患部を洗浄します!敗血症疑いのなので点滴も作りましょう!

 ヘレンは魔物討伐でケガをした貴族の息子を治療することになった。


「貴族って良いわ〜」


 潤沢なお湯と布に、ヘレンは満足げだ。


「患部の洗浄、あとは……」


 ヘレンはそこで言葉を切った。


 ──抗菌薬こうきんやくはさすがにつくれないわ。

(ジーニ君豆知識:抗菌薬は化学的につくられた薬だよ!細菌が増えるのをおさえたり、菌を殺す効果があるよ!

 ちなみに抗菌薬のくくりに、抗生剤は含まれるよ!)


「あとは何か必要ですか?」


 エリヒオがヘレンに声をかけた。


「恐らく敗血症はいけつしょうだから、点滴が必要なんだけど……」


 その場の全員がヘレンの言葉を理解できなかった。


「それはおいといて。おそらく、治ったはずのキズが化膿かのうして、細菌感染を起こしたんだと思う。

 全身に感染症が広がった状態だわ。こうなると一刻を争う事態よ」


 ──重症化してるか、重症化一歩手前ね。


「アロンソさん、また布団を取りますね」


 ヘレンはアロンソの布団を全てどけた。


「こ、これは……!」


 エリヒオが言葉を失う。


「前に見たときは綺麗だったのに……どうしてこんな……!」


 ──傷口を清潔に保つことを知らないのね。

 魔物討伐で即席の治療をしたんだろうけど、生活は劣悪な環境での野宿だろうし、抵抗力が下がったのかも。


「とにかく傷口を洗いましょう。布をアロンソさんの体の下に当てて」


 エリヒオに借りた侍女たちに手伝ってもらいながらヘレンは指示を出した。


「縫っている糸を刃物で切りたいわ。あ、アロンソさんに触ったあとは、こっちの石鹸で手を洗って」


 いくつもの桶やたらいに水を張っている。ヘレンは湯冷ましを布に含ませて、傷口をぬぐっていく。

 赤く腫れた傷口にまとわりついた、緑や黄色い色のうみが取れていくとすこし傷口がスッキリした。


「傷の深さが知りたいわ。

 ねえ、調理場から金串かなぐしを借りてきて。お湯で消毒してから、清潔な布にくるんでね」


 ──煮沸消毒を教えてよかった。自分で煮炊きするほうが確実だけど……。

 アロンソさんは慕われてるのね。みんなが協力してくれる。


「アロンソさん、痛いですか?だいぶキレイになりましたよ」


 ──少ししかめた。染みてるのかな?


「アロンソさん、染みますか?」


 ──うーん。うなずいた、かも?


「ヘレンさん、どうしてそんなにお声掛けを?」


 不思議に思った侍女がたずねてくる。


「いきなり触ったりすると、びっくりしちゃうじゃないですか。あと反応をみているんです。

 体を拭いたときと、拭かないときで顔色が変わったかな?とか痛そうだったらやり方を変えた方がいいし。

 まあ、我慢してもらわないとダメなこともありますけど」


 ──経験で行ってるから説明するの難しい。


「ある程度とれたわね。これは毎日行います。

 あとは泡立てた石鹸で、傷周りの皮膚を洗いましょう」

「染みませんか!?」

「清潔にしないとダメなの。あと、アルコール度数が高いお酒はある?

 消毒代わりに傷口に塗りたいの」

(ジーニ君豆知識:基本的に、傷口は流水で洗浄すればオッケーだよ!

 汚いと感じたらボディーソープや石鹸を泡立てて、優しく泡を乗せるようにして洗ってね!

 今回は化膿かのうしていたので消毒まで行ったんだ!)


金串かなぐしをお持ちしました」


 食事を運ぶカートに、ハサミと十本ほどの金串かなぐしが乗っている。


「こんなに!ありがとう!」


 ヘレンは縫合してある糸を切り、除去していく。

 そして、金串かなぐしの尖っている方を手に持ち、本来ならば持ち手になる方を傷口に当てる。


「アロンソさん、傷口の深さを調べますね。痛かったら言ってください」


 金串かなぐしを、ゆっくりと傷口に差し込んでいく。


「いっ!ゔぁあ!」


 痛みにアロンソが暴れる。侍女と従僕がもがくアロンソを抑えた。

 アロンソは目を見開いてヘレンを見ていた。


 ──麻酔なしはやっぱりきついわね。本当に申し訳ない。


「アロンソさん、ごめんね。でも傷口の深さが分かりましたよ」


 金串かなぐしを観察すると、一センチほど入ったようだ。


「約五センチの切創せっそう、深さは一センチ。内部は浸出液しんしゅつえき。中はんでないんだ」


 冷静に事象を読み取るヘレンを、周りの人間はバケモノを見る目で見ていた。


「え?あ、あの、私、新人の頃にオペ配属で、ERも経験してるんで……聖女よりもこっちが慣れてるっていうか……ははは」


「人の傷口に棒をつっこむとか頭おかしいだろ」

「わ!びっくりした!」


 突然現れたルードに、ヘレンはビクリとした。


「ヴォルフにはヘレンを借りると言ってきた。あと頼まれたやつ」


 ルードは細長い筒と、細い透明の管、ガラス瓶の底を切り取ったものを持ってきた。


「ありがとう!素材は?」

「筒は植物。管はにわとりの羽、ガラス瓶は見たまま」


 ──煮沸消毒に耐えられるかな?それ以上の消毒剤が得られないから大変。


「とりあえず管と瓶を調理場で炊いて。管のなかに水が溜まると思うから、必ず振って出してね。

 あと、1リットルの水に9グラムの塩を入れたものを沸騰させてから、冷まして持ってきて」


 ──リンゲル液がないから、とりあえず生理食塩水を投与しよう。あとは血圧測定。と、その前に……。


「お酒持ってきた?」

「ここに」


 侍女が琥珀色の酒が入った瓶を持ってきた。


「蜂蜜酒?ブランデー?」

「ブランデーです」

「ありがとう。布に含ませて傷口に塗りましょう」

「はい」

「その後は……。使用人が使う軟膏があるんだっけ?それを塗って。

 あとは布をあてて様子を見ましょう」

「対魔物用の麻痺薬はいるか?」


 ルードが提案した。


 ──冒険者ギルドなら薬があるのね。たしか素材がほしい魔女と提携してるんだっけ?


「薬は異常に耐えられないと思うから要らないわ。回復薬は欲しいけど……」

「回復薬はいつも売り切れだ」

「みんな欲しがるわよね〜」


 ヘレンは気を取り直して、アロンソの治療に専念した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る