ナースのお仕事始めます!火を貰いましょう!※う○ち表現有

 ヘレンがお肉をもらってくると、スラムはお腹が痛いとうめく人たちでいっぱいだった。


「聴診器もないから音が聴けない……。顔を近づけるのは危険すぎる」


 腹痛にうめく人たちは、みんな下痢で苦しんでいるようだった。


 ──水様便、色はすこし明るめ。消化器からの出血は今のところ無し。


「嘔吐は無し、脈は少し早い、脂汗。全員同じ症状」


 ヘレンは近くの人たちを、観察する。

 分かっていることだけを唱えるが、なんにもならなかった。


「全員が水様便だから、おそらく食中毒?

 いつも下痢ならまた違う病気だけど……。

 医者じゃないから詳しいことは分からないわ。

 抗生物質があればまだ良いのに……。とりあえず水分補給させたい」

(ジーニ君豆知識:抗生物質とは細菌や病原菌をやっつけるお薬だよ!

 基本的に微生物が作った化学物質を使ったお薬だよ!)


 ヘレンが周りを見回すが、清潔な水はどこにもない。


 ──ヤンを見てたから、貯めてある雨水も汚染されてる可能性大だわ。


 考え込むヘレンの足を、うめく男が力の限り握りしめる。

 骨と皮だけの手は、明らかに食べ物が足りないことを示していた。栄養状態が悪いうえ、この腹痛だ、長くはないかもしれない。


「苦しい……うぅ、楽にしてくれ……」


 ──苦しんでいる人がいるのに、自分は何もできない!


 ヘレンは己の無力感に怒りを感じた。


「知識だけあってもムダね。……腹立つ」


 胸に隠したネックレスに触れる。


「エルナなら……エルナならどうする?」


 目を閉じてエルナに問いかけた。早くしないと手遅れになるかもしれない。


 ──エルナなら、とりあえずがむしゃらに動く!


 目を開けて、ヘレンは走り出した。


「とりあえず火!火を貰ってこよう!

 湯冷ましをつくらなきゃ!」


 ヘレンは肉屋を目指して走りだした。


「ジーニ君!火って保存できるの?」


 走りながら加護を出す。


『ここに載ってるよ!』


 ジーニは自らの身体を開いて指さした。


「読んで!」

『土を掘って、中に炭をいれるよ!酸素が入るように真上の土は薄くしてね!』

「炭ね!入れ物!」


 ヘレンは走りながら金属の入れ物を探す。


「嘘!木かレンガしか無い!」


 金属はお金になるので、すぐに拾って売られる。ヘレンはそのことをまだ知らなかった。

 ヘレンは橋のたもとまで来て、河原に陶器の何かが落ちているのに気づいた。


「割れた壺?これしか無いわ!」


 半分だけになった壺から、汚い川の水を捨てる。


「本当は触りたくないけど。……本当にこれしか無いわ!」


 跳ね橋を抜けて肉屋へ。屠殺場とさつばに走っていくと、ルードは牛をさばいていた。


「ルード!火をください!」


 ぜーはーと息切れしながらヘレンはルードに叫ぶ。

 紙袋のような形の頭巾を被ったルードは、ヘレンの方を見て頷いた。


 肉をさばき終えるルードを待つ。時間が妙に長く感じた。


「それで、火だっけ?」


 ルードは頭の頭巾を脱いでヘレンに向きなおる。


「スラムでお腹痛いっていう人がたくさんいるの!それで、お湯があればまだ違うから火を貰えたらって……」


 ヘレンはとりあえず拾った木を見せる。


生木なまきしかなかったから、出来たら炭が良いんだけど……」


 乾いていない木は燃えにくい。くすぶって煙ばっかりでるのだ。


「ヴォルフは良いって言ったのか?」

「え?」


 ヘレンの頭が真っ白になる。ヴォルフは関係ないはずだ。

 ルードが何を言っているのか、ヘレンには分からなかった。


「スラムのボスはヴォルフだ。ボスに無断で動くのは許されない」

「で、でも人が死にそうなの!」


 ヘレンは自分の恐れをごまかすように訴える。全てはボスの許可を得てから。

 今までずっとそのルールの中で生きてきた。

 独断で物事を行う恐ろしさが、急にヘレンの心をくじく。


 ──どうしよう。どうしよう。どうしたらいい?


「スラムの人間なんてクズだ。嘘つくし盗むみもする。

 助けたって恩を仇で返すような奴らだ。生かしたところでお前を裏切るぞ」


 ルードは見てきたように告げる。スラムに近いこの場所で働いているのだ、実際に見てきたのだろう。

 ヘレンは何も言えなかった。


 ほらみろ、とルードの目が告げる。

 指摘されてビビって、しっぽを巻いて逃げるんだろ?とルードの態度が告げている。


「それでも……。それでも、死にそうな人を放っておけないの!!ヴォルフさんの罰は私が一人で受ける」

「あの川に沈められて死ぬんだぞ」

「そ、それでも構わない!私は看護師よ!苦しむ人を見捨てられない!!」


 ヘレンはルードをにらみつけた。ルードもヘレンをにらむ。

 しばらくにらみ合いが続いたあと、ルードは息を吐いた。


「分かった。炭を一個やる。バレたら盗んだと言え。そんで川に落とされろ」

「あ、ありがとう!ありがとう!ほんとに!?やったー!」


 ヘレンには、ルードの不吉な言葉は耳に入らなかった。

 テンション高く喜ぶヘレンに、ルードはここで見つかったら終わりだなと思った。


「調理場に行くぞ」


 燃えカス入れでくすぶる小さな炭を、ヘレンは壺ですくった。

 ちなみにルードは、壺に一切手を触れようとしなかった。


「他に何があれば嬉しい?」


 ルードは暇つぶしのような質問をした。

 ルードのような労働者が、スラムに施せるほどの何かを持っているとは考えづらい。

 それでもヘレンは素直に答えた。


「全部!だけど今は、雨が欲しいわ。水を1から貯めなおしたい。

 それに、便の汚れが洗い流されないとスラムの状態が悪化するもの」

「ふーん。せいぜい祈ってろ」

「分かった!ありがとう!」


 ルードの偉そうな言葉にも笑顔で返せるほど、ヘレンは上機嫌だった。

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