五人の大聖女視点です!

 オーギュスタとヘレンは悪臭にえずいた。


「あっちも同じ反応だ」


 鼻をつまんだルードが跳ね橋を見る。

 ヘレンが見ると、たしかに悶絶もんぜつしている聖女たちが見えた。


「きっつ!」

「鼻が死ぬ!もうやめて!」

「あいつらが帰るまで無理だ」


 ヘレンとオーギュスタの懇願こんがんはルードにあっさりと却下された。


「ヘルトルーディスの命令は絶対よ!のこのこ帰ったら罰を受けるのは自分たちだもの!」


 オーギュスタが渋い顔をする。


 ──オーギュスタは筆頭聖女に命令されたことがあるのかしら?


 ヘレンは首をかしげる。


「じゃあ、我慢比べだな」


 ルードはニヤリと笑った。




 ──一方、橋の上の大聖女たちは。


「なんなのこの臭い!」

「ゔぇぇっ!臭い!」

「うぅ……帰りたい」

「ゲッホゲホ」

「ウグゥゥ」


 五人の大聖女たちは、ルードの悪臭攻撃にすっかり参っていた。

 一人のキリッとした大聖女が立ち上がる。


「臭いを……燃やす!」


 炎を操り、川の水の噴水に炎の壁を創りだした。

 なんとなく悪臭が薄くなった気がして、炎の大聖女が息を吐く。


「我々の他にも加護持ちがいるなんて……」


 炎を操る大聖女が苦々しげに顔をゆがめた。


「魔女がいるんですね。でもこんなに強い加護を持っているなんて……」

「氷の魔女だけなら、エースレルダの炎で勝てるのに!」


 ふんわりとした雰囲気の大聖女と、幼い大聖女が口々に話す。


「ヘルトルーディス様にお話したほうが良いでしょうか?」


 ふんわりとした雰囲気の大聖女がそう言うと周りの空気が凍った。


「やめて、ファビアーナ」

「どうせ遠耳とおみみの大聖女から聞いてるよ」


 ふんわりとした雰囲気の大聖女ファビアーナの後ろにいた、弓を持った大聖女と手に布を巻いた大聖女が同時に話す。

 この二人の大聖女は双子のようで、顔が瓜二つだ。


「それよりも、早く焼き尽くさないと我々がヘルトルーディス様にしかられる」


 炎の大聖女エースレルダの言葉に、4人の大聖女たちは顔を引き締める。


「もっかい私の矢で射抜くか」


 弓を持った大聖女がそういうと、ファビアーナがおっとりと首を振った。


「ラープラ、同じ攻撃は警戒されます。私とルフィーナでいきましょう」

「まかせた」


 ラープラはうなずく。


「いくよ!ファビアーナ!」


 幼い大聖女が橋の終わり、スラムの入り口に丸い大きな岩を創りだす。


「ルフィーナ、とても良いです!」


 ファビアーナが突風を起こすと、丸い岩が転がりだした。


「あたしも手伝う!」


 手に布を巻いた大聖女が岩の前に飛び出す。


「ラーメラ、危ないです!」


 ファビアーナが慌てて突風を止めた。


「ごめんごめん。おりゃあ!」


 ラーメラの拳が輝き出し、ラーメラはそのまま丸い岩を殴った。


 ドゴオォ!


 岩は殴られた衝撃で、勢いよくスラムに転がっていく。

 スラムのボロい建物や何かわからない掘っ立て小屋が岩に壊され、潰されていった。


「もっと勢いをつけましょう!」


 さらにファビアーナが風を生み出し、岩をスラムの奥へと押し込んでいく。


「まだまだ岩を創るよ!」


 岩を生みだす大聖女ルフィーナがいくつもの大きな丸い岩を創りだした。


「押せ押せ押せぇぇえ!」


 拳の大聖女ラーメラがどんどん岩を殴りつけてスラムに押し込んだ。

 建物がどんどん崩れていく。砂埃すなぼこりが舞って、橋の向こうは何も見えなかった。


「これでスラムも壊れたでしょう」


 風の大聖女ファビアーナが満足げに微笑む。罪もない人間のすみかを、破壊した人間とは思えない笑顔だった。


「ヘルトルーディス様にご報告が出来ます」

「待て、ファビアーナ。まだスラムを燃やしていない」


 炎の大聖女エースレルダが言った。


「ああ、忘れていました」

「せっかくの油がもったいないよ」


 申し訳なさそうなファビアーナに、弓を持った大聖女ラープラが呆れていた。


「はい!油のたる


 拳の大聖女ラーメラが軽々と油の入ったたるを何個も持ってくる。

 庶民が調味油として使っても、一年以上持つくらいの量だ。


「油などなくても、私の炎で片をつけられるのに」


 エースレルダは不服そうだ。


「だって、悪臭消しに使ってるからさぁ」


 ラーメラが言う。


「もしもの時のための油だから。今がその“もしもの時”だし?」


 ラープラも同調した。


「うるさい双子め……」


 ラーメラとラープラに悪態をつきながら、エースレルダがたるを開けた。


「風にまとわせましょう」


 ファビアーナが風を起こし、霧状にした油をまとわせる。

 そのままスラムへと風を流した。


「よし、あたしだね」


 弓を持った大聖女ラープラが、光でできた矢をつがえた。


「炎を追加しよう」


 エースレルダがやじりに火をともす。


「ド派手に燃えろ!」


 ラープラが射った矢は放物線を描き、スラムの真上で油に着火した。


 ゴォォォ!


 スラムを覆い隠すように炎の膜があらわれた。


「熱い!」


 橋の上でも熱さを感じるほどの熱だ。

 幼い大聖女のルフィーナが、思わずエースレルダの影に隠れた。


「町は燃やすなよ」


 エースレルダがスラム以外へ燃え広がらないように、炎を調節する。


「あそこに燃えるものなんてあるの?そもそもスラムって何?」

「さあ?遠耳とおみみの大聖女が知ってるんじゃない?」


 ラープラとラーメラが炎を見ながら世間話をする。


「疑問なんて持つな。ヘルトルーディス様が絶対だ」


 エースレルダが言い切る。ファビアーナがそれに続いた。


「私達の命はヘルトルーディス様のもの。私達を生かすも殺すも、ヘルトルーディス様しだいです」


 ファビアーナは暗に、余計なことを考えるなと双子に示した。

 双子は肩を落として頷く。


 大聖女といえど、自由は無いのだ。

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