第33話 駆け落ちした元魔王、五級冒険者になる(後編)

 お世話になる事になったギルドは出来たてホヤホヤ。マスターは冒険者歴二十年のベテランだけど、あまりランクは上がらなかったらしい。

 そのせいか登録者も依頼も全然無い。


 まずは宣伝を頑張ろうと思ったら、ライライが街中でものすごく注目を浴びた。


「可愛いー!」


「こんな動物、見たことない!」


「羽が生えてるよ。まさか飛べるの?」


 ライライの背中に乗ってフワッと浮いて見せたら、子供達から歓喜の叫びが上がった。乗せて乗せてと大騒ぎ。


「ライライが疲れちゃうから、先着五人まででお願いします」


 子供達は【じゃんけん】を始めた。

 初めて見る遊びだ。なるほど、手で作った形で勝ち負けを決めるのか。グーはパーに弱くて、チョキに強い。ルールが面白い!

 保育園のみんなにも教えてあげたいな。


 そうだ、もうあの場所に行く事は無いんだ。


 サリーちゃん達、頑張っているかな。

 フリーもワイファもキョウ君も悲しんでいるかな。今頃、お葬式とかやっているのかな。


 大好きな人達を傷つけて、ぼくだけこんなに楽しく過ごしていて良いのかな……。


《今ならまだ帰れるぜ。オレ様はどっちでもいい》


 ギルドの宣伝チラシを持つ手が震える。

 どうしよう、勢いで逃げてきちゃったけど、住む場所も決まったけど、もう揺らいでいる。

 ちゃんと話し合いもしないで勝手に限界を決めちゃダメだったんじゃ──。


『トリィ』


 レッドが目の前に来て、抱きしめてくれた。

 お日様の匂い。ふわふわのあたたかい感触。心地良くて頭がぼうっとする。


『魔王トリリオンは私が殺した。もう私だけのトリィだ。良いな?』


 耳を震わせる甘い囁きに、何も考えられなくなる。そうか、魔王のぼくは死んじゃったから、人間界で生きていくしかないんだ。

 一番好きなレッドと一緒に。



「ライライちゃん、すごーい!」

「次は僕だよー!」


 子供達の親御さんや商店の皆さんにチラシを配っていく。仲間が増えて、お仕事がたくさん来るといいな。遊び疲れたライライは先にギルドに帰った。


 そこへお婆さんの悲鳴が聞こえた。


 どうやら引ったくりらしい。

 重そうなカバンを抱えた毛糸帽子の男がこちらに向かってくる。魔界の城下町でよく見た光景だ。


 慣れた感じで背中に飛び乗って、取り押さえた。


「なんだあの子は!」

「目にも止まらぬスピードだったぞ!」


「ギルド【レジェンド・ナッツ】のトリリオンです。よろしくお願いします」


 犯人を自警団に引き渡して、カバンをお婆さんに返した。とても感謝されて、踊り出したくなるように嬉しい。



 古銭屋さんに行き、紹介状のお礼を言ってから紙幣を金貨に替えてもらった。


「良かった。これでアンジェリークさんのコンサートに行けます」


「彼女はいい歌手じゃよ、まさに天才じゃ。十年以上もファンなのじゃが、レコードが高くて買えんくてのう」


 チケットはまだ売っていたけど、ドラゴンが一緒なのはちょっと……と渋い顔をされてしまった。そこを何とかと粘ったところ、ガラス張りの特注席に案内された。


「二人分で金貨三枚。散財しすぎたかな」


『まあ、食事は自分で捕獲しよう。楽しみだ……この舞台に立った母上を、父上は見初めたのだ』


 劇場はキチンとした服装のお客さんでいっぱい。楽器を持った人達の挨拶。拍手。演奏が始まって、厚いカーテンが開いて歌手が現れた。


 ゴージャスにカールした赤い髪の美しい女性が、胸の前で手を組んで、ものすごい声量で歌い出す。ホールがビリビリと振動していく。


「すごい」


 人魚のフリーは澄んだ綺麗な歌だったけど、アンジェリークさんの歌は物語がある。身分違いの恋に苦しむ女性になり、悪逆非道な王を倒す戦士になり、野の花になり、鳥となる。


 歌の世界観に浸って、胸が締め付けられたり、ドキドキハラハラしたりして忙しい。一度終わりを迎えて、アンコールで帰ってきた。


「消えた我が姉マリアンヌへ捧げます」


 最後の曲は、かけがえのない存在を無くした妹の苦しみがこれでもかと紡がれていて、聴きながら泣いてしまった。隣を見たらレッドも泣いていた。

 マリアンヌ。レッドのお母さんの名前と同じだ。


 曲の終わりにはホールが揺れて窓ガラスが割れるほどの拍手が鳴り響いた。ぼくも手が痛くなるぐらいに叩いた。


「素敵だったね」


『ああ。これだけのファンを獲得できる訳だ』


「売店で色々グッズが売られている。絵ハガキとかキレイだな。一文無しだけどね」


 古銭屋さんが欲しがっているレコードは金二十枚。確かに高すぎて手が出せないや。ロビーで余韻に浸っていたら、声をかけられた。


「ドラゴンのファンなんて初めてよ。嬉しいわ」


「アンジェリークさん!」


 私服に着替えた歌姫が現れて、飛び上がって驚いた。舞台の上での存在感が凄かったけど、降りてもめちゃくちゃ綺麗な人だ。


「すっごく素敵でした。ぼくもこの子も泣いてしまいました!」


「良かったわ」


 アンジェリークさんがレッドをじっと見つめた。懐かしいような、愛おしいような眼差しだ。


「キレイな赤い目ね、まるで消えたお姉ちゃんがドラゴンになって会いに来てくれたみたいよ……」


 アンジェリークさんはレッドのフサフサの毛並みを触り、悲しげに微笑んだ。そして売店の人に声をかけてレコードを手にした。

 目の前でサラサラとサインを書いて渡してくれる。


「プレゼントよ。是非また聞きにいらしてね」


「あ、ありがとうございます!」


 優雅に微笑んだ彼女が立ち去ろうとした時、柱の影から現れた男二人に捕まってしまった。担ぎあげられて連れて行かれる。

 あまりの出来事に呆然としていたら、レッドがすかさず追いかけていく。


「な、なんだ。うわー!」


 犯人が乗っていると思われる馬車が、レッドに持ち上げられて宙に浮いていた。レコードを立てかけて、ゴミ箱を蹴って馬車に飛び移る。

 ドアをスカイブルーで破壊して、縛られているアンジェリークさんを救出した。


「このガキ!」


 銃で撃たれた──と思ったけど痛みは生まれない。赤い血が飛び、アンジェリークさんが庇ってくれたのだと分かる。


「畜生、歌姫に当てちまった!」


 ぐったりしたアンジェリークさんを抱えるようにして着地する。それを合図に馬車は地面に叩きつけられて、犯人は全員捕まった。


 見渡すと、石畳から草が生えていた。むしり取って回復魔法を発動する。


 <千の癒しサウザンド・ヒーリング>


 アンジェリークさんの血が止まり、傷口がみるみる塞がっていく。周りで見ていた人達がザワザワしている。

 あれ、回復魔法はレアだったのかな。


「……ん、ああ……あなたが無事で良かった」


「アンジェリークさん、守ってくださりありがとうございます。応急処置をしました。もう大丈夫です。気をしっかり持ってくだい」


「良かった。私まだ歌えるのね……」


 駆けつけたお医者さんに運ばれていくのを見送っていたら、大勢の人に囲まれた。質問責めにされて、ギルドのチラシは全部無くなった。




「アンジェリークさんのサイン入りレコードじゃとお! 売ってくれえ、頼む。この通りじゃ!」


 古銭屋さんが目をギラつかせて手を握って来たので、光の精霊の小瓶と交換した。

 厳重に閉ざされた蓋を開けると、自由になった彼女は空を飛び回った。羽がキラキラ輝いている。


「あなた樹木の精霊ドリヤードねっ! わたしウィルノよ。暗闇を照らす案内役になってあげるっ!」


 手のひらサイズの頼もしい仲間が増えた。

 今日は色んなことがあったなとウキウキしながらギルドに帰ると。


「別の町でBランク冒険者やってました!」


「パーティーを追放されて、見返したいのでお仕事ください。何でもやります」


「マーダーコウモリの討伐をお願いしたいの」


「急患が大勢来て回復術師が足りなくて」


 いつか伝説となる小さい冒険者がスクスク育つようにと、そんな願いを込めて付けられたギルド【レジェンド・ナッツ】。

 今は冒険者と依頼人で大賑わいだ。


「トリィ。受付を頼むー!」


「はい!」



 元孤児、元助手、元影武者、元魔王のぼくは、今は五級の新米冒険者。

 駆け落ちした初恋のドラゴンと、癒し系の羽パンダ、最強魔剣と、光の精霊と一緒に、人間界で頑張っていきます。



「置いてけぼり助手の、魔王の影武者奮闘記」


 終わり。

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置いてけぼり助手の、魔王の影武者奮闘記 秋雨千尋 @akisamechihiro

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