栄養不足と刃傷沙汰
「倒れた人は!?」
ヘレンは息を切らしながら倒れた人を探した。ヤンがヘレンに手を振る。
「おーい!ヘレン。悪い、起きやがった」
「へっ!?」
ヤンの足元に男が座っていた。少しぼんやりしている。
「気絶だったの?」
「すみません……。お腹が減ってふらっと」
男がヘレンに申し訳無さそうに言う。
「大丈夫なら良かったけど、食べ物はきちんと食べたほうがいいわ。寝不足、空腹、寒さが重なると体調不良を起こすから」
「本当にすみません……。こんなに食べ物が食べられないと思わなくて」
「東からの難民だったわね。今まではどうしてたの」
「干し肉やパンでしのいでいました」
──めまいや貧血で倒れたのかしら?……慢性的なビタミン不足が疑われそう。
ヘレンは男を観察した。
──年は若そう。肉体労働者よね?体格はいいけど肌がガサガサ。
「きっと栄養が足りないんだわ。新鮮な野菜や果物は高いから……。血詰めのソーセージを買ったほうがいいかしら?」
「ヘレン。余計なことすんな」
栄養不足を解消しようとしたヘレンに、ヤンが口を挟む。
「
「分かってる。ヴォルフさんにも相談するわ。でも、スラムの人たちも慢性的な栄養不足だから、今後どうにかしないと」
「ヘレン。お前はなんにも分かってねぇ。ここにいる人間は、自分のことすらやらねぇ奴らばっかりだ。お前一人が全部背負うことになるぞ」
「だから!ヴォルフさんに確認する!」
ヘレンとヤンと言い争いに、座り込んでいた男が入ってきた。
「ヴォルフって?」
「ここのボスだ。お前らもボスの言うことは聞いとけ」
「ヴォルフさんがいるからスラムの治安は保たれてるの」
ヘレンとヤンの言葉に、男は眉間にシワを寄せた。
「あいつ、俺らの稼ぎを奪おうとした」
「ボスに金を渡すのは当たり前だろ?」
「やっていいことと悪いことがあるだろう!」
当たり前のように言うヤンに、男は言葉を荒げる。
「知らねぇよ。そんなの気にするなら町に行け。スラムに住むな」
「それが出来ないからここにいるんだ!」
「うるせぇなぁ。そんな都合よく生きられるワケがないだろ?だからお前はこんなドン底にいるんだよ。ヘレン、行くぞ」
「う、うん」
男を置いて、ヤンとヘレンはヴォルフのもとへ向かった。
「ヤン。今後は倒れる人が増えるかもしれない」
「そうだな。顔見知り以外は無視したほうがいいな」
「ちょっと!それはダメよ!」
「ダメっつってもなぁ。協力しねぇやつに優しくはできねぇよ。どうせどっかで人死にが出るぜ。腹減ってるやつらはすぐキレるからな」
「はぁ……」
──ついていけない……。
ヘレンはスラムの住人と出稼ぎの対立に、現実逃避をしたくなった。
「却下だ。食いもんは俺が買う」
栄養不足を解消したいというヘレンの提案は、ヴォルフにあっけなく否定された。
「ヴォルフさん!」
「うるせぇ。ヤンのほうが正しい。お前は黙って肉を運んで便所点検してろ」
──取り付く島もないわ!
ヘレンは反論しようとしたが、走ってきた男の声に顔色を変える。
「ボス!ケンカだ!片目が刺された!」
「片目が?すぐ行く!」
「私も行きます!」
──“片目”って、スラムの片目さんよね。名前が無くて、片目が事故で潰れたから“片目”って呼ばれてる人。
現場に到着すると、二人の男が男をリンチしていた。一人が顔面を殴り、もう一人が男を
「片目!」
ヴォルフは走った勢いで、顔面を殴っている男を殴りつけた。そして
まさに瞬殺。二人の男はふっ飛ばされて数メートル先の壁にぶつかった。
「すご……」
あっという間に気絶した二人に、ヘレンは思わずヴォルフをみた。
──ヴォルフさん、本当に強い!
「片目!大丈夫か!?」
ヴォルフはすぐに片目に駆けよる。片目はヴォルフの呼びかけにうめき声をあげた。
「片目さん!意識はありますね!」
──殴られて顔色が分からない。唇が白いわ。腕に刃物が刺さってる。
刃先が3センチくらいかしら。深いわ。出血してるけど、刃物のおかげで大量出血じゃない。
「ヘレン!板はあるか?お前!あいつらを縛れ」
ヴォルフが指示を出す。
──ヴォルフさん、こういうことに慣れてるのね。
「ありました!」
片目を載せられる大きさの板を見つけて、持ってくる。
──板が薄いし割れそう。
「ボロいな、まあいい。運ぶぞ」
板に片目を乗せると、手近な建物へ入る。
「腕か……。石に乗せておくか、吊るか」
ヴォルフが片目の刺された腕を見ている。
──ヴォルフさん、出血に関する知識がある。ケガに慣れてる人だわ。
(ジーニ君豆知識:傷口を心臓より上に置くことで出血を抑えることができるよ!指を切ったら、傷口を抑えて天高く傷口をかかげよう!)
「石を持ってきます。あと止血に布を」
ヘレンの提案にヴォルフはうなずく。
片目の腕を、石を積み上げたものに乗せた。
「布を取ってきます!」
「ボロでいい!」
背中にヴォルフの声を聞きながら、ヘレンは自分の寝床に向かって走った。
──地下は遠い!古着を!
「あら、ヘレン何してるの?」
古着をひっつかんで走るヘレンにオーギュスタが話しかける。
──うるさいのが来た!
「取り込み中です!」
「取り込み中ってなによ。ハッ、まさかヴォルフさん!?」
「……」
ヘレンは無視して走る。なぜかオーギュスタも走ってきた。
「戻りました!」
「ヘレン!ウゲッ」
ヘレンの後ろにオーギュスタが見えて、ヴォルフは嫌そうな顔をした。
「ヴォルフさん♡あら、ケガ人ね」
「…………」
──オーギュスタ、キッツ!こんなにブリブリするの!?キッツ!
オーギュスタがヴォルフへのアピールでクネクネするのを、ヘレンは何とも言えない目で見た。
「お前、薬持ってないか?」
「やぁだ♡あたし、魔女だもん。回復薬くらいあるわ♡」
ヴォルフの問いに、オーギュスタは回復薬を見せる。
「くれ」
ヴォルフはオーギュスタに手を差し出した。
「タダじゃ、やぁ♡またご飯に行きましょ♡」
「分かった。俺は金がねぇからお前が奢れよ」
「もう♡困った人♡」
オーギュスタはあっさりと薬をヴォルフに手渡した。
──オーギュスタ!?貢いでる!?私、止めた方がいいの!?
ヘレンの驚きをよそに、片目はうまいこと回復出来たのだった。
─────
まさかの年始からこんな話です。
暮れにヤギが早産して見守ったり人工哺乳してたら、執筆が乱れまくりました……。
今年もよろしくお願いします〜!
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