オーギュスタの権威はすごいです!簡単な打撲処置です!

「大人しくするなら凍結を解きましょう」


 オーギュスタの言葉に、みんながしおらしくなる。


「聖女様、申し訳ない」

「もうしないから早く溶かしてくれ。手が死んじまう」

「魔女でも聖女でもいいから早くしろ!」


 口々にオーギュスタへの謝罪やら暴言やらが聞こえる。


「あんまり生意気言う方はそのままにしますよ?ずっと身体を凍らせていると、真っ黒になって切り落とすことになりますが」


 暴言を放ったスラムの住人に、オーギュスタが言い返す。


「悪かった……俺の食い物やるから、どうにかしてくれ、痛いんだ」


 一転してしおらしい態度になったところでオーギュスタはふんっと鼻を鳴らした。

 オーギュスタが腕を一振りすると、一瞬で凍りついた手足が溶ける。


「ああ〜助かった」

「あの姉ちゃんがそんなすごい奴だとは、知らなかったなぁ」

「聖女様、寛大なお心遣いに感謝します」


 オーギュスタはふふんと顎を上げた。


「ではスラムにいる以上、わたくしの愛するヴォルフ様に従うと誓いなさい。わかりましたね」

「わたくしの愛する……?」


 ヘレンはオーギュスタの言葉にちょっとだけ引いた。


「……そうですね、今のところは大人しくいたしましょう」


 出稼ぎたちのリーダー格の男、スヴァンがオーギュスタに従った。

 スヴァンの手下は何かを言いたげだ。しかし、同じことの繰り返しになると思ったのか、結局何も言わなかった。


 ──この人、乱闘騒ぎのとき消えてたわ。


 ヘレンは、スヴァンが怪しくてしょうがなかった。


「では決まりです!スラムの者たちは今まで通りヴォルフ様に従うこと!出稼ぎの者たちは新しくヴォルフ様に従うこと!以上!」


 そう言い放つと、オーギュスタは自分が乗っていた氷と、人を集めるために使った氷の柱を溶かした。溶けた氷は水となり地面をさらさらと流れていった。


「オーギュスタ、ありがとう。これでイザコザが減るといいんだけど」


 ヘレンはオーギュスタにお礼を言う。オーギュスタは何食わぬ顔でお礼を受け止めた。


「ヴォルフさんに聖女がついてると思わせたもの。多少は効果があるんじゃない?」

「オーギュスタ!お前やるなぁ!お前みたいな強い聖女初めて見た!」


 ヤンが肉を抱えてやってきた。


「ヤン!そのお肉!」

「バカどもがビビって返しにきたぜ!」

「よかった〜。どうしようかと思ったの」


 盗られた肉が帰ってきてヘレンはホッとした。


「ホッとしたから、ケガ人を治療してきます!」


 ヘレンは乱闘のケガ人を治療をするため、薬を取りに行った。


「お前、それ好きだなぁ」


 去っていくヘレンにヤンは呆れる。


「ヘレンはおせっかいなのね。さ、ヴォルフさんに褒めてもらわなきゃ♡」


 オーギュスタはオーギュスタで、ヴォルフのもとへ向かおうとした。


「オーギュスタ!これに氷をお願い!」


 どこかへ行っていたヘレンが、空の桶を持ってきた。身体には薬草を入れたカゴをぶら下げている。


「もう!氷ね、でっかいのでいい?」

「この石くらいのをたくさんお願い!」


 ヘレンは足元の小石を指した。


「ほら、どうぞ」

「ありがと!オーギュスタの加護便利!」


 ヘレンはさっさと患者のもとへ歩いていく。


「ヘレン、あたしの扱い雑すぎ!……なんか距離近い感じが友だちっぽい!」


 オーギュスタはスキップしながらヴォルフのもとへ向かった。





「殴られた人ー!患部を冷やす氷がありますよー!

 貼り薬いりますかー?骨が折れてる人はいませんかー?」


 ヘレンは作り置きした薬草を持って声を張る。さながら行商人だ。

 そんなヘレンに、スラムの住人は無傷でもとりあえず何かをもらおうと群がる。


「元気な人にはあげません!」

「ちぇっ」

「あ、腫れてる!氷で冷やしたほうがいいよ」

「ありがと。悪いな」

「いいえ〜」

「チッ、ヘレンは相変わらずケチだな」

「うるさい!あ、あなた腫れてるじゃない!こっちきて!」


 にぎやかなスラムの住人をあしらいつつ、ヘレンは次々にケガ人の処置を行う。


「これが貼り薬?」


 出稼ぎの人が、ヘレンが持つ薬草を怪訝そうに見つめた。


 ──あ、乱闘の原因になった手下だわ。


「球根を叩き潰したものです。破片を患部にあてて、布で巻いておくと腫れが引きます」


 説明しながらヘレンは、男の顔に布でくるんだ氷をあてる。布はボロい拾い物だ。


「まずは冷やしましょう。貼り薬は患部が冷えてからです」


 手際良く処置をすすめるヘレンに、男が話しかける。


「あなたは誰でも治療するのか?」

「ええ、私も元々は聖女ですので」

「なんで聖女がスラムに?」

「教会に従えなかったら罰を受けるんです。私はスラム送りで、つまり死刑なので」

「なっ!」


 ヘレンの言葉に、出稼ぎの男は言葉を失った。


「あなたはそんなに恐ろしいことを行ったのか!?」

「えっと……筆頭聖女が教会に入り込んだ子猫を、汚いから殺せとおっしゃったんです。それに嫌だと言いました」

「…………それで?」

「それだけです」

「それだけで死刑?おかしくないか?」

「それが教会の当たり前なので。

 私は聖女としてのランクも最下位ですし、最下位の聖女は結構追放されてますよ。

 あ、追放といっても、ほぼ王都追放です。スラム送りは、筆頭聖女の気分が最悪だったときだけなので、あんまり無いです」

「……」


 ヘレンは当たり前のように言った。しかし、男はヘレンを不可解なものを見る目でみている。


「……だからこその計画か……」

「え?なにか言いました?」

「いや、よくあなたのような方がここで生き延びているな、と」

「それはヴォルフさんのおかげですね。身の安全を保証してもらうかわりに、加護をヴォルフさんのために使うんです」

「熊みたいな男のくせにやり手だな」

「あははは!乱暴者ですけどね!」


 治療を終えた男は、納得したような納得したくないような顔をして帰っていった。


 ──そういえばあの人たち、どこで寝てるのかしら?

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