布と砂糖とお塩と地下空間です!

 ヘレンは、ようやく貴族の息子の治療費を貰った。


「ヘレン様、こちらをお持ちしました」

「こっ!こんなに!」


 街中だと目立つので、ヘレンはいつもの森の近くで荷渡にわたしを指定した。

 ちなみにルードは仕事のため、いない。


 エリヒオの使者がヘレンへと持ってきた荷物は、ヘレンの予想よりすごかった。


「お、多すぎません?」


 ──三台の馬車に布と塩と砂糖が、それぞれ積まれているってどういうこと!?そもそも話したときはお金だけもらうつもりで、後で自分で買う予定だったのに!


 ヘレンは買いたい物があるとだけ言ったのだが、気を利かせたエリヒオ側は荷物+お金を用意してくれた。

 ヘレンが手にした革袋もそこそこの重量だ。そっと覗くと金貨だったのですぐに袋の口をしばった。


「大量とおっしゃられたので」


 多すぎると驚くヘレンに、エリヒオの使者は当たり前のように言う。


「我々はアロンソ様をお慕いしております。筆頭聖女様の加護を受けるまで、必死に手をつくされたヘレン様には大変感謝しているのです」


 ──つなぎ扱い!理解できるけど悔しい!


「アロンソさんは今、どのように?」


 ヘレンはアロンソの様子を使者に訊ねた。使者は嬉しそうに教えてくれる。


「以前のように、騎士の訓練へ参加できるまでに回復されました。筆頭聖女様の護衛騎士として、職務に励んでおいでです」


 使者の言葉にヘレンはホッとした。


「そうですか。アロンソさんが元気になったとわかって、嬉しいです」


 ──長く持たないかもって思ったから、本当に良かった。


 その後がどうであれ、ヘレンは闘病患者が元気になったことを素直に嬉しく感じた。


「はい。アロンソ様は義理堅いお方です。

 ヘレン様にも今後、何かあったら遠慮なく頼ってほしいとおっしゃっていました」

「ありがとうございます。お心だけでも充分です」


 ──貴族のコネとか、あつかいに困るわ〜。私に持ってこないで〜!


 ヘレンは営業スマイルでこの場を乗り切った。


 使者を帰し、ヘレンは荷物を見た。

 布が入った木箱に、砂糖や塩が入った大きな壺がたくさん。ヘレンだけでは運べない。


「荷物だけ降ろしてもらったけど、どうしよう」


 ヘレンが頭を抱えていると、茂みからヴォルフとヤンがあらわれる。


「さすがヘレン!よくやった!」

「お前!こんなにもらったのかよ!すげぇな貴族は!」

「盗み見てなんですか!スケベ!」


 突然の二人にびっくりしたヘレンは罵倒した。


「スケベってなんだよ。よし、バレないうちに運ぶぞ。ポーロを呼んでこい」

「へい!ボス!」


 ヴォルフの一声でヤンが駆けだす。

 数分後、ヤンがポーロを連れて戻ってきた。

 ヴォルフがすぐに命令する。


「ポーロ、穴を掘れ」

「分かりました」


 ポーロの加護で、荷物の置かれた地面が下がっていく。あっという間に大きな穴ができて、荷物が穴の中に隠れてしまった。


「便利!でも取り出せないわ」

「穴に降りるぞ」


 ヴォルフとヤン、ヘレンは穴の中に飛び降りた。

 ポーロは穴を隠す細工をしてから降りてきた。落とし穴のように組まれた枝や落ち葉からうっすらと光がみえる。


 ──ほぼ真っ暗だわ


 穴の中で、ポーロはスラムの方向を向いた。土の壁に手を向けると、横方向に掘っていく。


「トンネル?」

「ヘレン、このトンネル知ってるのか!?」


 ヤンがあせってヘレンの肩をつかむ。


「え?ここにあるの?」

「知らねぇならトンネルって言うなよ!」

「てめぇら!何やってんだ!」


 ヘレンとヤンは、ヴォルフにどなられると、黙々と掘り進んでいるポーロのもとへ急いだ。


「ヘレン、地面に穴を掘ってそこに暮らす。これがスラムの冬支度だ」


 ヴォルフがヘレンに教えてくれる。


「土の中は温度が保たれるから、たしかに合理的ですね」

「僕が提案したんです。教会で穴掘りにこき使われてましたから」

「このトンネル、崩れないわよね?」


 適当に掘られているように見える穴に、ヘレンは不安を覚えた。


「そん時はそん時だ」

「墓掘りの手間が省けていいぜ」


 ヴォルフとヤンはいつも通りである。


「一応土質や岩盤は気にしてる。でも後から水がみ出たり、変な臭いがしたりすることもある」


 ──地中にガスが溜まってたりするのよね。結構ギャンブルだわ。


「この辺りのはず」


 ポーロがつぶやいたのと同時に、今堀り進めたトンネルがどこかと繋がった。

 上からの光で、ここが石造りの地下空間だと分かった。


「え!ここは?」


 ヘレンが声を上げる。声がやまびこのようにどこまでも響いた。


「川の移動先だ。川が臭すぎるから地下に埋める計画があった」


 ポーロが教えてくれる。ヴォルフを先頭にどこかへ進んでいく。


 ──暗渠あんきょにする予定があったのね。


 ところどころ脇道があるのは、川へ汚水を排水する穴のようだ。

 天井から光が差し込んでいるのは、手入れがされずに崩れた部分のようだった。


「もしかして、ポーロが掘ったの?」

「いや。僕が神官になる前だ。今の王様じゃなくて、先代の王様が計画したらしい」

「じゃあ三十年以上前に作ったのね。すごいわ」

「見つけたのは偶然だ。二年前の大雨で穴があいて見つかった」


 ヴォルフが話す。

 石造りの空間に、土の穴が空いていた。


「ここはポーロね」

「石積みがまだなんだ」


 ポーロがうなづいた。


「ここに運ぶぞ。知った顔だけ呼んでこい」

「へい!」


 ヴォルフの命令にヤンが走りだす。


 しばらくすると、暗渠あんきょを走る足音が響き出した。


「ボス!連れてきました」

「ボス!なんですか?」

「何かもらえるんですか?」

「良いことですよね?」


 欲望を丸出しにした男たちが数人あらわれた。


 ──いつもながら、がめついわ。


「ヘレンが貴族から報酬を貰った。日暮れまでにここへ運ぶぞ」

「少しもらえますか?」

「売ったらダメですか?」

「うるせぇ!とっととやれ!」


 ブチ切れたヴォルフの怒鳴り声で、あわてて男たちは動き出した。


 そこから暗くなるまでに荷物は運び終わった。男たちには手伝い賃として、少しの塩が与えられたのだった。

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