手洗いのプレゼンです!

 ヘレンは 神の寵愛という、チートすぎる加護を持つルードに常識のズレを感じてしまう。

 モヤモヤしながらも、ヘレンはスラムへと戻ってきた。


「お、ヘレン帰ってきたのか!いい籠持ってんな」


 ヴォルフは真っ先にヘレンの持つ籠を見た。ヘレンは買ったばかりのようにキレイな籠が、値踏みされているのを感じてしまう。

 ヘレンはとっさに嘘をついた。


「ヴォルフさん!これはルードに貰い……借りました!」


 ──ヴォルフさんに貸したら、永遠に返してくれない感じがする。


「ほお、借りてぇが、ルードの持ち物ならめんどくさいな。

 お前もよくルードから借りられたなぁ」


 ──やっぱり取られる寸前だった……!


「ソープナッツを拾いに行ったときにたまたま出会ったんです」

「ソープナッツは食えねぇぞ」

「手を洗うんです!」

「手ぇ?」

「この間の腹痛は、手から細菌やウィルスが口に入った可能性があります」

「はぁ?」

「感染症は、6つの要因が成立すると感染すると言われています!

 つまり!手を洗いましょう!」


 ヴォルフは言葉の意味がまったく分からなかった。


(ジーニ君豆知識:6つの要因とは……

 1.病原体(ウィルスや細菌だよ)、2.感染源(感染している人。具体的には、お腹が痛い人の汚れた手だね)、

 3.排出門戸はいしゅつもんこ(病原体が出てくるところ。今回だと便の可能性が大きいから肛門だよ)、4.感染経路(便をさわった手で他のものをさわったんだね。今回は接触感染だよ)、

 5.侵入門戸しんにゅうもんこ(病原体が入ってくるところ。食中毒なら口だね)、6.宿主(感染を受ける人。ヴォルフさんだよ)


 この6つが全部そろうと、感染するといわれているよ!

 つまりどこかの一つでも無くなると、感染を防げるんだ!)


「とりあえず!お腹が痛くなるの嫌ですよね!なら手を洗うんです!」

「お、おう……」


 ヘレンの威圧感に圧されて、ヴォルフは思わず返事をしてしまった。


「返事!しましたね!はい!手を!洗いましょう!」

「何で手を洗うんだよ」

「ご飯を手で掴んで食べますよね?

 汚い手に病原体がついてると、病原体ごと食べ物を食べてるんですよ。

 つまり自分から腹痛の元を食べちゃうんです」

「ほお。で、いつ洗うんだよ」

「ううん!?いつって、いつも洗うんですよ!」


 ──やっぱり、認識の差がすごい!


「そんな大変なこと出来るか?」

「出来ます!出来ないと腹痛は減りません!下痢で人は死ぬんですよ!?

 こんな食べ物にも困るところ、病気なんてあっという間に広まります!

 ヴォルフさんだって苦しかったでしょう?

 あんなことが二度と起こらないように、私はがんばりたいんです」

「ぐぅ……」


 ──腹痛の苦しみを覚えているうちに、手洗いを定着させる作戦!がんばれ私!


 ヴォルフとヘレンの話し合いは続いた。

 長すぎて途中、ヴォルフが逃げるからヘレンはどこまでもついていった。たとえトイレの前でも。


「ヴォルフさん。トイレの後と、ご飯を食べる前に絶対に洗いましょう」

「分かった。ヘレンの言う回数だと多すぎるからな。ここまで減って嬉しいぜ」

「そうですか?」

「鼻くそほじる前に手を洗えって辛いだろ」


 ──私はもの足りないけど。そもそも鼻くそをほじるな。


 ヴォルフは、ヘレンが作った手洗い水を見た。欠けたスープわんに水が満たされている。

 その水の底には、ソープナッツが2つ沈んでいた。

 ヴォルフはその容器の水を、いたずらにかき混ぜた。水が洗剤を入れたときのように泡立っていく。


「ソープナッツとはいえ、そんなので腹痛が防げるとは思えねぇな」

「チッチッチッ。ヴォルフさん、理由はあるんですよ。

 腹痛を起こす細菌やウィルスは、油でできたまくに包まれているんです。

 それをソープナッツの成分が壊してくれます」

(ジーニ君豆知識:ソープナッツの界面活性剤が、病原体の細胞膜や保護膜を破壊するんだ!

 普通の石鹸でもおんなじだよ!ちゃんと泡を立てて使ってね!

 ちなみにアルコール消毒液はエタノールに似たような効果があるよ!)


「ふーん」


 ヴォルフは耳をほじりながら相づちを打った。本当にどうでも良さそうだ。

 ヘレンはめげずに続ける。


「で、これで手を洗ったら、こっちの水瓶みずがめの水でちゃんとすすいでください。

 きちんとすすぐのがポイントです!すすがないと意味がないです!」

「うるせぇな。すすげば良いんだろ?すすげば」

「はい!ちゃんと柄杓ひしゃくを使ってくださいね!

 そのために口の小さな水瓶みずがめを運んできたんですから!」

「クッソめんどくさいな」


 ヴォルフは完全にやる気を無くしていた。

 ヘレンは青筋の立ったこめかみを悟られないように、微笑んだ。


 ──それはこっちのセリフだわ!素直に言うことを聞けっ!


「とにかく、この方法で腹痛を減らすことができます。

 スラムの人たちが健康なら、日雇いに行く人たちもたくさん稼げます!ヴォルフさんの手元に入る稼ぎも増えますよ!」


 ヴォルフは、日雇い仕事をしている人から上納金として稼ぎの一部を奪っていた。

 その代わり、肉をはじめとする食べ物やスラムに残る家族の安全を保証しているのだ。


「ここまでめんどくさいことをして、お前になんのメリットがある?」

「精神的苦痛が減ります 」


 ヘレンはいい笑顔で答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る