井戸を掘りました!あっけなく出来て納得いきません!

 ヘレンは、とうとう洗剤での手洗いという悲願をなしとげた。


「はい!そこ!手を洗ってないでしょう!?」

「クソ!バレた」

「お肉抜きと手洗いどっちが良い!?」

「肉係だからって調子に乗りやがって!」

「分かった!肉抜きね!」

「チクショー」


 ヘレンは、手洗いを習慣にさせようと頑張っている。

 最初はトイレの前で見張っていたが、気持ち悪いと怒られてしまった。

 そこで食事前には必ず手洗いをするようにした。そうして強制的に手を洗わせることに成功した。


「はあ!最高っ!」


 ──ようやく「その手、絶対に汚いでしょ?」って思うのから解放されたわ!


 ヘレンは鼻歌を歌いながら、手桶や、ソープナッツを入れた洗浄用のお椀を洗った。

 ヘレンの行動は、奇行としてスラムの人間に噂されている。しかしヘレンは、それを不名誉なことだとは思わなかった。


 ──変人でいいわ!それで私の衛生観念が守れるなら安いものよ!


「おい、ヘレン。お前の手洗いに反発が起きている」


 ヴォルフがそういって苦言をていしてきた。


「え?まだ一日しか経ってないですよ?」


 ──やっぱりね〜。言われると思ってたわ。


「並ぶのが嫌だ、時間がかかる、新入りが生意気言うな、だとよ」

「そこはヴォルフさん。お願いします!」


 ヘレンは両手を組んで、ヴォルフを見上げた。ヴォルフが顔をしかめる。


「あぁ〜?」

「手洗いの効果が出るまで、時間がかかるんです!」


 ──効果というか習慣だけど……。そもそも手洗いとか、予防での健康効果は分かりにくいのよねー。


「効果はいつ出る?」

「一ヶ月はかかります」


 ──とりあえず適当に、長めに言っておこう!


「一ヶ月!?」


 ヴォルフは大きな声で聞き返した。


「うっ!うるさいです。ヴォルフさん……」

「そんなにかかるのか!?嘘だろう?」


 ──ははーん。何回か手を洗えば、それでオッケーって思ってた?


「お腹が痛くなる菌は、手で触るところ全てにいると思ってください。菌を防ぐには、毎回の手洗いが絶対です」


 ヘレンは看護師としての顔で、ヴォルフへ伝える。ヴォルフは顔を手で隠し、ため息をついた。

 ヴォルフは、ヘレンがこうなったら折れないと分かっているのだ。


「水はどうする?冬になると雨が減るぞ?」

「そこなんですよね。井戸を掘れたらいいんですけど……」


 ヴォルフはそこでニヤッと笑った。


「ヘレン、ようやく加護を使う機会がやってきたぞ」




 ヴォルフの命令でヘレンとポーロは、とある廃墟の中に呼び出された。


「ここに井戸をつくる」

「建物のなかに?」


 ヘレンは首を傾げた。


「そうだ。役人どもにバレるとうるさい」

「なるほど。そこで僕の出番ですね」


 ポーロは胸を張ってドヤ顔で言った。


「予定だがな。このスラムは町をつくる予定で頓挫とんざした場所だ。水脈は絶対にある。だが、川の水が入ってくるかもしれねぇ。

 だから試しに掘ってみるんだ」

「ヴォルフさんって、そういうところ頭良いですね!」


 ──顔は熊みたいだけど。


 ヘレンが素直に感心すると、ヴォルフは機嫌良く笑った。


「がっはっは!当たり前だろ?」

「ボス、行きますよ!」


 ポーロが加護で穴を掘る。人が一人入るくらいのへこみが出来た。ポーロは更に深く深く掘っていく。


「ぐっ!地盤が固い……!」

「水の気配はあるか?」


 ヴォルフがポーロに声をかける。


「ありません。うっ」


 固い地盤を掘るのは大変らしい。ポーロの顔が、みるみる険しくなっていく。

 汗をにじませ、体をこわばらせながら、ポーロは力を注いでいた。


「この手応えは……水?」


 急にポーロの体から力が抜ける。


「なんだと!?」

「嘘!」


 ブシュッ!


 破裂音とともに大量の水があふれる。


「わ!キレイなお水だわ!」

「ちくしょう!溢れてきた。ポーロ!どうにかしろ!」

「は、はい!」


 ポーロは水が湧き出る穴を中心に、さらに穴を掘り、四角の池をつくった。

 少しずつ水が貯まっていく。


「最初の勢いが無くなってきたわ」

「落ち着いてきたんだろう。良かった」


 ポーロは一息ついた。ヴォルフに余計なことで目をつけられたくないのだ。


「ヘレン、これは井戸として使えるか調べろ」

「ジーニ君!飲み水にできるかしら?」

『掘った深さによるよ!』

「ジーニ君、当たり前のことを言わないで」

「おそらく、岩を貫いたから、かなり深くまで掘ったよ」


 ポーロが補足してくれた。


『だったら大丈夫だよ!地下には、水を通す地層と通さない地層があるよ!

 浅い地層の地下水は川の水が混じっているよ!

 でも岩や泥で出来た、水が通らない地層の下に流れる地下水は汚染されいる可能性は少ないよ!』


 ──百パーセントじゃないのよね。現代日本みたいにカルキも無いし……。


「ジーニ君、確認する方法はある?」

『臭いや味、見た目で判断するよ!それ以外は薬品を使うよ!』

「薬品は無理ね」


 ヘレンは念のために確認するも、ガックリとうなだれる。


「そんなもん、飲んでりゃ分かるだろ」


 ヴォルフはあっけらかんとして言った。川の水が混じっていない時点でオッケーなのだろう。


 ──ヴォルフさんは単純でいいわ〜。でも妥協も必要ね。飲むときは沸騰させよう。


「あとは石積みして補強だな。そのへんは日雇いどもが詳しいだろう。よし!解散!」


 ヴォルフの一声で、井戸掘りは終了した。


 ──トイレと手洗いはあんなに苦労したのに!井戸はあっけなく出来たのモヤモヤするわ!!


「ヘレン、顔に出てる」


 ポーロがヘレンから一歩離れて言った。


「噛みつきはしないわよ。ただ、こんなにあっさりと井戸が出来るだなんて……」

「ボスは僕が来てから、井戸掘りをずっと考えてたみたいだ。ただ、もう一押しなにかが必要だったんだろう」

「ジーニ君かしら」


 ポーロがうなずいた。

 そういえば、ヤンがヴォルフのパシりでジーニを借りに来ることがあった。


「ある程度の裏付けが欲しいんじゃないかな?スラムでは物資は貴重だから」

「なるほどね、なるほど……納得いかないわ!」


 ヘレンはモヤモヤしたまま一日を過ごすことになった。しかし、井戸の便利さにモヤモヤはすぐに消えた。

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