ルードの解体は上手です。スラムで集団腹痛発生※豚の解体シーンがあります

 屠殺場とさつばにお肉をもらいにやってきたヘレン。ついでに屠殺とさつを観察中だ。


「ルードは何をしてるの?」

「肉の塊を取り出してる。見とけ」


 ルードは血抜きの終わった豚の前に行った。

(ジーニ君豆知識:血抜きとは、釣った魚や仕留めた動物の体内から血液を抜くことだよ!

 真っ先に腐りはじめる血を抜くことで鮮度を保てるし、鮮度が保てるよ!)


 豚は後ろ脚を縄でくくられてぶら下がっている。


「ナイフなんだ」


 ノコギリでさばくのかと思っていたヘレンは、普通のナイフだったので驚いた。

 ルードは迷いなく腹をさばいていく。

 時々ナイフを変えながら内蔵を桶に取り出し、皮をはいだ。

 豚の丸焼きに出来そうなところまであっという間だった。


真皮しんぴと皮下組織をきれいに分けてる……。

 手技しゅぎのレベルがすごい。うちの外科ならエースになれるわ」


 ヘレンの感心をよそに、ルードは黙々と作業をしていく。

 鮮やかに豚を2分割にし、どんどんお肉屋さんでみる肉のかたまりに変わる。

 ルードが取り出した肉は、他の職人が木箱に収めていった。


「よし!終わり」


 ルードは満足げに頷いた。


「皮と骨はどうするの?」

「ん?あぁ、皮はなめし職人に卸す。骨は出汁用と、砕いて油を取るかな」

(ジーニ君豆知識:骨を煮出して取り出した油は骨油こつゆと呼ばれるよ!

 にかわやろうそく、石鹸の原料だよ!)


「捨てるところがないのね」

「当たり前だろ。本当に世間知らずだな」


 バカにしてくるルードにエレンは頬を膨らませる。


「エレン、ここにいたのか」


 屠殺とさつ職人と話し込んでいたヤンがようやく戻ってきた。


「ルード、今日の食いもんは?」


 ヤンはルードにさっそく食べ物をねだった。


「昨日の売れ残りが戻される。そこの箱に入ってるだろ?」

「え?なんで私に教えてないの!?」

「あ、それで来たの?」


 ルードはヘレンを食事係にしたことを忘れていた。


 ──うすうす感じてたけど、みんな適当すぎる!


「ヘレンだっけ?そんな怒るなよ」

「ルードがそう言ったんでしょ!私は仕事する気まんまんだったのに!」


 ギャーギャーと騒ぎつつも、ヘレンはお肉を手に入れた。


「生肉……」


 ヘレンが箱を開けると、質が悪そうな肉が詰められている。


「捨てるやつだからな。もらえるだけ上等だ」


 ヤンは意気揚々と肉を見つめている。


「ルード、火を借りるぞ」

「うん」


 ヤンの言葉に生返事をして、ルードは次の解体作業を始めていた。

 屠殺場とさつばから大通りにある建物に向かう。


「ここが肉屋だ。工房に勤めてる奴らが買うからそんなに品物は無いけどな。

 町にある肉屋が本店なんだと。

 この奥でソーセージを作ってる。血はすぐに痛むからな。盗むなよ、殺されるぞ」

「血詰めのソーセージってこうやって作るのね」


 ここでは女性が働いていた。きれいに洗われた腸に、牛や豚の脂や血液、いくつかの野菜などを詰めている。

 腸をひねって長さを調節し、グツグツと煮立ったお湯で茹で上げたら、赤黒いソーセージが出来上がりだ。


「うまそうだよな。おーい、火を借りていいか?」

「はいよー!そっちのお湯はもう捨てるから早く使いな!」


 元気なおばちゃんの声がする。忙しそうだ。


「ヘレン、入れろ」

「は、はい」


 数あるかまどから、言われた鍋へ肉を放り投げた。

 グツグツと煮込みながら、思いついた疑問をヤンに投げる。


「ここのお水はどこからくるの?」

「水くみ場があるんだと。俺らはそこに行けないから、詳しくは知らね」

「薪は?」

「どっかから買ってるんだろ」

「何でも知りたいおヘレンちゃんだな。知ったところで、ここのものは持って帰れねぇよ」

「分かってる。……好奇心よ」


 茹で上がったら箱に移す。

 ヘレンは元の箱にそのまま入れようとするヤンをすかさず止めた。そして捨てる予定のお湯で箱を洗ってから肉を入れる。

 ささやかな熱湯消毒だ。


「ルードも同じことをしてたな」

「当たり前よ。食中毒になるでしょ」

「なんて?」

「もういい……」


 食べられる肉を手に入れて、さっさとスラムへ帰る。

 箱を持ってちんたらしていると横取りされるそうだ。





 スラムへ戻ると、なんだか空気が違っていた。

 いつもの、人生の袋小路のようなやる気のなさがただよう空間なのは変わらないのだが。


「なんだか、みんなうめいてる?」


 四六時中寝転んでいる人がいるのだが、なんだか苦しそうな声が聞こえる。


「は?ああ、なんか聞こえるな」


 ヤンは耳が悪いのではないかとヘレンは疑っている。それかそもそも聞く気がないのかもしれない。


「うぅ、腹痛い……」

「うぐぅ……」


 ヘレンはさっと周りを見た。複数の人間が同じようにうめいている。


 状況を確認する。便や尿はどこでも垂れ流し、水は雨水、栄養状態は悪い。


 ──原因があり過ぎる……!


「食中毒?感染?うーん、腹痛だけじゃ分からないわ。

 血液検査したい。あとCTも撮りたい」

「俺は肉を持っていくぞ」


 ヤンがうーんとうなっているヘレンな声をかけた。


「便検査もやったほうが良さそう。……何もないから何もできない!

そもそもこんな状況じゃ、私も感染しちゃうわ」

「じゃあな」


 ヤンはブツブツとつぶやくヘレンを無視して行ってしまった。

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