私たちは記憶を操作されているそうです!?

 ヘレンとスラムに住む元神官のポーロは、突然現れた元聖女、今は魔女のオーギュスタに、教会が記憶を操作していると伝えられた。


「記憶を操作?」


 ヘレンはいぶかしげに繰り返した。


「そう。脱走した聖女がいたって知ったら、マネする子が出てくるでしょ?だから教会にいた聖女と神官は記憶を消されたのよ。

 つまりヘレンのこと」

「だから僕はオーギュスタのことを覚えているのか……」

「恐らくね。記憶についてあたしが不審に思ったのは、家族のことを思い出せないことだった。

 きっかけは加護を使って助けた子どもが、お母さんって泣いてたのよ」


 オーギュスタが話を続ける。


「お母さんが何なのか、あたしは分からなかった。でもお母さんがいないとあたしは産まれてないんだって。

 そこがすでにおかしいでしょ?あたしは十歳で教会に召されたの。普通、親の記憶があって当たり前でしょ?

 お母さんって人が何なのか、知ってて当たり前でしょ?」

「家族なんて……考えたことがなかった」


 ヘレンが呆然とつぶやく。


 ──自分自身が信じられない。現代日本の記憶もあるのに、今を生きる“私”の家族に一ミリも思いをせたことがないなんて!


「ヘレンだっけ?あんたは正しいよ。里心なんて邪魔だからね。教会に来てすぐの子どもたちから、今までの記憶を消す。

 そして、教会で働く奴らは家族なんてものを一切匂わせない」

「そうだ、聖女や神官が加護を与えるのは王都の民だけ。……家族が接触する可能性があるから、地方へ絶対に行かせない?」


 オーギュスタの言葉で気づいたポーロが推理する。


「あら、ポーロも意外と賢いじゃない。

 そうやって帰る場所を奪い、生活に必要な知識を与えず、教会を唯一無二の場所に仕立て上げるのよ」


 ポーロとオーギュスタの言葉は、今のヘレンには聞こえていない。ヘレンはぼんやりと足元を見ていた。


「ヘレン?大丈夫か?」


 ポーロが声をかける。オーギュスタはそっとヘレンを見ていた。


「私、私、七歳で教会に入ってから、一度もお母さんのことを考えたことがなかった……。

 私のお母さん、どんな人なの?お父さんは?妹や弟はいるの?私はどこで産まれたの?どんな風に育ったの?」


 ガクガクとヘレンの足が震える。ヘレンは立ってられなくて、しゃがみこんだ。


「私は誰?うっ……会いたい……。お、お母さんに会いたい。み、みんなに会いたい……。うぅ……ヒック、家に帰りたい……!」


 しゃっくりを上げて泣き出すヘレンを、オーギュスタが抱きしめた。今までの態度とはまったく違い、優しくヘレンの背中を撫でる。


「ヘレン、あたしもそうだった。でも大丈夫、必ず思い出せるわ。あたしは思い出したから」

「ヒック、ほ、本当?」

「えぇ。記憶を取り戻したいと思っていれば、ある日突然すべてを思い出すの」


 オーギュスタの言葉に、成り行きを見守っていたポーロが疑問を投げる。


「忘却の加護なのに思い出せるのか?」

「忘却の加護と言っているのは司教どもだけ。たぶん、本当は記憶封印の加護なんだと思う」


 オーギュスタはふわりとした意見を言った。


「なんだか信用できないなぁ」

「だって、この加護を持つのは口が聞けない老聖女ろうせいじょなんだもの」


 疑うポーロに、バツが悪そうな顔でオーギュスタは言った。


老聖女ろうせいじょ……」


 泣くのか落ち着いてきたヘレンは、よぼよぼのおばあちゃん聖女を思い出した。教会で口が聞けない人は、おばあちゃん聖女しかいない。


「みんな、あの人のこと大好きだったわ……。お菓子をこっそりくれたり、雷が怖い夜はみんなでおばあちゃん聖女のところに集まって寝たりした」

「僕も叱られて泣いてたときに励ましてもらった」


 ヘレンの言葉に、ポーロも昔を思い出して表情を柔らかくした。


「あたしもあるよ。たくさん励ましてもらって、抱きしめてもらった。あれがきっと、あたしたちの家族みたいな人だったんだろうね」


 オーギュスタも昔を懐かしむように話す。


「私たちは裏切られてきたのかしら」


 ──そう思わないといけないのはツラいわ。


「教会から離れた以上、僕たちには分からない。……今は記憶を解放することを考えよう」


 ポーロの意見にヘレンは頷いた。


「話は変わるけど、オーギュスタさんはどうしてスラムに?」


 陰気な空気を変えようとヘレンは話題を変えた。


「ヘレン、なんてことを……!」


 ポーロが顔を片手でおおい、空を仰ぐ。オーギュスタはなんだかウキウキだ。


「ヘ・レ・ンちゃん♡よくぞ聞いてくれました!あたしとヴォルフさんの愛の軌跡♡」


 ──しっぱいした。


「それで、生まれ故郷にたどり着きそうだったとき。あたしが乗った馬車か盗賊団に捕まった。絶体絶命だったわ。

 あたしの加護を使えば良かったけど、残念ながら恐怖で身体が動かなくて……」


 ヘレンは遠い目をしてオーギュスタの話を聞いていた。話がここまでたどり着くのにだいぶ時間がかかった。

 なぜなら教会から逃げようと考えた所から、話は始まったからだ。


 ポーロはいつの間にか逃げていた。


「その時!ヴォルフさん率いる盗賊団が、他の盗賊団の手柄を横取りしようと現れたの!あのワイルドなお姿……。一目で好きになったわ。それから…………」


 ヘレンはオーギュスタがいかにヴォルフに惚れているのか、日暮れまで聞くハメになった。

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