お礼をいただきました!魔女が現れました!?

 この国の大臣である貴族のエリヒオ。その息子であるアロンソが病に倒れ、なんとか死の淵から救ったヘレン。

 ようやくエリヒオからお礼をもらえるのだが?


「こんなに頂けません!」


 ヘレンはエリヒオが遣わした使者との話し合いで絶叫した。話し合いの内容はアロンソの治療費である。


 ──五年は遊んで暮らせる金額だわ……!


「旦那様はこれくらい安いものだと仰せです」


 エリヒオの使者は涼しい顔だ。


「い、いえ!あの……私、恥ずかしながら事情があってスラムに住んでいるのです。ですので、こんな大金を持ってることがバレたら殺されます」


 ──殺されなくても、また稼いでこいって言われたら死ぬ。あぁ……現代日本でこんな大金をもらえたら、高笑いして病院辞めたはずなのに……。


「スラムから出れば良いではないですか!」


 使者は驚いたように伝える。


「ごもっとも。でも私、元聖女だから世間知らずなんです。すぐに騙されて身ぐるみ剥がされます!」


 ──最低辺自慢なんて屈辱だわ……!でも、本当に街での暮らし方を知らないの!現代日本と同じかも分からないわ。


 ヘレンと使者の話し合いは平行線をたどった。ずっと話を聞いていたルードが提案する。


「少しだけ貰って、エリヒオに預けとけば?」


 ヘレンと使者がルードをみた。


「その手が……!」

「それよ!」

「お前ら馬鹿かよ」


 ルードはやれやれといったふうに二人をみた。


「では最初はおいくら必要でしょうか?」

「そう言われると悩みます。うーん……。絶対に欲しいのは布と、お塩と砂糖。あ、食べ物をスラムの人数分買わないと!」

「それだけですか!?」


 冷静だった使者があんぐりと口を開ける 。ハハハとヘレンはひきつった笑顔をみせた。


「笑っちゃうくらい、何もないんです」

「ま、まあ、砂糖は庶民には贅沢品ですが……。アロンソ様を救ったように酒や軟膏などは買われないのですか?」

「欲しいんですけど、スラムのボスに聞かないとあとが怖いので……」

「おいたわしや……」


 ヘレンは使者に同情の目で見られていた。





「お礼を貰うのも神経使うわ」


 ヘレンはルードと共に町からスラムへと歩いていた。


「スラムが特殊なんだよ。貰ったものは分け与える、抜け駆け厳禁。アホくさ。

 まあヴォルフは安心しただろうよ」

「話し合いのことを言ったら上機嫌だったわ。ヴォルフさん、余所者よそものが多くて苛立ってたから」

「……日雇いに知らない顔が増えてたな」

「ヴォルフさんは、スラムの人たちから給料の一部を貰ってたんだけど。他所よそから来た人たちが反発してて」


 ルードが眉をひそめた。ヘレンは慌ててフォローする。


「お金をもらうのは、まぁ、なんていうか、無理矢理だけど。そのお金でボロい建物を直す材料を買ったり、武器を買ってスラムの治安を守ったりしてるの。

 井戸を作った時の石積みも、そのお金を使ったらしいわ。

 だってみんな自分のお金を人のために使わないから」

「まるで村の運営だな」

「そう言われるとそうね。ヴォルフさんって何者かしら?」


 そう考えながらヘレンはスラムへ戻った。


 ──ん?なんだか空気がおかしい。


 いつものどんよりしたスラムになんだかウンザリした空気が追加してある。


「ついてくんなっつたろ!」


 ヴォルフの怒鳴り声がする。


「あぁん!強い男……。好き……!」


 ヴォルフにキャンキャンとうるさくつきまとっているのは女性だ。


 ──飲み屋のお姉さん?初めて見た人ね。


「おう、ヘレン!どうだった?」


 ヴォルフは女性を無視してヘレンに声をかけた。女性がヘレンをギッとにらむ。


「ヒッ!報酬の話し合いは無事に終わりました」

「いくらだ?」


 ヘレンは女性ににらまれながら、ヴォルフにおおよその金額を伝えた。


「でかしたぞ!それだけあれば充分だ!」

「あ、あのですね。本当はこの先のお話もありまして……。人がいないほうが良いんですけど……」


 ──金額はぼかすけど、エリヒオさんに預けているお金のことも話さないと……。こういうのって黙ってても、どこからかバレるから。


「ふーん。あたしがジャマだって言いたいの?」


 女性はトゲがある言い方でヘレンに噛みつく。


「ジャマというか、今後に関わることなので……」

「お前みたいな、訳分からん女に聞かせる話じゃねぇんだ。失せろ」

「なによ!あたしはこんな小娘よりも有能よ!」

「俺の邪魔をするヤツは全員無能だ」


 ヴォルフは有無を言わせない。


「……っ!ヴォルフさんのバカ!」


 涙目になった女性は、走ってどこかへ去った。ヘレンは訳が分からずぽかんとしている。


「よし、奥で話すぞ」

「……ハッ!はい」


 さっさと歩くヴォルフに置いていかれないように、ヘレンは小走りに着いていった。





「残りの金を、貴族に預けてるのか。約束を破るようなやつじゃねぇんだな?」

「ルードが弱みを握っているようで、ルードに弱いんです」

「本当にあいつは何なんだ?まあ、ここじゃ盗まれる金額なのは分かった。今年の冬支度が楽になるな」


 ヴォルフはホッとしていた。ヴォルフがヘレンの背中を軽く叩く。


「ヘレン、お前のおかげだ。自信持ってスラム中に自慢して歩け」

「はい!」


 ──ヴォルフさんに褒められるなんて、初めてよ!


 ヘレンはうきうきしながら、ヴォルフの元からスラムの通りへと戻ってきた。しかし、目の前にあの女性があらわれて気分がかなり下がる。


「ゲッ!」

「ゲッてなによ!ヴォルフさんはあんたみたいな小娘、相手にしないんだから!」


 ──子供みたいな負け惜しみ……!この人、美人なのに中身が子供っぽい!


 ヘレンがどうしようか悩んでいると、ポーロが遠くから走ってきた。


「聖女オーギュスタ!勝手をされては困ります!」

「あら、神官ポーロ。お久しぶりね。今は魔女のオーギュスタよ」


 ──こんな人、聖女にいたの?


 ヘレンは絶句した。まったく知らない顔だからだ。


「……聖女だったんですか?」

「そう。でも窮屈きゅうくつすぎて逃げちゃった♡」


 妖艶な笑みでヘレンをみるオーギュスタ。


 ──いちいちエロいわ!


「ヘレン、オーギュスタを知らないのか!?大聖女だぞ!?」


 ポーロがありえない、というふうにヘレンを見る。


 ──大聖女は分かるわ。筆頭聖女、回復聖女の次に偉いの聖女のことだもの。大聖女なら儀式のときに顔を知るはず……。


「……本当に分かりません」


 ヘレンは必死に記憶をたどるが、オーギュスタを教会で見た覚えがなかった。


「そりゃそうよ。ポーロはあたしの前に追放されたでしょ?筆頭聖女に色目使ったから」

「あれは冤罪めんざいだ!」


 ポーロが怒鳴る。オーギュスタは楽しそうに笑って、話を続けた。


「あたしが脱走した後、教会内の人間に忘却の加護が使われたのよ」


 オーギュスタはまっすぐにヘレンを見ていた。


「忘却の加護?」

「私に忘却の加護が……?」


 ヘレンとポーロは顔を見合わせた。


「あんた達まだ分かんないの?教会は都合よく記憶を操作してんのよ」

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