2-2 スマホで刑事捜査課付きの女性事務職員の太田絹代に電話をして、お茶を淹れて持ってきてもらう。
スマホで刑事捜査課付きの女性事務職員の太田絹代に電話をして、お茶を淹れて持ってきてもらう。
メラミンの軽い湯呑みに淹れた煎茶は、湯ざましを使って低めの温度でゆっくり淹れられたぬるいもので、飲めば甘味が感じられてほっとする。
ふと視線を感じて顔を上げれば、湯呑みを両手で持った砂川青年がこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「いえ……湯呑みの持ち方が、茶道をしている人のものだなと思いまして」
「ああ」
安藤は自分の両手の中の湯呑みを見下ろした。
左手の上に湯呑みを乗せ、右手を添える、目の前の青年と同じ持ち方。
マナーにも沿っているし、安藤にしてみれば当然の飲み方なのだが、全県的、全国的には、男性の普段のお茶の飲み方としては一般的でないらしいというのは理解している。
体の大きな安藤が、ちんまりと両手でお茶をすすっている所を見たG市出身の若い刑事など、「なんか、はちみつを大事に舐めている熊みたいですね」などと評したものだ。
「このあたり……T市のあたりは、茶道が盛んなんですよ。私も出身はこちらでしてね。私自身は習ってはいないんですが母親がやってまして、お茶はこうやって飲むもんだって躾けられたんですよ」
安藤が言えば、砂川青年は何かを思い出すように目を細めながら目線を落とした。
「知人も、そんなことを言っていました」
砂川青年の目元と口元が、わずかに緩んでいるのが見て取れる。
その知人というのは、思い出せばそんな顔をしてしまうような相手なのだろうか?
そんなことを思いかけた時だ。
取調室の中に、がちゃがちゃとノートPCに繋がれたポータブルプリンターの動作音が響いた。調書ができたらしい。
さて、とりあえず、一仕事終わらせるか。
安藤は残りの茶をぐっと飲み干した。
「『……私が殺意をもって蒼田統さんを殺害したのに間違いありません。
2、弁護人を選任できることはわかりましたが、今は必要ありません。』」
安藤は富田が作った弁解録取書を砂川青年の方を向けて事務机に置き、ボールペンの尻で文字を追いながら一通り読み上げた。
「以上、内容に誤りがなければ、署名をして
「はい」
ボールペンを受け取って、几帳面な楷書で安藤が示す場所に署名をする。
黒いスタンプ台を差し出すと、砂川青年は迷わずに左手の人さし指をそれに乗せた。指の側面から指を転がすように指の腹、反対の指の側面とインクを着け、調書の押印欄の上で、同じように指を動かして黒い指印を押す。
これは、経験のない人間ができることではない。
「指印を押したことがあるんですか?」
「はい。身内が警察沙汰を起こしたことがあるので、その時に……」
富田が、調書用の事務机の引き出しから出したご印鑑拭きの箱を安藤に渡す。それから2枚のティッシュペーパーを砂川青年に渡せば、慣れたようすで砂川青年は自分の指を拭いた。
「では、いったん休憩です。留置手続きをしてから留置場で夕飯を食べてもらって、食後にまた取り調べに応じてもらいます」
「はい」
砂川青年は少しほっとしたような顔をした。
警察の事情聴取を受けた経験はあるかもしれないが、本人が殺人で逮捕されたのは初めてだろう。取り調べが一段落してほっとするのも当然かと、安藤は思った。
「じゃあ、富田、後は頼んだぞ」
留置場管理担当の警務課への引き継ぎを富田に任せ、安藤は取調室を出た。
3へ続く
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