手伝ってくれる人が増えました。下痢もおさまってきたようです。

 ヤンの協力もあり、ヘレンは無事にお湯を手に入れることができた。


「水を足して沸かしても、ヤンが戻るまでに十分に殺菌されるわね。

 できたら、薬になる雑草を探しに行きたいな。この世界の薬って、どれくらい効果があるんだろう?」


 またしてもヤンが駆け込んでくる。今度は見慣れない人たちも一緒だ。


「ヘレン!ボスがだいぶ楽になったってよ!」

「嘘!早くない!?ヴォルフさんって頑丈!」


 ヤンの信じられない言葉に、ヘレンはヴォルフの生命力の強さに驚きを隠せなかった。


「そんで、ボスからこいつら借りてきた!どうしたらいい?」

「えっと……、お腹痛い人をどこかに集めてほしいわ。それでお湯を配れば、動き回らなくてすむでしょ?

 うんちには触れないでね、お腹痛くなっちゃう」

「お前ら聞いたか?動け!」

「「「「「はい!」」」」」


 ヤンを含む全員が、人を集めようと走り出した。


「待って!ヤンはお湯を運んで!」

「分かった!お前ら!人を集めておけ!」

「「「「「はい!」」」」」


 ──ヴォルフさんの命令なら、みんな協力してくれるんだ!ヴォルフさんに医療の素晴らしさを体験して貰えれば……。


「トイレを作るのも、手伝ってもらえる!」


 ヘレンの、木を燃やす手に力がこもる。

 どうやってヴォルフに医療を信用して貰えるか考えながら、グツグツと煮える鍋を見つめた。


「ヘレン!お湯が足りねぇ!」

「待って!あと少し煮ないと!」

「こいつ!また下しやがった!」

「絶対に触らないで!!」


 人が増えたら増えたで、大変だった。

 とにかくみんな考えない。とりあえずヘレンに何でも聞いてきた。


──薬草探しもゴミ拾いも無理ね。


「水持ってきたぞ!」

「ありがとう!そこに置いてて」

「どこ?」

「そこ!」


 ヘレンはたまに休憩しつつ、お湯を沸かし続けた。

 ヤンがヴォルフに渡せなかった肉をみんなで食べて、余りを他の人に分け与えた。そうすることで、さらに手伝ってくれる人が増える。


「あいつら、お湯を飲ませてもすぐに下すぞ」

「それでいいの。下痢を出し切れば収まるはず。でももともとの栄養が足りないから、けっこう厳しいかも……」


 現代日本なら下痢で死ぬことはほぼない。

 だが、下痢は大量の水分や栄養が失われるので、そもそも体力や栄養が足りない人間には致命的だ。


 ──本当は便の処理もしたいけど、洗い流すための水はないし、替えの服もないわ。


「この鍋もお椀も川で拾ったってことは、川に流れてくるゴミを拾うしかないわね。多分、服や生活用品も流れ着いているはず。

 それに、この火を絶やさなければ、熱湯消毒はできる!」


 夜中も、ふたり一組で交代しながらお湯を沸かして飲ませる。


「久しぶりの夜勤だわ。すこし患者さんを見てくる」

「おう」


 道端に並べられた患者たちの間を歩く。

 痛みにうなっている人が多いが、静かに丸まって寝ている人もいる。


「みんな大人しくて助かる〜。夜勤の時に、点滴を外して腕が血塗れの患者さんに絶句したのが懐かしい……。

 ベッドにいないと思ったら、床に寝てたのも本気でビビったなぁ」


 ──だいぶ良くなった人は、もともと軽いのかな。悪化している人もいる。これじゃあ長く持たない。


「ヴォルフさんは食べなきゃ動けるくらいまで回復したのに」


 ヴォルフはスラムを見回るくらいには回復していた。だが、食べると下痢をぶり返したので、まだ胃腸が弱っているようだ。


「ヘレン、ルードから肉を貰ってこい!」

「はーい」




 翌朝、ヘレンは空いた水桶を持って、肉屋へと向かった。


「ソーセージの茹で汁?」


 ルードは訳が分からないと、ヘレンの言葉を聞き返した。


「そう。栄養がありそうだから、捨てるなら貰いたいの」

「それは調理場のやつに言え」

「分かった。そうだ。ルード、昨日の炭がすごく助かってる。ありがとう」


 ヘレンのお礼に、ルードは照れたのか目をそらす。


「そう。お前は、何がしたいんだ?」

「何って?」

「そこまでして裏切るような奴らを助けて何がしたい?」

「何も。だって、みんな死にたくないでしょ?だから死なないように手助けがしたい。それだけ」

「……変なやつだな」

「ふふふ、それに少しは新入りの私を認めてくれるでしょ?」

「なるほど」

「今だって、ヴォルフさんのおかげで手伝ってくれる人が増えたの。

 健康の素晴らしさが広まれば、スラムでも何かが変わると思う」

「……変わる……」

「じゃあ、私急いでるから。またね」


 ヘレンの後ろ姿を、ルードは見つめた。ヘレンの姿が見えなくなっても、しばらくぼんやりと眺めていた。




「ヤン、ウィンナーの茹で汁を貰ってきたわ」

「茹で汁?」

「これをお湯に混ぜて飲ませるの」


 油分が刺激になると心配なので、薄めて飲ませた。


「飲んでもらった反応はまあまあね。あんまり濃くするとまた下しそう」


 それから、ヘレンは一日に何度もウィンナーの茹で汁を貰いに行った。


 全員の腹痛が引いたのは、それから四日ほど経ってからだった。

 残念ながら三人、下痢が悪化して亡くなってしまった。


 ヘレンの祈りが通じたように、三日三晩雨が降り続いたのは、それからすぐのことだった。

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