加護を披露して、命拾いしました。転生者だと思い出しました。

 教会を追放されたヘレンは、スラムで大男に捕まってしまった。

 そして、ヘレンは自分の加護であるジーニを見せたのだった。


「百科事典ってなんだ?」

「え!?」


 大男の質問にヘレンは戸惑ってしまう。

 だって、百科事典は百科事典なのだ。説明しなくてもわかると思っていた。


 ──やっぱり、学校とかないからそもそもの知識が無いんだ……。


 ヘレンがどう伝えようか悩んでいると、ジーニが喋りだす。


『色んなことが書いてある本だよ。

 例えば、お花の名前だったり……』


 言いながらジーニは自分の身体を開く。

 そこには色んな花の絵と名前や花が咲く時期、食べれられるかどうかが記されていた。


『宝石の名前』


 開かれたジーニの身体がゆらりと変わる。

 そこには宝石について書かれている。


『あとは、素材とか?』


 魔物から取れる素材についてのページが現れた。


「ほぉ……。便利じゃないか。よし、女。俺の手下になれ」


 しばらく感心したあと、大男はヘレンにそういった。


「手下、ですか?」

「おう、俺の手下ならスラムの奴らに一目置かれる。

 お前は安全を得て、俺は加護を得る。いい取引だろ?」

「……よろしくお願いします」


 ヘレンは大男に頭を下げた。


 ──助かった……。


 騙されていたとしても、少なくともしばらくは生きていけるだろう。


 ──スラムのことを知らないうちは、大人しく言うことを聞いておこう。


「ヤン、よくやった」


 大男は見張りの男を褒めた。


「これくらい当然です」


 ヤンは得意げだ。


 ──意外とこの人たち、怖くないかも?


「女、お前の名前は?」


 大男がヘレンにたずねた。


「ヘレンです」

「ヘレンな。俺はすぐ忘れるから、また教えろよ。

 俺はヴォルフだ」

『僕はジーニだよ!』

「おう、そうか」

「ヴォルフさん、これからよろしくお願いします」


 ジーニをさらっと流したヴォルフに、ヘレンは改めて頭を下げた。


「よし。仲間が増えた。飯を食いにいくぞ」

「よっしゃ!」


 ヤンが嬉しそうに言う。


「はい!」


 ヘレンも同意した。そういえば教会でご飯抜きにされていたのだ。




 食事をするといって連れてこられた場所は、スラムのさらに奥、もうすぐ森というところだった。


 ──ここまでくると魔物が出そうだわ。


 スラムより先は、人の領域ではない世界だ。

 魔物がはびこり、冒険者たちが働く世界。

 教会では無法地帯フィールドと呼んでいた。


 森の近くに、スラムにしては小綺麗な青年が立っていた。


「おう、ルード。いつも悪いな」

「いや、こっちこそ助かってるよ」


 ルードという青年は、何やら小さな木箱を抱えている。


「こんな場所までこないとありつけないのはメンドウなんだが」


 ヴォルフがルードに文句を言っている。


 ──ヴォルフはスラムでも強い方の人間だけど、ルードって人もそれなりに強いのかしら?


 スラムは冷酷なケモノの世界だ。強ければ生きられる。弱ければ死ぬ。

 ここに来る間も、ヴォルフが通るとスラムの人間は道を開けた。

 ヘレンのような、格好のカモに過ぎない小娘にさえ挨拶してくれたのだ。


「スラムの臭いをかぎながら飯を食いたくない」


 ルードが本当に嫌そうにヴォルフにいった。


「おい、……何だっけ?」

「ヘレンです」

「そうだった。ヘレン、こいつはルードだ。

 近くの肉屋で屠殺とさつをしてる。こいつと仲良くすると余り物の肉が食えるぞ」


 ルードが頷いて木箱を開けた。

 すると、焼いた肉がそこそこ大量にはいっていたのだ。


「お肉……」


 ヘレンは肉を食べたことがない。

 下っ端の聖女はパンと野菜と豆しか与えられなかった。


「食べたきゃ手を洗え」


 ルードの言葉に、ヤンが雨水を貯めてある桶の水で手を洗った。

 さらに、その水を手ですくって──飲んだ。


「ひっ!きたなっ!」


 ヘレンは、手を洗った水を飲むという、あまり出来事に気絶してしまった。


 気絶したヘレンは夢を見た。

 自分が、日本という国でナースとして働く夢だ。

 とても忙しい病院で、次から次に緊急搬送がやってきた。

 ヘレンは忙しく働いて、働いて、働きすぎてぽっくりと逝ったのだ。


「おい!おい!ヘレン!どうした?」


 ヤンがペチペチと、ヘレンのほっぺたを叩いて起こしてくれた。


「はっ!」


 ──思い出した!私の前世はナースだったんだ!


「いきなり倒れるからビビったぞ。どうした?」

「どうしたって……どうしたもこうしたも無い!なんで水桶に直接手を突っ込むの?そんなことをしたら、すべての水が汚染されるでしょうが!それにその水を飲むなんて……!どういう頭してるのか割って中身を見てみたい!不潔も不潔すぎる!そんなことをしたらすぐお腹が痛くなるでしょ!公衆衛生ってもんがないのかな、この世界は。……ないか、全く。だから死亡率が高いんだわ」


 一気にまくしたててから、ヘレンは我に返った。

 肉を食べだしているヴォルフ、ヘレンを心配したヤン、そしてルードがぽかんとしてヘレンを見ている。


 ──やってしまったぁぁぁ!殺される!


「ごめん、なさい。ちょっとあまりにも汚すぎてビックリしちゃって……」


 せっかく仲間にしてもらえたのにこんなので殺されるなんてバカすぎる。

 頭を抱えるヘレンにルードが近づいた。


「お前、スラムの人間じゃないのか?」

「教会を追い出された者です」


 ビクビクしながらルードに答える。


「なるほど、ヴォルフ。こいつを食事係にしろ。他の奴らは汚すぎてイヤだったんだ」

「お前は潔癖すぎるんだよ」

「いやお前らが汚すぎるんだ。ヘレン、頼むぞ」

「はいぃぃ」


 こうしてヘレンは新しい役職を手に入れた。

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