スラムが攻撃されてます!?
筆頭聖女ヘルトルーディスが、スラムを燃やすと宣言した頃。
「ヴォルフ、俺が悪かった」
ルードが珍しくヴォルフに謝っていた。
場所はスラムのヴォルフの住処。スラムで一番日当たりが良い区画だ。
「本当にな。お前のせいで俺の努力がめちゃくちゃだ。ようやくスラムが安定して、街づくりに本腰を入れようとしたらコレだからなぁ」
ヴォルフがルードをにらんだ。
「そうよ!あたしのおかげで鎮まったんだから!あんたが誰だか知らないけど、感謝しなさいよね!」
ヴォルフにしなだれかかったオーギュスタも、ルードに文句を言った。
「……悪い」
「そういうときは“すみませんでした”って言いなさいよ!」
ルードはオーギュスタからダメ出しを受ける。
「……すみませんでした」
「ブァハッハッハ!お前が押されてんのを見るのは気持ちがいいなぁ!オーギュスタ!もっとやれ!」
「はぁい♡ほら、頭もちゃんと下げて!」
「……お前ら、調子に乗んなよ?」
青筋を立てるルードが、人を殺せそうなオーラをまとっていた。
ヘレンはハラハラしながら、そんな三人を少し離れたところで見ていた。
「ルード、キレてヴォルフさんたちを殺さないでしょうね?」
「魔女とやり合ったらおもしれぇだろうな」
ヘレンの隣りにいたヤンが面白がる。
「もう!笑いごとじゃないんだから!」
ヘレンはふんがいした。
オーギュスタが収めた、スラムの住人と出稼ぎのイザコザ。
ケガ人の簡単な処置が終わったころ、ルードが血相を変えてスラムにやってきたのだ。
「ヴォルフ、俺は謝ったからな。出稼ぎの方とも話してくる」
ルードはそれだけいうと
「あぁ。早くあいつらを飼いならしてみせろ、下手くそが」
ヴォルフはルードの背中に憎まれ口を叩いた。
「え?ルードって出稼ぎたちと知り合いなの?」
二人のやり取りを見ていたヘレンは疑問を口にする。
「知らねぇよ。ルードは食えないやつだからな。……後をつけるか?」
ヤンは意地悪く笑った。
「ヤンのそういうとこ好きよ」
ヘレンはヤンの提案に乗った。
ルードの後をつけてスラムを進む。出稼ぎたちは新参者なので、スラムでも日当たりの悪いジメジメした建物に住んでいた。
「ここは初めて来たわ」
「女が来る場所じゃねぇからな。この辺にいるやつは犯罪者崩れやワケ有りだ」
ヤンがうんざりしたように言う。過去に色々あったのだろう。
「今は出稼ぎ以外はいないみたいだけど……。建物の前に見張りがいる?」
ルードが入った建物の入り口には、二人の男が門番のように立っていた。
「は?兵士気取りかよ」
ヤンがバカにしたようにいう。
「出稼ぎの人たちって、防犯上組織されてやってくるのかしら?」
「こんだけ大人数が一気に出稼ぎにくるのは初めてだからなぁ。そういうもんかもな」
ヘレンもヤンも出稼ぎに行ったことがないので、好き勝手に推理した。
「……出稼ぎって稼ぎはどこに貯めるの?」
「金や宝石にして盗まれないように身につけるんだ。あとは馬を買うとかか?」
「頭良い!」
「どっちにしろ命がけだよな」
ヘレンとヤンはルードのことなんて、そっちのけで話に夢中になっていた。だからルード本人が目の前にいても気づかなかった。
「ぎゃぁぁあ!ルード!?」
「うおぉぉぉ!声かけろよ!」
二人して叫ぶので、出稼ぎたちが建物から出てきてしまった。
出てきた出稼ぎたちに、ルードは手で合図をする。
「後をつけたくせ、静かに様子を見るとかできねぇの?」
ルードがあきれる。
「だって門番いるし」
「暇だしな」
ヘレンとヤンは特に反省しなかった。
「で、出稼ぎと俺の関係が知りたいんだろ?」
「え?教えてくれるの!?」
「ヤンがいるから無理」
──ということは、
ヘレンは少し顔を引き締めた。
「なんでだよぉ!俺にも教えろよぉ」
そうやって他愛もない話をしている時だった。
ドォォン!
大きな音が川岸から聞こえた。
出稼ぎたちも建物から出てくる。
「護岸が崩れたか!?」
「まさか!」
「見に行くぞ!」
ルード、ヘレン、ヤンは口々に話、川岸へ向かおうとした。
ゴォォォ!ドォォン!
動く間もなく、さらに轟音が響く。音からは離れているはずなのに、ヘレンは熱い空気を感じた。
「熱いっ!炎!?」
「攻撃されてる」
「はぁ!?こんなところを攻撃してなんの意味があんだよ!?」
ドォォン!
「近いな!」
「様子を見る前に避難よ!」
「ヒィィィ!死んじまう!」
ヘレンは屋根付きの建物に入ろうとした。
その時、ヘレンたちは冷気を感じた。
「この寒さ……。オーギュスタ!?」
スラムの崩れた建物の向こう側に、大きな氷の壁がそびえていた。
ヘレンは氷の壁に向かって走りだす。
「ヘレン!?」
ヤンが思わずヘレンに声をかけた。
「オーギュスタに会わなくちゃ!」
ヘレンは服で隠れているペンダントをつかんだ。
──もし、エルナみたいになったら……。ううん、考えないようにしなきゃ!
「俺も行く」
走るヘレンに、ルードがついていく。
「俺は逃げるぜ!」
ヤンは二人に背を向けて、川岸から離れるよう遠くへ向かった。
「オーギュスタ!」
川岸にたどり着いたヘレンは、オーギュスタを探す。
オーギュスタは川を挟んでみえる、スラムと町の間の跳ね橋をにらんでいた。
「なんで逃げないの!」
オーギュスタはヘレンを見つけると思わず怒鳴った。
「だってオーギュスタは友だちでしょ!見捨るわけない!」
「ヘレン……」
オーギュスタは瞳を潤ませたが、すぐに前に向き直る。
「教会の大聖女たちよ。おおよそ、ヘルトルーディスの気まぐれね。あのクソアマ!」
「筆頭聖女が?」
ルードがけわしい顔をする。
──筆頭聖女はルードの実の妹だったわね。
ヘレンは複雑な気持ちになった。
「来るわよ!」
氷の壁越しに、大きな炎が渦を巻いて飛んでくる。
その瞬間、オーギュスタは分厚い氷の壁で炎の攻撃を防いだ。しかし氷が溶けて丸く穴が空いてしまう。
すかさずオーギュスタは氷を創りなおすが、炎の攻撃がそれをあっという間に溶かしてしまう。
「氷と炎じゃ分が悪い」
ルードがつぶやく。
「うるさいわね!あたしより強い加護持ちはいないよ!黙んなさい!」
「俺が手伝おう。ルードヴィグ」
『御意』
ルードの影が揺らぐと、悪臭を放つ川の水が噴水のように持ち上がる。
「くさっ!」
「おえぇ!」
オーギュスタとヘレンは悪臭にえずいた。
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