地下に逃げてました!改めてそれぞれの目的を整理します!

 五人の大聖女がスラムを燃やした後、ヘレンたちは……。


「ほこりっぽい……」

「口の中がジャリジャリする……」

「地下があって助かった」


 川岸で大聖女たちと相対していたヘレン、オーギュスタ、ルードは地下迷宮に隠れていた。

 真っ暗な空間に、わずかな隙間から日の光が差し込む。


「岩が転がってきたときは死ぬかと思ったわ」


 ヘレンがひたいの汗をぬぐう。


「ルード?だっけ、あんたは決断早すぎるね。あっちの攻撃が止まった途端、地下に逃げるなんて」

「逃げるが勝ちだ。あいつら全員が大聖女だったんだろ?数には勝てない」


 オーギュスタはルードの発言に頷く。


「あんた賢いね。大聖女たちは一人ひとりがあたしみたいに強い加護を持ってるの。

 調子に乗ったら返り討ちよ」


 オーギュスタが胸を張った。


「その話、詳しくお聞きしても良いか?」


 三人が振り向くと、そこには男がいた。


「誰?暗くて見えない」

「ルードヴィグ、明かりを」

『御意』


 たちまちルードの周辺だけ、外と同じくらい明るくなった。


 ──オーギュスタの演説の時に、話しかけてきた怖い人だ。


 ヘレンは男の鋭い目つきに身をすくませる。


「誰?どこかで見た顔ね?」


 オーギュスタは首を傾げる。


「私はスヴァンと言います。以前、あなたが氷に乗ってお話されたとき……」

「あ、思い出した!出稼ぎのリーダー!」


 オーギュスタはスヴァンの話を遮った。


「あ、遮っちゃってごめんなさいね。あらあら、大聖女に興味があるの?あんた本当に何者?」


 うふふと笑いながらも、オーギュスタの目はまったく笑っていなかった。


「俺が説明する」

「やん♡ヴォルフさん♡」


 オーギュスタの替わり身の速さにみんなが絶句した。


「こいつは東の領土イステールの騎士団長だ」

「騎士団の偉い人?」


 ヘレンがつぶやく。


「ああ、イステールの領主が、治安を治めるための騎士団だ」

「ヴォルフさんったら!なんであたしに教えてくれないのぉ?」


 オーギュスタは不満げだ。


「それは我々が広言しないように頼んだからだ。全ては腐った王宮と教会を正すために」

「あんたに聞いてないわ。あたしはヴォルフさんから知りたいの!」

「ちょっと待って!腐った王宮と教会を正す?」


 ヘレンがスヴァンに聞返す。


「そうだ。我々には一刻の猶予もない。全ては荒れ果てた領土を再建するために」


 スヴァンはこぶしを握り締めた。


「魔物の大量発生スタンピードで疲弊したイステール領土の税金の免除、復興のための大規模な工事の許可。どれも王宮が却下している」


 ルードが詳しく教えてくれる。


「それで、イステールはルードについたのね。ヴォルフさんはそれを知ってて協力したの?」


 ヘレンの言葉にヴォルフはうなずく。


「俺には俺の野心がある。ルードは取引相手だ。お前がルードに協力してるようなもんだな」

「全部知ってたんですね」


 ヘレンは少しホッとした。自分だけ秘密を守るのは精神的につらいからだ。


「だからスラムに来て間もないお前に、好き勝手させたんだよ。腹痛を治した礼だけじゃあそこまでしねぇ」

「ヴォルフさん……!ありがとうございます!トイレも、湯沸かし小屋も、井戸もヴォルフさんのおかげです」


 ヘレンの心からの感謝にヴォルフは気を良くした。


「なるほど、ルードがヴォルフさんの取引相手で、ヘレンもルードの取引相手なのね。

 だから三人とも協力関係……。ヘレンはヴォルフさんとは何ともない、と」


 オーギュスタが頭の中を整理して納得した。


「で、ルードとスヴァンはどんな関係?」


 そしてオーギュスタはルードとスヴァンを見やる。


「ここにおわす御方は、気高き血筋のご子息だ!」


 スヴァンが背すじを正してルードを紹介する。


「は?」

「けだかき?」


 オーギュスタとヴォルフは意味がわかっていない。


「こいつらには言っても無駄だ」


 ルードは右肩のアザを見せた。薄い茶色のアザは王家の紋章と同じ模様だった。


「俺はルードヴィグ。死んだはずの王王太子だ」

「え!?王子様!?」

「おまっ!ただ者じゃないと思ってたが王族かよ!」


 オーギュスタとヴォルフが目を見開いて驚く。


 ──遠山の○さんみたい……。


 ヘレンは看護師時代に、患者さんが観ていた再放送を思い出していた。


「そう。そして東の領主をはじめ反国王派は、俺を祭り上げて今の国王を玉座から引きずりだそうとしている」

「ほう!簒奪さんだつか!大きく出たな!」


 ヴォルフは楽しそうだ。


「俺が玉座を取れれば、ヴォルフに国王派の領地に与える約束だ」

「“取れれば”じゃねぇ絶対に取れ。“黒き鉄槌”のヴォルフが味方をしてんだ。何が何でもやりとげろ」


 ヴォルフがルードに凄んだ。


「“黒き鉄槌”?」


 ヘレンは初めて聞く単語に目を瞬かせた。


「は?お前、“黒き鉄槌”を知らねぇのか!?」


 ヴォルフが本気で驚いていた。


「ヴォルフさん♡ヘレンは教会に記憶を操作されているの。教会のこと以外は何も分からないわ」


 オーギュスタが助け舟をだす。


「だから王子が死んだ話も知らなかったのか」


 ルードが納得した。


「待て、記憶を操作だと?教会は何を行っているんだ!」


 スヴァンが怒りに声を上げる。


「教会は王と筆頭聖女のおもちゃよ」


 ヘレンは表情を削ぎ落とした顔で答えた。


「あと、貴族の寄付を貰う場所で、加護の実験場ね」


 オーギュスタが茶々をいれる。


「なんてことだ……」


 スヴァンが悔しさをにじませた。教会がかき集めた加護を使えば、故郷の立て直しなどあっという間だろう。

 なのに加護を集めるだけ集めて遊ばせていると言う事実が、スヴァンの怒りや虚しさ、様々な感情をかき混ぜた。


「そう思う気持ちは分かるわ。あたしも教会に失望して、死に場所を探したくて逃げ出したもの」


 オーギュスタがスヴァンを哀れむ。


「全部ぶっ壊せばいいんだよ。それでスラムをぶっ壊したバカ共は何者だ?」


 ヴォルフが話を買える。


「うふふ、大聖女の話からだいぶそれちゃったわね。あの子たちは私の同僚。大聖女と呼ばれる、回復以外の加護を持つ強い聖女よ」

「あなたのように?」

「あたしが抜けて七人になったのかしら?来ていたのは、

 炎を操るエースレルダ。

 風を操るファビアーナ。

 岩を生み出すルフィーナ。

 どんなものでも射る弓矢使いのラープラと、怪力のラーメラ双子。

 他にどんな遠くの音も聞き取れるユーミュルナと記憶を操作するダーニャールがいるわ」

「なんか似たような名前だな」


 ヴォルフとスヴァンは頭の中がこんがらがっている。


「名前を伸ばすのが高位の証だから。あと字数が長い人は貴族出身よ」


 オーギュスタの説明にヘレンは指で字数を数えた。


 ──だとしたら私は平民出身なのね。


 まだ思い出せない家族に近づけた気がして、ヘレンは嬉しくなった。



 ──────────

 カタカナでの字数です。

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