ルード編です。王宮潜入と変なおっさんと病人

 ヘレンがあっという間に出来た井戸に、複雑な感情を抱いている頃、ルードは王都の貴族街上空を飛んでいた。

 とっぷりと夜が深まるこの時間、起きているのは泥棒や護衛たちだけだろう。そもそも加護の力で、ルードがいることは誰にも気づかれない。


 ルードは王宮へとたどり着いた。


 ──相変わらず趣味が悪い……。


 真昼のように明るい王宮は、金色に輝いていた。

 ルードが忍び込んだ部屋も、誰もいないにも関わらず明るい。大きな王の肖像画が、デカデカと飾られている。


 ──髭面のハゲめ。


 ルードは肖像画をにらんで、部屋を出た。


 何人もの人間とすれ違うが、誰もルードに気づかない。正面から聖女の一団があらわれた。


 ──筆頭聖女ヘルトルーディスか。


 黄金の豊かな髪をなびかせながら歩く、ヘルトルーディスは不機嫌そうだ。


「どうして私があんなブサイクを回復させなければならないの!?」

「ヘルトルーディス様、お鎮まりくださいませ」


 後ろの侍女がヘルトルーディスをなだめる。


「お黙り!!」


 振り返ったヘルトルーディスは、侍女を平手打ちした。


「きゃっ!」


 倒れ込んだ侍女をヘルトルーディスは蹴りつける。

「このわたくしに指図しているの!? わたくしは王の娘であり、この国一番の聖女よ!

 お前ごときが話しかけていい存在ではないの!」

「ぐっ!もうし、申し訳あり、ガハッ!」


 侍女が謝ろうとするが、ヘルトルーディスは容赦なく顔面を蹴り上げる。周りの侍女や聖女は、小さくなってその光景を見つめていた。


 ──止めたいが、バレるとまずい。


 しばらく侍女を蹴りつづけたヘルトルーディスは、ようやくスッキリしたのか蹴るのをやめた。


「あははは!いい顔。あなたはそれぐらい崩れた顔が似合うわ!」

「うぅ……」


 倒れたままの侍女は、うめきながら目をおさえていた。おそらく目が潰れてしまったのだろう。

 不自然に歪んだ鼻や口から血を流し、腫れ上がった頬に大きなあざができている。床に落ちているのは折れた歯だろう。


「お前たちもああなりたくなかったら、大人しくわたくしに従いなさい」


 ヘルトルーディスは、周りの侍女と聖女を見回して言い放った。

 慌てて頭を下げる下僕たちに気分を良くしたのか、ヘルトルーディスは歩きはじめる。


 蹴られた侍女を置いて、ヘルトルーディスの一団は去っていった。


 ──俺が消えてから産まれた妹とはいえ、胸糞悪い女だ。それにしても、王そっくりの残酷さを持ったもんだな。


 ルードはうめく侍女に近づいた。


「治せ」

『御意』


 ルードの影から伸びたルードヴィグが、侍女をくるむ。

 しゅぅぅうと煙が出たあと、ルードヴィグが侍女から離れた。

 侍女がぼんやりとした顔で虚空を見つめる。ケガはすっかり治っていて、さきほどの痛々しい姿は幻だったかのようだ。


「そうか、姿を隠したままだったな。さっきの部屋に飛ばせ」

『御意』


 ルードと侍女はさきほどの趣味が悪い、肖像画の部屋にいた。


「無事か?」


 突然あらわれたルードに、侍女は叫ぼうとした。すぐにルードヴィグが、影を伸ばして侍女の口をふさぐ。


「悪いな。王宮見学に来た侵入者なんだ」


 こくこくと頷く侍女。


「お前、勤めて日が浅いようだ。このままここで働くか?」


 ルードの言葉に侍女は顔が真っ白になった。さきほどの恐怖を思い出したのだろう。


「親元に送ってやろうか?」


 ルードの言葉に、侍女は泣き出す。侍女の口をふさいだ影がするりと解けた。


「か、帰りたい……わ、私、こんなところだと思ってなくて……」


 ヒックヒックと喉を鳴らして泣く侍女を、ルードは頭をかいて見つめた。


「チッ。泣かれると、どうしていいか分からねぇ。ルードヴィグ、親元に送れ」

『御意』


 侍女の足元に、真っ黒の不思議な紋様があらわれた。


「親元に帰ったら、後は自分でどうにかしろよ」

「は、はい。助けてくださってありがとうございます……」


──王宮で働いてるんだ。おそらく貴族の娘だろう。行儀見習いで地獄を見たのは不運だったな。


 まだショックが抜けないのかぎこちなく微笑んだ侍女を、真っ黒の紋様が伸びて包んだ。

 侍女が消えた虚空をみて、ルードは呆れたように声を出した。


「毎回ここにくると無駄に時間がかかる。王を見るのは後日だ。

 ルードヴィグ、この間の男の屋敷へ行け」

『御意』


 この間、平民街の路地でルードを追ってきた壮年の男。


 ──偉そうな奴だった。おそらく、国政をになう貴族だろう。


『ここです』

「でかい屋敷だ」


 門野前に着地したルードは、大きな屋敷を見上げた。


 ──何となく覚えがある。もしかして、子供のころに来たことがあるのか?


 うっすらと感じる懐かしさを、ルードは頭の中から追い出した。


「あいつのところへ飛ばせ」

『御意』


 ふわっと風が起こり、門の前にいたルードは姿を消した。



 ほの暗い部屋。寝室なのか、大きなベットがある。


 ──寝てるのか。


 ルードがぐるりと見回せば、ベッドに寄り添う壮年の男と、ベッドに寝ている顔色が悪い青年がいた。


 ──寝ているほうは俺と同じくらいの若さだ。しかし、やつれ方が酷い。これは長くないぞ。


「おい、エリヒオ・カルレオン」

「!?」


 突然名前を呼ばれて、エリヒオははじけるように辺りを見回した。


「……!殿下!」

「だから、俺はただのルードだ」

「ルード様……どうしてここが?」


 突然あらわれたルードに、エリヒオはパニックのようだ。


「調べた。お前は国土を管理する職についた大臣なんだな。それで、東の辺境伯と通じて俺のことを知った」


 ルードは淡々と述べると、エリヒオは頭を垂れた。


「そのとおりです。前々から王都以外をないがしろになさる陛下に、疑問を抱いていました。

 王都は地方に支えられて存在する都です。地方の治水など必要ないとおっしゃるお姿は、私には受け入れられません」

「なるほど、お前は真面目だな。地方の陳情ちんじょうを、何とか通そうと努力したがことごとくダメだったと」

「はい。いさめようとする私を、陛下はうとんじられ……」

「それで、息子の治療を拒否されるに至ったってわけだ」

「…………はい。破産するほどの金を積んでも、カルレオン家の治療は行えないと……」


 エリヒオは悔しそうに唇を噛んだ。ルードはベッドへ近づき、覗き込んだ。


「なんか知ってる気がする」


 ベッドに眠る男を見て、ルードはつぶやいた。


「アロンソを覚えていらっしゃるのですね。昔はルード様とよく遊んでいましたよ。

 この屋敷にもルード様は、遊びに来られていました。覚えていますか?」

「うーん」


 ルードは首を傾げたが、それ以上は思い出せない。


「悪い、覚えてない。それよりも何で寝込んでいる?」

「アロンソは騎士をしておりまして……。魔物討伐に出た際にケガをしたのです。

 ケガは治ったはずですが、どんどん弱っていき……」


 エリヒオは次第に声を震わせていき、ついには顔をふせてしまった。


「魔物の呪いか?」

「……分かりません……」

「俺のツテに詳しいやつがいる。そいつを連れてこよう」


 ルードはニヤリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る