スラムと出稼ぎたちのイザコザで大変です!


 出稼ぎにきた人間に、スラムに住む片目がリンチをうけた。

 オーギュスタが作った回復薬でケガは治ったが、スラムの住人と出稼ぎたちの間に深い溝があらわになった。


「オーギュスタのおかげで、片目さんが治ったのは良かったけど……」


 片目が襲われてから数日経つ。

 ヘレンは険悪なスラムの住人と出稼ぎたちを見てため息をついた。


 ──ヴォルフさんが止めに入っても、出稼ぎの人たちは聞かないのよね。


 あちこちで起こる小競り合いやケンカ、盗みやカツアゲ、リンチにみんな嫌気が差していた。


「エルナ、どうしよう……」


 ヘレンは胸に隠したネックレスを握った。


「ルード、どうにかしてよ」


 屠殺場とさつばに来てそうそう、ヘレンはルードに愚痴った。


「……それは……難しいな……」


 ルードは思うことがあるのか、歯切れが悪い。


「今になって、ヴォルフさんがどれだけスラムの治安維持に貢献していたのかを実感してるの」

「あいつ、強引だけどそういうのは上手いんだよな」


 ヘレンのため息にルードがうなづく。


「私の報酬でご飯を炊き出そうと思ったんだけど、バカなことをするなって言われちゃったし」

「スラムの小娘に施されるとか、出稼ぎどもからしたらプライドが粉々だからなぁ」


 珍しくルードも悩んでいる。


「俺は恵まれすぎて、そういうイザコザは経験したことないんだよなぁ」


 神の寵愛という、この世を意のままに操る加護を持つルードは他人が苦手だ。


「コミュニケーションスキルがゼロね」

「うるせぇ。そういうお前はどうなんだよ?」

「私の親友がよくケンカを止めてたんだけど、水ダッシュは難しいわ」

「水ダッシュ?」

「ケンカしている人に水をかけて、走って逃げるの」

「………」


 ──エルナは逃げ足が速かったのよ。


 ヘレンは問題解決することを諦めて、売れ残りの肉をスラムへ持って帰る。


「肉を盗られないように気をつけろよ」

「わかってるわ。はぁ……」


 ため息を吐くヘレンを見送って、ルードも同じくため息を吐く。


「上司の命令を受けても、聞かない奴は聞かないか……」


 ──ここまでの段階は順調だったのに……。今まで己の力で説得できなかったら、ルードヴィグで従わせていたからどうすればいいか分からないな。


 ルードは予想外のトラブルに頭を抱えた。





「泥棒ー!お肉返してー!」


 ヘレンはスラムに着いた瞬間、貰ってきた肉をひったくられてしまう。


 ──速い。追いつけないわ。


 ヘレンも頑張って走るが、男の足には叶わない。すぐに見失ってしまった。


「ヤーン!お肉盗られた!」

「バッ!おまっ!クソっ!ボスー!!」


 ヤンは感情を言葉であらわすことに失敗したまま、ヴォルフへと報告しにいった。


「あぁ……」


 ヤンを見送ったヘレンは、どっと疲れが出てきて座りこんだ。


 ──ヘコむ……。


「ヘレン、落ち込まないで下さい」


 そう言ってヘレンを励ますのは先日リンチを受けた片目だ。


「片目さん……」

「私が出稼ぎとぶつかってしまったから悪いんです」


 スラムの住人とは思えない物腰の柔らかさだ。


 ──片目さん、本当は貴族ってウワサがあるのよね。


「いえ、その前からピリピリした空気だったので!片目さんは悪くありません!」

「それでも、私が」

「いやいやいやいや!そんなことありません!」

「……彼らは、東のイステール領主の民でしたね。

 あそこは数年前に魔物の大量発生スタンピードが起こりました。それで町も農地も破壊され、今も復興中なのです」

「片目さん、詳しいですね。故郷が不安だし貧しすぎてピリピリしてるんですね〜」

「私は出稼ぎで辻馬車のうまやに行くので、東のウワサはよく聞くのです」

「そうそう、回復薬も王都の3倍の値段で売れるらしいわよ!」


 突然、会話に入ってきたオーギュスタに、ヘレンと片目はかたまった。


「なんでオーギュスタが?」


 ヘレンは恐る恐る訊ねた。


「だってヴォルフさんが忙しいっていうんだもん」

「だもん……」

「それよりも出稼ぎたちよ!あいつらのせいであたしとヴォルフさんの時間が無くなってるの!許せない!」


 オーギュスタはこぶしを振り上げ叫ぶ。


「理由は違うけど、私たちも許せないわ。どうすればいいかしら?」


 ヘレンの言葉に片目も頷く。


「簡単よ!ヴォルフさんをあがたたえるように言うの!」


 オーギュスタは真顔で言った。


「……どうしたらいいのかしら?」

「ちょっと!」


 ヘレンのスルーにオーギュスタが不満げだ。


「あ」


 今まで静かにしていた片目が声を上げた。


「「え?」」


 ヘレンとオーギュスタは同時に片目を見る。


あがたたえるで思ったのですが、聖女が二人もいるんです。それを利用してはいかがでしょうか?あ、神官もいましたね」

「利用?」

「あなた方は加護が使える。私のように、ただの人にとっては魔法のようなものなんです」


 片目はゆっくりと二人に話す。


「なるほど、確かに加護は権力の象徴だわ」


 オーギュスタがうなずく。ヘレンだけがわけも分からずポカンとしていた。


「ヘレンは下っ端聖女だからピンとこないかしら?

 あたしは大聖女として人前に立つこともあったから、聖女の影響力を知っているの」

「な、なるほど〜」

「そうと決まれば人を集めて、あたしの偉大さを思い知らせるわよ!」


 オーギュスタは両手を胸の前で組んだ。


「うふ♡ヴォルフさん褒めてくれるかしら?」

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