第3話

 私が老いた墓守と出逢って数日が経った時、事態は動いた。備蓄していたマンドレイクが尽きたのだ。二人とも生き残るためには、エルド・レッドを——最後の影喰らいを殺さねばならない。残り一節のマンドレイクを携え、私たちは彼の親友が眠る墓に陣を組む。


「マンドレイクを食えば、瘴気に3日は耐えられる。今日殺せば、3日で育つやつを収穫できるんだ」

「影喰らいを絶やしたら、ガントウさんはどうするんですか?」

「……考えたこともねぇや。どちらにしろ、この場所に骨を埋めるさ」


 ガントウはカンテラで墓石を照らしながら、エルド・レッドの襲撃に備えて銃を構える。その目は既に澄み切っていて、どこか達観した雰囲気すらも感じさせた。


「……もう復讐心はないんですか?」

「50年経てば、俺もアイツも同罪だ。ただ、俺が今まで生きてきたのはアイツを殺すためさ。未練みたいなものかもな」

「私は最後まで見届けますよ。どんな結末になろうとも」


 瘴気によるものか、悲壮な覚悟の発露か、ガントウの顔は青白い。老いた墓守は足を引き摺りながら、静かに標的を待っていた。


「……来たか」


 翼が風を切る音が響く。赤い瞳の影喰らいが、長い髪を靡かせながらガントウの元へ襲来する!

 銃声が響いた。軌道を見慣れているのか、弾丸は左翼に命中する。エルド・レッドは翼をはためかせ、枯れ腐った木の上に着地した。


「遊びは終わりだ、エルド・レッド。正々堂々、決着を付けよう」


 二発目の弾丸を込め、ガントウは銃口を親友の眉間へ向ける。引き金を引けば、長い戦いは終わりを告げるのだ。時間が鈍化するような感覚の中、ガントウは指に力を込める。

 対するエルド・レッドも、尖らせた脚爪を宿敵に向けた。結果は一瞬で決まる。私はその景色を目に焼き付けようと、息を止めた。


 結末は、単純だ。弾丸は影喰らいの脚に命中し、宙を舞った身体は緩やかに落ちていく。

 一方の墓守に外傷はない。それなのに、血を吐いてその場にくずおれたのだ。


「ガントウさん!?」

「……ハァ……ハハッ。どうも、万能の秘薬はもう効かねぇらしい。瘴気に触れすぎたのかもな……」


 墓守の身体は震えていた。彼はやがて訪れる死を理解するかのように、震える手でマンドレイクを取り出す。


「食べてください、それを!」

「言ったろ、もう効かねぇって。これを食うのはお前だよ」


 忘れられた過去には記録が必要だ。ガントウが過去を語り終えたあと、しきりに呟いた言葉だ。それは彼にとっては墓で、私にとっては伝説なのだろう。

 エルド・レッドは血まみれの身体でその場から立ち去っていく。ガントウはそれを目で追い、薄く笑った。


「俺の墓は用意してる。最後の頼みだ、埋めてくれ」

「……わかりました」


 満足げに老人は笑った。狂気と執念が歩かせた道に、ゴールを見出したのかもしれない。


    *    *    *


 翌日、私はガントウを埋葬し、マンドレイクを飲み込んだ。あとは記録をまとめ、この場所を出るだけだ。小屋でペンを進めていると、何者かの影が墓に降り立っていた。

 墓石の上に置かれたマンドレイクの種に気付いた時、私はこの贈り物が誰からもたされた物かを理解する。もしかすると、これは長年の“遊び”に対する礼なのかもしれない。

 マンドレイクは死を覆さないことを、最後の影喰らいは知っているはずだ。だから、ガントウの親友に化けたのだろう。私が目撃したエルド・レッドは、いつも笑っていた。


 記録にピリオドを打つ直前、私はそこに一文を付け足す。


「最後の影喰らいは、もう人間に化けることはないだろう」

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影喰らいエルド・レッド @fox_0829

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