創部感染症 ※皮膚の汚染描写有り

 ルードは自分を尾行した男に会いに行った。そこで男の息子が病にせっていると知った。


「で、私が適任だと思ったのね」


 ヘレンはいつものように、売れ残りの肉を貰いに来ていた。呼び止めたルードは悪びれもせずに話す。


「聖女どもの機嫌を損ねたアホからがっぽり儲けられるぞ。金があれば手洗い運動に使えるんじゃねぇの?」

「うっ!?たしかに……」


 ──肉をダシに手を洗わせるのも、無理が出てきたのよね。そもそも、お肉はヴォルフさんが交渉して貰えるようになったらしいし。


「金があれば、食い物で釣れるぞ。布も買えるから灰で洗濯もできるぞ」


 ルードはヘレンを誘惑する。


「ううう……。なんて魅力的……!」

「王に会うにはツテがいる。恩を売っとけ」

「分かった!頑張る!」


 ルードの最後の言葉に陥落かんらくしたヘレンは、貴族に会うことを了承した。


 その夜、ヘレンはスラムの入り口でルードを待った。

あらわれたルードは、スラムから漂う臭いに驚いていた。ヘレンが胸を張る。


「臭いが変わったな」

「やっぱり?道でトイレをする人がいなくなったら、全然違うの!」

「その調子でこっちも頼むぜ。ルードヴィグ」

『御意』

「え?」


 ヘレンとルードの足元に、黒い紋様があらわれて二人を移動させた。


「ここだ」


 ルードは当たり前のように、アロンソが眠る寝室へと移動した。突然の転移にヘレンはしばらく固まった。


「びっっくりした〜。ちょっといきなり過ぎる!」

「静かにしろ。病人の前だ」

「ダイレクトに連れてこないでよ。私、汚いのよ」


 ヘレンは慌てる。スラムに捨てられてから風呂にはまったく入っていない。数日前に井戸は出来たが、体を拭く布が無いので何もできなかった。


「……ルードヴィグ」

『御意』


 ヘレンがルードヴィグに包まれる。しゅぅぅうと煙がのぼる。次にあらわれたヘレンは、ぴかぴかのサラサラだった。


「うわ、便利すぎ……。こんなことができるならあんたが治療しなさいよ。出来るでしょ?」

「噂になってみろ。それこそ教会や王宮がでてきてメンドウなことになるぞ」

「そっか。便利すぎて不便ね」


「さっさとはじめるぞ」

「この人の名前は?」

「アロンソ。騎士だ。魔物討伐でケガをした。ケガは治ったらしいが、弱り始めてこうなったんだと」

「ケガねぇ。ルード、メモを取りたいから書くものを出して。」


 ヘレンは考えながら、アロンソの腕を取る。


「アロンソさん、腕を触りますね〜。脈を測ります。ルード、時計ってある?」


 ──声かけに反応がない。意識は無いと考えたほうが良さそう。


「あそこ」


 ルードが指をさすと、置き時計があった。


「ありがと」


 ヘレンは時計をみながら脈を測る。


 ──この時代の時計って、正確なのか分からないなぁ。


「脈が速い。呼吸も速いわね。汗もかいてたのかしら?」


 ヘレンは枕元のタオルをみて言った。


 ──嫌な予感がする。


「アロンソさん、傷口を見せてください。おお布団どかしますね。ヒッ!」


 ヘレンはアロンソの体をみて絶句した。


「こりゃひどい。誰も変だと思わなかったのか?」


 覗き込んだルードも顔をしかめた。


 アロンソの身体は異臭がした。傷口は脇腹らしい。布が丁寧に当ててある。だが布を替えていないのか、うみが染み出ている。


うみの臭いね。いつから放っておいたのかしら」

「“ケガは治ったはず”って何をみたんだ?」


 ルードは頭をひねった。


「さあ?おそらくんだケガによる感染症ね。絶対じゃないけどそんな気がする」


 ──CTが取りたい!血液検査が出来ないのはつらいわ。輸液が欲しい。


 ルードに出してもらった筆記用具に、必要だと思うものを書いていく。

 もくもくと書き続けていると、突然ドアが開いた。


「誰だ!ここでなにをしている!」

「遅いぞ、エリヒオ」


 飛び込んできたエリヒオは、ルードをみて目を丸くした。

 ヘレンはヘレンで、いきなりあらわれた男に驚いている。


「病気に詳しい知り合いだ。ヘレンという。ヘレン、アロンソの父親でエリヒオだ」

「エリヒオさん。よろしくお願いします」


 ヘレンは頭を下げた。


「あ、あぁ。ルード様から話は聞いている。連絡もせずに連れてくるとは思わなかったが……」


 エリヒオはルードを非難した。


「悪い悪い、ヘレンはスラムに追放された元聖女なんだ。先にいうとお前は嫌がるだろう?」

「今の私はどこの誰など関係ありません。アロンソが元気になってくれれば、どんなことでも受け入れます」

「そりゃありがたい。……変なやつにつけこまれるなよ?」


 わらにもすがる勢いのエリヒオに、ルードは苦笑いだった。


「お話は終わりました?エリヒオさん、欲しいものがあるんです」

「ヘレン様!何なりとお申しつけ下さい!」


 ──圧がすごい……!逆にやりやすいかも!


「まずは大量のお湯と傷口に当てる布、ハサミを下さい。夜なので、私が厨房を借りれると嬉しいです」

「いやいや!ヘレン様のお手をわずらわせるなんて、とんでもない!」


 エリヒオはすぐさま扉の外に待機していた従僕じゅうぼくに命じた。


 ──貴族って楽ちんね!


「さあ、はじめるわよ!」

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