ヘレンのスラムでの一日です!話は進みません!※屠殺表現があります

 教会が聖女と神官の記憶を操作していたことにショックを受けたヘレン。

 ヘレンは意外にも慰めてくれたオーギュスタから、うっかりヴォルフへ対する愛を聞かされてしまうのだった。


「疲れた……」


 ヘレンは寝床で目をギュッとつぶっていた。


 ──頭の中でオーギュスタの話がリピートされる……。……オーギュスタさんって言ったほうがいいのかしら?


 ヘレンは地面に敷かれた板の上で寝返りを打った。


 ──やっぱり固くて眠れない。


 ヘレンがいるのはヴォルフにあてがわれた、女用の家である。家と言っても建設途中で放置された建物だ。

 家の壁がヘレンの頭ほどの高さまでしかない。その家の中で、薄い板を使って四角い個人のスペースが組まれてある。


 一応ヴォルフたち寝床の真隣にある建物なので、スラムでは安全なほうだ。


 ──ヴォルフさんは、元盗賊団のボス。腕っぷしも強いはずだわ。それに人を束ねるのが上手いのね。


 ヘレンはオーギュスタのせいで、ヴォルフのことが気になってしょうがなかった。


 ──なんで盗賊団のボスがスラムに?生活レベルがガクンと落ちたはずなのに。


「ぐぁおおおぅ!」


 ──あーもう!隣のお婆ちゃん、イビキうるさい!


 突然のイビキに気を取られながら、ヘレンは少しずつ眠りに落ちていた。





「ヘレン?昨日は大丈夫だった?」

「おはようポーロ。よくも逃げたわね」


 ヘレンは朝のルーティンである井戸の水汲みを行っていた。すると、ポーロがあらわれて白々しく謝ってきたのだ。


「あれはヘレンが悪いよ。オーギュスタに主導権を握らせたんだから」

「教えてよ!ひどい目にあったわ!寝るまでヴォルフさんの話が頭の中で再生されたのよ!」


 ヘレンはポーロを責めながら小さな水瓶みずがめを井戸水で満たしていく。


 井戸はキレイに石が積まれて、町にあるような立派な井戸になっていた。こんこんと湧き出る水が四角く囲った水場を満たしている。

 飲水としても問題なく使えていると、エリヒオの屋敷から帰ったヘレンは聞かされた。

 今後、長い期間井戸水を飲み続けた人が不調を起こさなければ、ヘレンの中では安全に飲める水になる。


「そりゃ良かった。僕は記憶を失っていることをずっと考えていたよ」


 ポーロは暗い顔で話す。顔色が冴えないのはきっとよく眠れなかったのだろう。


「そう……。私は派手に泣いたから結構受け止められたわ。それに、オーギュスタさんみたいに思い出せるって信じてる」

「そっか。僕は泣けないから、もう少し悩む時間が必要みたいだ」

「大丈夫よ。時間が解決するわ」


 ──月並みな言葉しか浮かばないわ……。


「あら、追放組。文字通り井戸端会議ね」


 オーギュスタまであらわれた。


「オーギュスタさん、あなたはどこに?」


 オーギュスタはふふんと胸を張って答えた。


「あたしは魔女だから稼ぎがあるのよ。町の宿に泊まってるの」

「あ、僕は日雇いに行かなきゃ」

「ポーロ!……逃げたわね」


 あっという間に消えたポーロに、ヘレンは舌打ちした。


「私は井戸水を沸かす必要があるので」

「お茶でも飲むの?このスラムで?」


 オーギュスタは小馬鹿にしたようにヘレンを見た。


 ──慰めてくれたから良い人だと思ったけど、やっぱりムカつく女ね!


「さて、ヘレン。ここに朝食の残りのパンがあります。

 食べたいわよねぇ?今から質問に答えなさい」


 オーギュスタがパンを見せつけながら、ヘレンを挑発する。


「あんたパン持ってんのか!?ヘレンの代わりに答えるからよこしな!」


 ヘレンが何かを言う前に、お婆ちゃんがオーギュスタに立ちはだかった。


「オーギュスタさん、まずはスラムのルールを学んでください!」


 ヘレンはオーギュスタを無視して、湯沸かし小屋に行った。


 集団腹痛事件により、もたらされた炭はさらに木々を燃やし、土に埋めたことで増えていった。

 ジーニ君の知識を活かし、酸素を補給できる形で燃える木々を土に埋めていた。その結果、成功率が低い炭焼き窯のようになったのだ。


「さて、飲み水を作りましょ」


ヘレンは生水が怖かったので、いつも沸騰させて飲んでいた。


 ──このお鍋、集団腹痛のときに、ヤンがお婆ちゃんに借りたのよね。ヴォルフさんがスラムの共有財産にしちゃったけど……。


 老婆の反発もなく使えているのを、ヘレンは考えないことにしている。


 ──たぶん食べ物で釣ってるし。


 お湯を沸かしている間に、ヘレンはトイレチェックに行った。


「トイレは壊されてない。枯れ葉もちゃんと入ってる。さて、手洗い用の水を補充しなきゃ」


 それから、お湯が湧けば飲水用の水瓶みずがめに移し、新しくお湯を沸かしながらトイレの手洗い用の水の補充を行った。


「さて、ソープナッツも新しいのに取りかえ完了!」


 すべてを終えたヘレンは、お湯をためた飲料用の水瓶みずがめから冷めたお湯を自分用のお椀についだ。


 ──手洗いを始めてから、体調不良を訴える人がかなり減ったのは驚きだわ。


 予想より効果が出たので、ヘレンも正直驚いている。結果が出ているからか、自発的に手洗いを行う人がそこそこ増えた。


 ──休むと収入が減るから、そりゃ頑張るわね。


スラムの人間は現金なのだ。


「というか、今までがおかしいのよ」


 ぼやきながら、ヘレンはお椀を水で洗い、自分の寝床に持って行って隠した。


「ヤン!お肉を貰ってくるわ!」

「はぁ!?」

「おにく!」

「おう!」


 相変わらず話を聞かないヤンに呆れつつ、ヘレンは余り肉を貰いにルードが勤める屠殺場とさつばへ向かう。


「お肉貰うわよ」


 ヘレンは街の肉屋さんから戻ってきた、昨日の売れ残りの生肉を貰う。


「ああ」


 ルードは相変わらず完璧な防護服姿で、豚の腹から内蔵を取り出していた。


「本当に器用に取り出すわね。内蔵が破れてない」

はらわたが破れると肉が臭くなる。誰がそんなもん食うか」

「そうね。もし、治療で患者を切るときはルードにお願いするわ」

「人間を切るとか……お前正気かよ?」

「そう?基本は豚と変わらないわよ」

「おぇぇ」


 ルードが吐くフリをしたがヘレンは無視した。


「すみませーん!捨てるお湯を貰っていいですか?」

「あら、ヘレンちゃん!ここに貯めてるわ」


 今では顔見知りになった調理場のおばちゃんが、腸詰めを茹でた汁を取っておいてくれた。


「いつもありがとうございます」

「いいえ〜。捨てるものがあったら、またあげるわね」


 生肉と茹で汁をスラムへと持ち帰り、湯沸かし小屋で煮込む。ジーニ君で調べた山菜も追加した。


「さ、茹で汁でかすかな塩気もつけたし、完成!」


 河原で拾った、ひび割れた皿に移してヴォルフへ持っていく。


「今日の分です」

「少ねぇな」


 ヴォルフはヘレンが差し出した皿をみて言った。


「冬が始まると野菜がない分、お肉の需要が高まりますからね〜。ジーニ君は使いますか?」

「今日は要らん」

「じゃあ午後は森に行ってきます」

「おう」


 ヴォルフから少しのお肉を貰い、路地で食べ始める。すると、ヴォルフが配った肉を貰った人たちがやってきて、ヘレンはしばらくおしゃべりを楽しんだ。


「じゃあ私は森に行くんで」


 会話を終えたヘレンは、森で山菜や薬草摘みに励んだ。


「冬に向けて薬を作りたいわ。救急セットもほしい」


 ──医療器具を作ったほうがいいかしら?ルードに頼む……いや、鍛冶屋よね。


 そんなことを悩みながら、まあまあの量を摘むと、ヘレンはヴォルフに渡した。


「よし、俺のものだな」


 ヴォルフが何かを預かると、誰も手出しが出来ない。


「お願いします。これは干していいですか?」

「おう。やっとけ」


 ヘレンは薬草置き場で、新しく薬草を干したり、乾いた薬草をしまった。


 すべてが終わると、ヘレンは寝床へ帰った。

 スラムの夜は早い。なにせ燃料がないので灯りが存在しない。


「いよいよ明日ね。エリヒオさん準備が早いわ」


 板の上に横になりながらヘレンはつぶやいた。

 明日はエリヒオの使者と会い、報酬を受け取るのだ。

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