ルード編です!東の領主と成り上がりたい盗賊

 ヘレンが地下空間にびっくりしている頃、ルードは加護で東の領土へと転移していた。

 堅牢な要塞とも言える、武骨な城。その城にピッタリの飾り気のない応接室にルードはいた。


「殿下」


 上等な服を着た男がルードを呼んだ。


「待たせたな。武具の調達ご苦労。王都のスラムも人が増えだしたようだな」


 ルードが労ると、男はルードの足元に膝をつく。


「はい。我がイステール領の兵は、不備なくスラムへ侵入出来ております」


 ──東の領土イステールの領主。反国王派かつ、俺の支持者。不慮ふりょの事故で死んだことにされた俺を、探しつづけた酔狂者すいきょうものめ。


「スラムにはスラムのルールがある。それを無視して、元からいるスラムの民と揉め事を起こすなよ」

「はい。肝に銘じます」

「それと、スラムのボスのことだ。名前をヴォルフという。“黒き鉄槌”という盗賊団の頭だった男だ」


 ルードの言葉に男が顔色を変える。


「“黒き鉄槌”のヴォルフ!かつて国中に悪名をとどろかせた盗賊頭!

 そのような者がスラムを統べるとは!」


 ──……知らなかったのか。まあ、よくある名前だが。


「あいつは俺の協力者だ。お前らもヴォルフと手を組め。場合によってはヴォルフの下で動くことも出てくるだろう」

「そんな大悪党に、我らの気高き兵たちを使わせろと!?」


 男がありえないと叫ぶ。


「奇襲や遊撃はヴォルフのほうが慣れている。逆に統率の取れた動きは、お前の兵のほうが優れているだろう。どちらも必要だ」

「……どのような手も選ばない、とおっしゃるのですね」

「正しくは選べない、だがな。加護持ちを王が独占している以上、こちらは必ず苦戦する」


 深刻な顔で男は黙った。己がどれだけの危険を犯しているのか、改めて感じたのだろう。

 しかし、すぐに決意を固めなおした。


「我々は同じ敵を倒す友。分かりました。従いましょう」

「話が早くて助かる」

「我らとて、後がありません。一昨年の魔物大量発生スタンピードで、イステールは大打撃を受けました。

 未だにその被害から立ち直れずにおります。

 しかし王は聖女も神官も派遣しない。あの王が即位してからずっと、王都以外は存在しないような扱いです」


 男は苦しむ民を思ったのだろう、ギリッと唇を噛んだ。


「苦労したな。同じ王族として申し訳ない」

「殿下は関係ございません。あなたは狂王の被害者だ」

「……お前、俺を大好きだな」


 ルードは苦笑した。


「あなたを産んだ聖女は、私の姉です。甥を可愛がるのは当たり前でしょう」


 ルードは目を見開く。言葉を出せないほど衝撃をうけているルードに、領主は笑った。


「ああ、そういう顔は姉にそっくりですね」





「おい。スラムに来たあいつらをどうにかしろ。ヤンがそろそろ手を出すぞ」


 屠殺場とさつばで休憩中のルードを見つけたヴォルフが、会って早々苦言をていした。

 ルードがイステールから戻って、数日経っている。


「東の出稼ぎどもだろ?この間、俺も東のボスに会って話してきた。一筆もらってきたから、出稼ぎどものリーダーに渡してある」

「ルード、東の領地まで馬で一ヶ月以上かかるんだぞ?会ってきたって……訳分かんねぇな」

「コネがあるんだ」


 ──そのコネは加護って言うんだけどな。


「そうか。スラムにいるなら俺に従ってもらわねぇと困る。連中の荷物も誰が隠してやってると思ってんだか」


 ヴォルフは思い出したのか不機嫌になった。


「悪いな。これでも感謝してるんだ。後でメシでも奢るぜ?」

「悪いがメシは間に合ってんだ。酒をよこせ」

「高い方取りやがって……。分かった」


 苦々しげなルードにヴォルフの気分が良くなった。ヴォルフはルードと肩を組み、顔を近づけた。

 潔癖症のルードは、必死にヴォルフから離れようとする。だが、ヴォルフはビクともしない。


「お前は俺の不満を見抜いて話しかけたときからヤベェやつだよ」

「……」


 ──知らないものはいないほどの盗賊団を築きながら、ヴォルフはまだ己の能力を発揮できないと不満をいだいていた。


「俺は王になりてぇと思って生きていた。全てを得て、高みから見下ろせば満足すると思った」


 ヴォルフはルードにしか聞こえないように小声で話す。


「だがルード、お前に会って俺は思い知った。お前以上に王にふさわしい奴はいねぇ」

「熊みてぇなツラのくせに……」


 距離の近いヴォルフから逃れたいルードは、かろうじてそれだけ言った。ヴォルフは気にせずルードに凄む。


「ルード、約束を破るんじゃねぇぞ?俺は王になるのは諦めたが、一国一城の主になることは諦めてねぇ」

「あぁ。デカい領土を治める主にしてやる」

「その言葉を忘れるなよ」


 ヴォルフはようやくルードを解放すると、さっさとどこかへ行った。


 ──ヴォルフの体温や体臭がする……。吐きそうだ。


「ルードヴィグ、身体を清めろ」

『御意』


 ルードヴィグで清めてもらってから、ようやくルードは深呼吸した。


 ──ヴォルフ臭すぎだろう。

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