初めてお肉を食べてお腹を下しました。※う○ち話です

 現代日本でナースをしていたことを思い出したヘレン。

 ご飯をくれた潔癖症の青年、ルードに任命されて食事係になった。


「ルードさん、食事係ってなんですか?」


 ヘレンはお肉を食べながら、ルードにたずねた。

 手を洗う水が汚れたので、殺菌効果のある木の葉っぱで肉を掴んで食べている。

(ジーニ君知識:日本だと和食で飾られてる葉っぱがそうだよ!

 ハランや柿の葉っぱ、ほおの葉っぱ、柏餅かしわもちの葉っぱだね!)


「ルードでいい。俺が勤めてる肉屋で余った肉を、ヴォルフに渡してるんだ。

 俺が来れないときはお前が取りに来い」


 ルードはヘレンの衛生観念を気に入ったようだ。


「ルードはお肉を施してるんですね」

「前は肉を巡ってここの奴らが争ってたんだ。

 店の裏にスラムの人間がたむろって迷惑だったんだよ」


 ヘレンの言葉にルードは顔をしかめた。


「そうだったな。俺らが勝ってからは俺らから肉をやるようにしてんだ」


 ──ヴォルフさんとヤンさんは、強さでスラムを統治してるのかな?暴力なのはダメだけど……。


「他の食いもんもそうやって貰う。だが性悪な奴は食わせたくないからって、川に捨てやがる」

「川に……」


 ヘレンは橋を渡ってきたときの川を思い出して、気持ちが悪くなった。


 ──あの何かわからないものが浮いている川に捨てるの。だから川が汚いんじゃ……。


「まあ、川に捨てようが食う奴は食うがな。食ったあと大体死んでるからすぐわかる」

「食べちゃうんですか!?」

「腹減ってりゃ食べるだろ」


 当たり前のようにようにヤンに言われて、ヘレンもむりやり納得する。


 ──死ぬって分かっていて食べるのは違うんじゃ……。でも教会でご飯抜きされた時は辛かったし……。

 ……私が住んでいた世界と全然違う……。


「じゃあ俺は帰る。食事係の事はヤンに習え」


 ルードはそういって帰っていった。

 ヴォルフも、肉の余りを配ってくると言ってスラムへ戻っていった。


「ルードは気難しいが、屠畜とちくは上手いからな。ムダなく肉を取るんだ」


 ヤンは肉を食べながら教えてくれた。

 たまに肉の脂でギトギトの手を服で拭きながら話すから、ヘレンはそっちの汚さに目がい

 ってしまう。


 ──うぇぇ。吐きそう……。その服もだいぶ汚いよね。おえー。


屠畜とちく、ですか。お肉屋さんは町にあるんだと思っていました」

「店は町だな。解体するとき血が出るだろ?

 そんで、血は生臭いから町じゃ嫌がられる。ソーセージにして食べるくせになぁ。

 あと、牛や豚は村から持ってくるから、こういう町の外れでさばくんだ」

「王都の外にも村があるんですね」

「あぁ?当たり前だろう。聖女は出たことないのか?」


 ヤンが変なものを見るような目でヘレンを見た。世間知らずだと思われたのだろう。


「外に出るのは教会に禁じられていました。

 死ぬまで教会から出ない聖女もいます。……囚人と変わりませんよ」

「そうか。教会って変な場所だなぁ」


 ヤンは軽く言って、また汚い手で肉を食べ始めた。


「うぅ……、すみません、お、お手洗いってありますか?」


 しばらくして、脂汗をかいたヘレンが、お腹を抱えてヤンにたずねた。


「お手洗いって何?」

「ト、トイレ!トイレです!便所のほうがわかりますか?」

「あぁ。川にしろ」

「川に!?トイレ無いんですか!?」

「知らん。トイレとか見たことねぇ」

「嘘……」


 ヘレンは目の前が真っ暗になった。だってトイレがない世界があるなんて。

 信じられない気持ちのヘレンに、普通な感じでヤンが聞いてくる。


「何で腹壊してんだよ」

「お、お肉を食べたのが初めてで……」

「へー、やばい?」

「ヤバいです!死にそう、うぅ〜〜」


 お腹がくだる苦しさに、ヘレンがうめいた。


 ──川まで歩けない。死ぬ。


「初めて食ったらそうなんのか、川遠いなぁ、その辺でしろよ」

「そ、その辺……」


 ヤンが指さしたのは森に入る草っぱらだ。

 少し奥に入ると背の高い草が生えている。


「ケツは柔らかい草で拭けよ。硬いやつは切れるぞ」


 ヘレンはありがたいのか分からないアドバイスを貰ってしまった。


 ──ダメだ。耐えられない。


 大きな波が来る気配を感じたヘレンは、勇気を持って草の中に入っていった。





「死んだ……。いや、生きてる」


 草の中から生還したヘレンは、息絶え絶えだった。

 色々なショックで頭が動かない。


 ──女性として、いや、人として大切なものを失った気がする。


「すげえ音だったな」


 ヤンが笑いながらヘレンに言った。


「女の子にそういうの言わないで!」


 ギッとヘレンがにらみつけると、ヤンは大爆笑だった。


「あっはっは!スラムに来たやつは絶対くだすんだよ!

 俺は道でクソ漏らしたぜ!」

「自慢げに言うことじゃない……」


 明るい失敗談にヘレンはあきれた。


 ──確かに道を歩いていて、たまに便臭かったな。


「まあ、お前も生き残っていくなら、クソ漏らす奴をみるだろな!すぐ慣れるって!」

「……便のお漏らしだろうが摘便てきべんだろうが、こちとら慣れてるっつーの」


 ヤンの言葉に、ヘレンはうっかりぼそりと呟いてしまう。


「ん?なんか言ったか?」

「何でもないです」


 敬語に戻ったヘレンに、ヤンは顔を険しくした。


「お前、お頭以外には丁寧に喋るなよ。俺にも雑でいい。ナメられるぞ」


 ヤンからの本気と分かる忠告に、ヘレンも真剣に頷いた。


「分かった。ヤン、ありがとう」


 こうしてスラムの洗礼を受けたヘレンは、ちょっとずつスラムに馴染んでいくのだった。

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