?


 思わずヘレンは、声を出して笑いそうになった。


「こんなところで笑うなんて、縁起でもない」


 ポーロが顔をしかめた。


「ごめん。私、興奮してるみたい。だって、久しぶりに腕がなる現場なんだもん」


 ──こんなところで、こんな現場に出会えるなんて!ゾクゾクしちゃう!


 ヘレンは前世で、手術室と救急外来(ER)に勤めたことがある。

 簡単な骨折なんて仕事の上ではちょろい部類だった。だって手順を覚えさえすればいい。


 ──まあ、手順を覚えるまで泣き続けたけど。


 不測の事態はドクターの指示でなんとかする。そもそも処置数が膨大にある術式で不測の事態になることはあまりない。

 医療現場で起こった出来事は、病院の対策委員会、学会、医療品メーカーに共有されて対策される。

 それが百何年前から現代まで連綿と続き、安心安全な医療に繋がっているのである。


 ──思い出した!私、ワーカーホリックだった、それで過労死したのよ!


 壁にぶつかれば専門書で調べ、新しい医療機器が納入されれば必死で使い方を覚えた。

 新しくドクターが赴任すれば、新しいドクターのやり方を覚える必要がある。同じ処置でも、使う器材が違うなんてしょっちゅうだ。

 一年前の知識が古くなることだってザラである。できるだけ勉強したくて、セミナーにも通ったし、認定看護師の勉強も始めていた。

 そういえ、夜勤明けにテンションが上がりすぎて、そのままホットヨガに直行して汗を流していたこともある。


 ──そりゃ死ぬわね。私、ポジティブな方に病んでた。


 過去を思い出してヘレンは苦笑いした。それでも。


「頭から煙が出るまで考え尽くして治療するなんて、最高よ!」


 全員がヘレンこいつヤバいと思った瞬間だった。

 そんな周囲のドン引きをものともせず、ヘレンはヴォルフにたずねた。


「私が貴族からもらった布、塩、砂糖はどこですか?あとお湯が作りたいので、水と火をお願いしたいです」

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