教会のゲスな事情を話しつつ、お湯を沸かします!

 ヘレンは腹痛の患者にお湯を飲ませようと、炭を貰いにルードを頼った。

 なんとか炭をもらうと、ヘレンは人目をさけてスラムへと急いだ。


「消える、消える」


 あたふたと腕に隠した壺の中をのぞく。

 ささやかな炭は、灰の中で消えてるのか燃えているのか分からなかった。


 ──熱いから燃えていると思うけど……。


 運良くスラムへたどり着くと、ヴォルフに会うためにヘレンは走った。


 ──途中で作業を止められるくらいなら、先に謝って終わらせたほうが気が楽だわ。……それで私の人生が終わろうとも。


「ヴォルフさん!いますか?」


 ヘレンはヴォルフがいつもいる場所へ行った。


「ヘレン!大変だ!ボスが!」


 ヤンが慌てている。

 なんとヴォルフも腹を押さえてうなっていた。


「ヴォルフさんも!」

「ヘレン、ヘレン、どうしたらいい?」


 ヤンはパニックだった。


「ヤン!ルードから炭を貰ってきたの!お湯を作って飲ませるわよ!」

「お前!炭とか盗んだら殺されるぞ!」

「貰ってきたの!!」

「バレてないだろうな?」

「キチンと隠したわ。おかげで少し低温やけどしたわ」

「で?どうするんだ?」

「どこかで火を起こして、鍋みたいなものでお湯を沸かしたいんだけど」

「じゃあこっち来い」


 ヤンに従って朽ちた建物の中に入る。

 がらんとしたそこは物がないのでだだっ広い。


「ここはもともと街を作る予定だったんだ。

 だけど街が作れなくなって、半端に出来た建物に宿無しが住み始めてスラムになった」

「なるほど」

「お前が昨日元気なら案内する予定だったんだぜ」

「うっ。すみません」


 お腹を壊したことを案に責められたようで、ヘレンは小さくなる。


 ──いや、私悪くない!


 床がないので、地面に直接壺を置いた。


「ヤン、燃えるものはある?」

「ほれ」


 ヤンがシロアリに食われて穴だらけの木を持ってきてくれた。

 足で砕いて壺の中の灰にのせる。


「わぁ、燃えた!」


 ヘレンは燃えだした木に声を上げた。

 ぱちぱちと音がなって、木が黒く焦げていく。


「ヤンさん!雨水をお湯にしたいんです!」

「よし!どっかでババァがなんか炊いてたな。取ってくる!」


 ヤンは外へ駆けていった。


「平和に借りてきて!」


 なんとなく暴力沙汰の気配を感じて、ヤンの背中に言葉を投げる。


「こんなモタモタしてるヒマは無いんだけど」


 火を大きくしながら、ヘレンはこぶしを握りしめた。

 シロアリに食われていたのがよかったのか、ポロポロと木くずがこぼれて順調に火が育っていく。


「ダメだ、考えてる暇があったら近くある水を把握しよう」


 ヘレンが小さな雨水桶を運んでいると、ヤンが戻ってきた。


「ヘレン!借りてきた!ババァも腹痛でうずくまってたぜ!」


 サビと、何かがこびりついている大鍋をヤンが持ってきた。


「でっかい鍋!ありがとう!」


 水を沸かしながら二人で火を見つめる。


「ここが教会なら回復の加護持ちがいるのに」

「回復の加護は王様とか金持ちしか使ってもらえねぇだろ」

「そうだけど……。回復の加護があるからって、この国の医療は見向きもされなかった。

 偉い人が医者や研究を援助してようやく少しずつ発展していくのに……」

「そうか」


 ヤンは心のこもらない返事をした。


 ──ヤン、意味が分かってないな。


「たしか、教会では馬専門の治療師がいた気がするの。そういう人と出会えたら良いのに」


 馬や家畜は財産なので、下手をすると人間より手厚く扱われている。

 その割に回復の加護を使われることがないので、専門の治療師がいた。


「馬!?馬ならルードの職場にたまに来るぞ。それを狙え」

「そっか、屠殺場とさつばならツテがあるかもしれない。

 そういえば、村の人たちはどうしてるんだろう?」


 ヘレンが知らない、魔物がひそむ森の向こうの世界。

 教会ではまるで話題にされない、町の外について思いを馳せた。


「そういうところは魔女がいるっていうな。薬がすげー高くて買えないって噂だ」

「魔女……。教会が集め損ねた加護持ちのことね。私は元聖女だから嫌われてそう」

「教会は悪いことしかしねぇからな」


 ヤンがあきれたように言った。


「王家とズブズブだもん。回復の加護をちらつかせて贅沢三昧、気に入らないやつは牢屋送りだし……」

「美人の聖女は全員、王に食われてるって本当か?」


 ヤンがニヤニヤとゲスな噂をヘレンにたずねる。


「本当。私は泣いて帰ってくる子を慰めてた」


 ヘレンは教会の塔から飛び降りた親友を思い出した。死んだエルナの身体には、鞭に打たれた跡や火傷の跡がたくさんあった。


 ──エルナ……。あんな思いは二度とごめんだわ。


 ヘレンは無意識に、胸のネックレスを強く握りしめた。


「おっ!沸いてきたぞ!」


 ヘレンは、ヤンの言葉で我に返った。

 大鍋から大きな泡がボコボコと出ている。鍋を持とうとするヤンをヘレンが止めた。


「まだダメ。生水は5分くらいグツグツ煮るの。

 腹痛なら、なおさらきれいな水じゃないと危ない」

「めんどくせぇな」

「ヴォルフさんのためよ!」

「そっか、ボスのためか!」


 ヴォルフの名前を出すとヤンは大人しくなった。


「よし!あとは飲めるくらいに冷ましてから、……ヴォルフさんに飲ませましょう!

 それから他の人に飲ませたらいいでしょ?」

「お!それならボスも喜ぶぞ!」


 ヤンがどこからか持ってきた欠けたお椀にお湯を注ぐ。

 お玉がないのでお椀で汲んでは、別のお椀に注いだ。


「一回ずつお湯でお椀を洗うのはもったいなくねぇか?」

「だって汚いでしょ!本当はお椀も熱湯消毒したいの!

 ほら持っていって!」


 ヤンがお湯を飲ませている間に、ヘレンは火の番とお湯沸かしに励んだ。

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