筆頭聖女ヘルトルーディス編です!?

 ヘレンが乱闘したスラムの住人と出稼ぎたちを治療している頃。

 筆頭聖女である、ヘルトルーディスは苛立っていた。


「なんて退屈なの?」


 苛立ちにまかせて教会内を歩き回る。


「ヘルトルーディス様、どちらへ向かわれるのです?」


 ヘルトルーディスを追いかけてきたのは、ヘレンに看護された騎士アロンソだ。他の護衛騎士はいない。ヘルトルーディスが一人で歩き回ることは、いつものことなのだ。


「うるさい!わたくしの許可なく話しかけないで!」


 ヘルトルーディスはアロンソに怒鳴る。しかし、アロンソは怯えもしない。


「ヘルトルーディス様、御身おんみに何かあってはなりません。移動するときは、必ず私を連れてくださいませ」

「黙りなさい。犬のように従うだけの無能が!」


 ヘルトルーディスは、その美しい顔を歪めて悪態をついた。


「なんとでもおっしゃってください。私はあなたに救われた身です。この恩は、返しても返しきれないほど大きいのです」

「ふうん?お前は恩返しのためなら何でもするの?」


 ヘルトルーディスは片眉をあげた。


「もちろん」

「なら、わたくしが不快に思っている神官がいるの。辱めて来なさい」

「辱める!?」


 ヘルトルーディスの言葉が予想外だったのか、アロンソはわずかだが動揺を見せた。


「そうよ。わたくしはそれを見れば、心を落ち着けられるの」

「ヘルトルーディス様……」

「はやくしなさい」


 ヘルトルーディスはアロンソの言葉をさえぎる。


「……かしこまりました」


 アロンソは少しためらったが、受け入れた。


「では、ヘルトルーディス様もご一緒に」

「なんでわたくしまで行かなければならないの!?」

「私はあなた様の護衛です。あなた様は私のそばにいなければなりません」

「ふん。護衛なら覚えておきなさい。わたくしは死なないの。加護のおかげでケガをして瞬間に治るのよ。ごらんなさい」


 ヘルトルーディスはアロンソが腰に下げている剣を抜きとった。


「ヘルトルーディス様!?」


 ヘルトルーディスは刃先を軽く握る。顔をしかめたが、己の手のひらをアロンソにみせた。

 ヘルトルーディスの手のひらは、一直線に切れて血がにじんでいた。


「血が……」


 アロンソは絶句した。自分の体を簡単に傷つけるなんてあり得ないからだ。

 しかし、ヘルトルーディスの手のひらは白く輝いたかと思うと傷が消えた。


「分かったかしら?」

「分かりました。しかし、私はヘルトルーディス様のお側に仕えるもの。御身おんみから離れることはできません」

「チッ!お前は父親に似て頑固ね!ならば少し離れて歩きなさい」


 とうとうヘルトルーディスは折れた。


「イライラする!甘いものが食べたいわ!アロンソ、使用人に用意させて!」

「かしこまりました」


 アロンソは、近くを通りかかった使用人にお菓子の用意を頼む。

 神官を辱めろという命令は、ヘルトルーディスの記憶から消えたようだ。アロンソは、ヘルトルーディスが思い出さないように何も言わなかった。


「そうだわ!お茶会をしましょう!大聖女までの位の者を呼び出しなさい」





 ヘルトルーディスが提案したお茶会はシーンとしていて、重苦しかった。どの聖女もみんな、ヘルトルーディスに目をつけられたくないのだ。


「やっぱりこの焼き菓子は美味しいわ!」


 ヘルトルーディスは重たい空気を気にせずに、お菓子を満喫していた。

 七人の大聖女と六人の回復聖女が、ヘルトルーディスと同じテーブルに座っていた。


「最近は大聖女を使うようなことも無いから、あなた達はお暇でしょうね」

「い、いえ!そんなことはございません!」

「そうです!加護の新たな使い方などを模索もさくしております!」


 話を向けられた大聖女が慌てる。


「そうなの?みんな努力家なのね。回復聖女達はどう?この国の者など、全員回復し終えたのではないかしら?」


 ヘルトルーディスの中で、国民は王都の貴族だけだ。


「いえ、常に誰かが、ケガや病気をわずらっております」


 回復聖女が言う。回復聖女はヘルトルーディスと同じく、人を治す加護のため大聖女たちほどヘルトルーディスを恐れない。


「どうせ年寄りでしょ?寿命なんだから死なせてあげなさいよ」

「そのようなことは出来ません」

「ふふ、他の加護は男にも現れるけど、回復の加護が女にしか現われない。

 女は情が深いからというわ。あなたはその典型ね」

滅相めっそうもございません」

「ふふふ、お前は敬虔けいけんね。お父様のめかけにしてあげたいわ」


 ヘルトルーディスの言葉に、回復聖女は真っ青になる。


「お、おそれ多いです!私は教会が似合っております!」

「あら、残念。妹が欲しかったわ」


 ヘルトルーディスはお茶を口にした。話が終わった合図だ。回復聖女は身体のこわばりを解いた。


「ヘルトルーディス様、面白いお話がありますわ」


 今まで黙っていた大聖女が口を開いた。


「昨日、護衛騎士の武具を職人が納めたのですけど、その者が言うにはスラムの物乞ものごいと、出稼ぎが揉めているそうですわ」


 ヘルトルーディスは眉をひそめた。


「何?その汚らしい話は?」

「なんでも、東の領地で魔物の大量発生スタンピードが起こって、スラムに大勢の出稼ぎが流れ込んだのですって!

 王都以外にも人がいるなんて驚きですわ!」


 大聖女の言葉に、ヘルトルーディス以外の聖女たちが驚いた。

 みんな忘却の加護を使われているので、大聖女と同じく、王都以外に人が住んでいるなんて初めて知ったのだ。

 そんな聖女たちをヘルトルーディスはしらけた目で見た。


「人なんてダニのようにくものよ。それよりもそんなくだらない揉め事……」


 ヘルトルーディスは言いかけて一瞬止まる。そして面白い事を思いついたように言った。


「そうだわ!くだらない揉め事など要りません。スラムごと燃やしましょう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る