森へ薬草摘みにいきます。ルードと手を組みました

 元神官のポーロに木の実が手洗い洗剤になると知って、ヘレンは森へ行くことに決めた。


「トイレの近くの木って、結界の外よね?」

「……案内しよう。ただし仕事があるから少しだけだ」


 なんだかんだでおせっかいなポーロについて、ヘレンは森へやってきた。


「ポーロは森によく行くの?」


 生まれてはじめて森に入ったヘレンは、うきうきと木々を見渡す。


「行く時は行く」

「はっきりしないわね」


 ポーロのそっけない返事に、ヘレンは少し不愉快になる。


「日雇い仕事に薬草が必要だから」

「薬草に詳しいの?」

「僕も働きはじめて知ったんだけど、草の汁がケガに効くんだ。村からきた人間の常識らしい」

「へえ!魔女に薬を貰うって聞いたけど、自分でも作るの!」

「酷い風邪とか腹痛は魔女の薬に頼るそうだ。だけど刃物で切ったとか、日常茶飯事なケガは自分たちで何とかしてるんだって」

(ジーニ君豆知識:ちなみに戦国時代の武士は刀傷におしっこをかける、というファンタジーな治療をしてたよ!

 逆に農民達はよく農具でケガをしていたので、現実的な治療を行っていたそうだよ!)


 ──おそらく、重い病気は魔女の薬、ケガや軽い症状は薬草なのね。


「知らないことだらけだわ……」

「僕もだ。やっぱり教会は特殊な世界だったんだな。そこに住んでいるときは、それが全てだと信じていたのに……」


 二人揃って重たい空気に沈んでいると、草を踏む足音が聞こえた。


「ん?肉屋の……」


 ポーロはルードとも顔見知りのようだった。


「ルードだ。お前らも何か拾いに来たのか?」


 ルードは籠を持っていて、すでにいくつかの薬草を摘んでいた。


「ルードもキズ薬を作るの?」

「あぁ。刃物を使う仕事だからな」

「見てもいい?」


 ヘレンはキラキラと目を輝かせてルードにお願いした。


「いいけど」


 ──薬草を見れる!


 その場で薬草講習会が始まった。


「これは血止め、これは虫刺されにも効く、これは打撲用だろ。これは胃のムカムカにせんじて飲む、これは普通に食ったら美味い。これは……」

「結構あるのね」

「これは僕も初めて知った」


 ルードの説明に、ヘレンとポーロは何度もうなずいた。


「今は秋だから、冬用に貯める必要がある」

「じゃあ冬の食料になる草もあるの?」

「あるけど、取りまくると他のやつに恨まれるぞ。程々にしろ」


 ルードがヘレンのワクワクに釘を刺した。


 ──スラムのみんなが食べる量を摘むのは怒られそうね。


「あと、魔物がくるからのんきに摘んでると鉢合わせすることもあるよ」


 ポーロが何気なく重要発言をした。


「そ、そっか。結界の外だったわね。二人は魔物に会ったことあるの?」

「俺はある。そっと逃げた」

「僕はまだない。暗くなると出会いやすいって聞いてから、気をつけてる」

「参考になります」


 ヘレンは頭の中にメモをした。


「鍛冶屋のやつらは、試し斬りで夜の森に入ったりするらしい」

「へー」

「あ、僕、鍛冶屋の荷積みに行くんだった!ルード、ヘレンを頼んだ!」


 仕事を思い出したポーロは慌てて町へと走っていった。


「ちょっとって約束だったのに、長々とごめんね!」


 走っていくポーロの後ろ姿に、ヘレンはあやまる。

 ポーロは仕事があると言っていたのを、薬草に夢中だったヘレンも忘れていた。


「あいつ仕事だったのか」

「私が洗剤になる木の実を教えてもらう予定だったの」

「この間の洗剤の?」

「そう。布がないから、まずは木の実を試そうと思って」

「ふーん。……お前って他の奴らと違うよな。本当は何者だ?」

「ドキッ!」


 あからさまに身体が跳ねるヘレンを、ルードは何も言わずにみていた。


 ──転生したってバレてる?説明するのややこしいんだけど。


「まあいい。ヘレン、俺と手を組め」


 突拍子もない提案にヘレンは一瞬止まった。


「は?」

「何度かお前と会って思ったことがある。お前は他の人間と違う。

 目標を持って生きる人間なんてスラムにはいない」

「……」

「そしてお前はあきらめない。何もないと分かっているくせに、何とか腹痛の奴らを助けようとした。

 お前には、何か可能性があるんじゃないかと思っている。だから俺の方についてくれるとありがたい」

「……ルードの目的はなに?」


 ペラペラと話しだすルードに、ヘレンは警戒心をいだいた。


「他言無用の制約術を使っていいなら言う」


 ──うぐぅ……卑怯だ。でも気になる。


「制約術って、他の人に話せないだけよね?話したら死ぬとかじゃないよね?」


 制約術は、破った罰のパターンが色々ある。


「話せなくなるだけだ」

「なら術をかけてもいいよ。教えて」


 好奇心にあらがえないヘレンは、罰が軽いのを知って応じた。

 ルードの秘密が大したことなくて、誰に言うこともないと思っていたからだ。

 そういったヘレンの目の前に、ルードの影がスッと現れた。


「!」


 輝く魔法陣がヘレンの頭に浮かび、すぐに消える。


「ルードヴィグ、見張ってろ」

『御意』


 影はルードの言葉に応じて消えた。


「ルードの加護?」


 それだけでも驚きだ。教会のすぐ近くに野良の加護持ちがいるなんて。

 ルードはうなずいた。


「そう。加護は神の寵愛」


 ルードの言葉に、さすがのヘレンも言葉を失う。


「それって、言い伝えの加護じゃない!教会も神の寵愛を必死になって探してるわ」


 ヘレンは教会で何度も神の寵愛について習った。

 神の寵愛を得たものは国を作ったり、世界を救ったり、様々な伝説を残したという。

 加護持ちはまず、神の寵愛を持つかどうかを見られる。そして、教会に有利な加護からランク分けをさせるのだ。


「知ってる。そして、俺は昔殺された王子、ルードヴィグだ」

「それは知らない」


 あっさりと答えたヘレンに、ルードはかなり驚いた。当時、国を揺るがす出来事だったからだ。


「まじか。王が乱心を起こして世継ぎを殺そうとしたんだ。今は筆頭聖女しか王の子供はいない」

「あの女……!」


 ヘレンは、親友であるエルナが死ぬ原因になった筆頭聖女を思い出した。


「筆頭聖女に因縁があるのか。なおさら都合がいい。俺は王を倒す予定だ」

「え、私も王様を倒したいの。同志じゃない!なんだもー早く言ってよー」


 軽い調子のヘレンにルードは力が抜ける。


「俺の倒すは、殺すってことだぞ?」


 ルードは念のために言葉の意味を確認する。

 ヘレンの“倒す”が、王をすっ転ばせるとかだったら、目的が全然違うからだ。


「私の倒すは、あらゆる苦しみを与えて生き地獄をみせるって事よ」


 ヘレンの瞳に闇が宿る。無表情で真っ暗な目のヘレンは空っぽの人形のようだった。

 ルードは無意識に一歩下がった。


「私の親友は筆頭聖女の気まぐれで、王の夜伽に連れていかれた……。

 次の日の朝、帰ってきてすぐに塔から飛び降りたわ。……亡き骸にはたくさんの火傷や鞭の跡があった。

 彼女は、拷問に近いことをされて耐えられなくなったのよ」


 ヘレンは唇を噛み締めた。噛み締めすぎて血がにじむが気づかなかった。


「私は復讐のためならなんだってやるわ。ルード、私と手を組むってそういうことよ?」

「俺はこの国をぶっ壊したいんだ。それぐらいじゃないと困る」

「じゃあ、ルード、改めてよろしくね」


 ヘレンは手を差し出した。ルードも応じる。


「こちらこそ」


 そうして二人の反逆者は手を組んだ。

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