何もかも足りなくていっそ笑えます※血圧測定の記載を変更しました。

 ヘレンはどんどん処置を進めていく。


「血圧を測らなきゃ。幅が十センチくらいの布はある?腕を締めたいの」

「締めるんですか!?」


 ヘレンの言葉に侍女がおどろく。傷口に棒をつっこむような人に言われたら、またアロンソが痛みを感じる行為を行うのかとドキドキしているのだ。


「痛いことはしないわ。血の巡りの強さをみるの」


 ヘレンは布で締めた腕に筒を当てて、布を緩める。しばらく血流の音を聴くために耳を筒にあてる。


「音が聴こえない」


 ──まあ、正しい方法じゃないけど。でもまったく聴こえない。


 すぐに首、手首、足のつけねで脈を取れるか確認する。


「こっちも感じられない。血圧が下がってる」


 ──一刻も早く輸液を投与しなくちゃ。


「ご注文のお品物が上がりました」

「ありがとう!……でっか!」

「なんだよ。俺が持ってきたものに文句があんのか?鳥の羽の両端を切ったやつだろ?ジーニでお前が調べたやつだぞ?」

「いや、物は完璧よ。ただ私の想像を超えていただけ」


 ──これ何ゲージ?太すぎて血管に入らない!瓶に刺す方に使おう。


「ルード、お願いが……」

「なんだよ、小声で」


 何かを感づいたのか、ルードも小声で応える。


「血管に塩水を入れたいんだけど、細くて丈夫な管がないの」

「鳥の羽は?」

「見たけど、アロンソさんの血管には無理だった」

「チッ!他は?」

「塩水に体に悪さする何かを殺す何かを入れて」


 ヘレンの言葉に、ルードは難色を示した。


「俺が治したってばれないか?」

「細菌を殺したところで、元気になるのはその人の元気しだいよ」

(ジーニ君豆知識:基本的に抗菌薬こうきんやくや薬は治すのを手助けするだけだよ!)

「元気しだいって……。アロンソが死んだらどうする」

「その時はルードが少しずつ回復させたらいいのよ」

「結局それかよ。分かった。管はカートを見ろ」


 ルードが、羽でできた管やガラス瓶を載せたカートを顎でしゃくった。


 ──本当に便利な加護だわ。教会にばれると確実に軟禁されるわね。


「わ、ちゃんと刺せるように出来てる!」


 ヘレンはさっそく輸液の準備をしようとして、……固まった。


「あああぁ!チューブを忘れてた!腸詰の皮だけってあるかしら?」

「確認します!」


 ──そしてこれをどうやって組み合わせよう……?


 ヘレンは石鹸で手洗いをして、お酒で手を消毒した。


「慎重だな。俺好みだ」

「ルードは潔癖症なだけでしょ!」


 ヘレンはちょっかいをかけるルードを流しつつ、ガラス瓶のコルクに鳥の管を突き刺した。


 ──う!コルクが入った。……しょうがない。あくまで現代医療の真似事だわ。


「ありました!」

「沸騰してある?」

「はい!なぜか知らないけど準備していたそうです!」


 嬉しそうに侍女が言った。


 ──ルードのしわざね。


 ヘレンは腸詰め用の腸を鳥の管につけてヒモで縛った。

 そしてもう片方をルードが出した管に取り付けた。


「固定出来てるのかしら?液が漏れるとか嫌なんだけど」


 輸液セットは完成したが、心もとない姿にヘレンは不安になった。


「大丈夫だろ」


 ルードが気楽にいった。


 ──ルードがいないと本当に処置とか無理だわ。


「じゃあ、足元の方に輸液セットを吊るして……。そう。瓶に液体を入れるから私の手が届く範囲にお願い」


 こうして、底の部分を切り取ったガラス瓶を、羽から作った管と腸詰め用の腸でつなげた、簡易の輸液セットが完成した。

 ヘレンが液体を注ぎ、ルードに作ってもらった針から問題なく流れるかをテストする。


「勢いがホースみたい。腸を少ししばらないと」


 こうして調整したあと、刺すためにアロンソの腕を伸ばした。

 アロンソの腕をお酒で消毒し、ヘレンは自分の指先で血管を探る。


「やっぱり騎士は鍛えてるわ~。血管が浮き出てる!あぁ、この弾力!懐かしい~!!」

「お前……」


 ルードをはじめとする部屋の全員が、ヘレンを白い目で見た。


「うるさいな、血管好きなの!アロンソさん、チクっとしますよ」


 ゆっくりと針を刺す。


 ──血液の逆流はない。赤みや腫れもいまのところ大丈夫。


 針が固定されるように細い布で巻いた。


「アロンソさん、針が刺さったところが痛いとか、しびれたりとかしてません?」

「針を刺したときだけお顔をしかめられました」

「じゃあ違和感はなさそうね。お布団を戻しましょう」

「かしこまりました。アロンソ様、布団をかぶせます」

「しばらく様子見ね。この間にクッションや枕を何個か持ってきて」

「ヘレン様がお休みなさりますか?」


 従僕じゅうぼくが部屋のすみに追いやられた長椅子をみて言った。


「いいえ。アロンソさんの床ずれ予防に使うわ。ずっと寝ているとお尻とかの皮膚がただれてくるの」

「ヘレン様はよくご存じですね」

「加護のおかげよ」


 ──あとは前世の記憶ですけど。


「これからメモを取らなきゃいけないから、アロンソさんを誰か見てて」

「ヘレン様!もう朝です!お休みなさらないと倒れますよ!」


 まだ動こうとするヘレンを、いつからいたのか、執事が止めはじめた。


「え?そっか夜中に来たんだった。夜勤は慣れてるから平気よ」

「しかし!」

「取り合えず今日やったことと、今の状況を書いたら寝ます。書いておかないと、治ってきているのか分かりにくくなるので」

「我々が書きますのに……」

「傷とか輸液のこと以外はお願いするわ。おしっこが出たら量や色を書いてくれる?うんちも同じ。血が混じっているとか、そういうのがあると教えて」


 そうして、ヘレンが患者の記録を終えたのは屋敷の中が賑わうお昼前だった。

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