第6章 ダブル元魔王、人間界へ
第32話 駆け落ちした元魔王、五級冒険者になる(前編)
洞窟の先は森だった。
小鳥がチュンチュン
「おひさまごはーん!」
良かった。人間界の太陽光もしっかり美味しい。ライライも隣で花をモグモグ食べ始めた。
《魔界にトンボ返りしなくて済んだな》
頭に響くスカイブルーの声。
しまった、連れて来てしまった。
《オレ様はお前と契約したんだ。生きている限り解除される事はない。父親代わりだしな!》
本当に頼もしい。でも魔界の剣なんだから人間界では
《舐めてんじゃねえぞ。あそこの鹿の集団で試し斬りをしろ。ドラゴンは肉食だろ》
「レッド、朝ごはんのために背中に乗せて!」
草を食べているシカ達に空から近付く。ペンダントを両手に包み込んでそっと魔剣の姿に戻した。ピリピリした緊張感。急降下してもらって、シカの背中を真っ二つにした。
血が噴き出して、手足がビクビクして、やがて動かなくなった。
「さすが
《当然だ》
他の子達は逃げていき、倒れたシカはレッドが口から噴いた炎でじっくり焼いて食べていく。
『太ももが特に美味い。君もどうだ』
「柔らかくてジューシーだね!」
野菜と一緒にパンに挟むとまた美味しいんだろうな。煮込み料理にしてもいいかも。主食は太陽光でも、他の食事も楽しめる体で良かった。
川で手を洗っていたら、指輪と
『
「ううん。結婚指輪を置いて逃げるなんて、駆け落ちみたいだと思って」
『そのつもりだが?』
レッドの赤い目がじっとこっちを見て、照れたようにふいっと横を向いた。レッドのお父さんは一目惚れした人間の女性を連れ去って結婚したらしいし、情熱的なのは血筋かな。
「この後、どこに向かうの?」
『まずは両親の馴れ初めのコンサートホールに行ってみたい。ここから東に四キロ飛ぶと大きな街があるはずだ。ついて来てくれ』
「ライライ、お弁当用にお花をカバンに入れておくね」
「キュウキュウ」
太陽が一つだからか、光が優しい。どこまでも続く青空は自由を感じさせる。遠くから何かが来たので、ライライに頼んで低空飛行をする。
五メートルはある固そうなボディのドラゴンが優雅に頭上を飛んでいった。
「人間界にもドラゴンが居るんだ」
『ああ、魔法を使える者もいる。君は人間に近い外見だから違和感なく馴染めるはずだ』
ぼくが馴染めても、ふわもこドラゴンのレッドと羽パンダのライライは目立ちそうだ。
しばらく飛んで、少し休憩して、また飛んで、やがて華やかな街が見えてきた。存在感のある白いお城がデーンと構えて、そこから伸びる道にカラフルなレンガ屋根の家が並び、お店もたくさんある。
『ここからは目立たぬように歩いて行こう』
森の中に着地して、ライライにはご飯を食べてもらい、レッドと並んで歩きながら街に入って行く。
「大きな……青い鳥かしら?」
「二足歩行で前足が手みたいで、ドラゴンじゃないか?」
「小さいわね、二メートルぐらいかしら」
「ふわふわのモコモコー!」
レッドはすぐに町の子供たちに取り囲まれた。
抱きつかれたり、あちこち触られたりして、くすぐったそうにしている。
町の人に道を聞きながら、目的の場所についた。
「歌姫アンジェリークの本日席ありますよ。金貨一枚。金貨一枚です」
三階建てサイズの立派な建物の前で、お店の人がチケットを売っている。どうやら魔界とは通貨が違うらしい。
金貨を稼ぐにはどうしたらいいんだろう。カバンの中の紙幣を見つめる。
『もしかしたら魔界の通貨は古いのかもしれん。途中に古銭屋があったから聞いてみよう』
小さいお店なので、レッドには外で待ってもらう事にした。
中に入ると、窓際の席で白いヒゲのおじいさんがのんびりコーヒーを飲んでいる。気持ちのいい音楽が流れて落ち着く空間だ。
「これは珍しい。五十年前の紙幣ですじゃ。状態も良いし、金貨三枚は出せますじゃ」
レッドと二人でコンサートを見れる!
「では身分証明書をご提示くださいですじゃ」
「みぶんしょうめいしょ?」
「盗まれた物を買い取ってしまうとのう、ワシが罰せられますのじゃ」
「……あのう、ぼくは家族と山奥で暮らしていました。両親が死に、頼れる身内もおらず、古い金庫からお金を持ってやってきました。都会のルールは全く分かりません。身分なんとかはどうやったら手に入りますか?」
「それはそれは、お気の毒ですじゃ。では店を出て東に進んで十字路を更に東に進んでいくと、最近できたばかりの建物があるんじゃ」
「はい」
「冒険者ギルドといってな、受付をするとギルドカードを発行してもらえる。それが身分証明書になるんじゃ」
「分かりました」
「ギルドマスターは知り合いでな、ワシが紹介状を書いてやろう。きっと寝る場所も何とかしてくれるはずじゃ」
「ありがとうございます!」
「しばらく店内を見ていてくだされ」
並んでいる商品は全部くすんでいる。埃のかぶったランプ。壊れた時計。ガラクタばかりに見えるけど、お客さんは来るのだろうか。
カタカタと音がした方に視線を向ける。
「光の精霊?」
十センチほどのガラスの小瓶に入れられた少女。レモン色の髪と、輝く虹色の羽をしている。涙を浮かべてガラスをトントン叩いている。
「書けましたぞ」
「あのう、この子はおいくらですか?」
「ホッホッ、お目が高い。うちで一番高くてのう。金五十枚ですじゃ」
「ごじゅう!」
「お取り置きしておきましょう。立派な冒険者になったら迎えに来てくれじゃ」
店の外にはレッド目当ての人だかりが出来ていた。光の精霊を名残惜しく見つめてから、レッドを伴ってギルドに向かう。
『トリィ、どうした。うすぼんやりして……まさかとは思うが、気になる女性でも?』
「精霊仲間として心配なだけ。小瓶に閉じ込めれていて可哀想なんだ。解放してあげたいな」
木の匂いがする建物に着いた。
看板には【レジェンド・ナッツ】と書かれている。中に入ると、右目に縦向きの傷がある強面のおじさんが座っていた。
「なんだガキんちょ。ここは駄菓子屋じゃねえ」
「古銭屋さんの紹介で来ました」
手紙を渡すと渋い顔をして受けとり、やがて目頭を押さえてうめき始めた。何事かと思ったらボロボロ泣いていた。
「そんな若えのに親と死別かよ、うちの二階を使ってくれや」
「ありがとうございます。あの、ペットが二匹いるんですけど、大丈夫でしょうか」
「一番でかい部屋を貸してやる。ヤギでもブタでも連れて来い!」
外にいたレッドを中に入れて、口笛を吹いてライライを呼び寄せた。
「なんっじゃこの生き物はああ!」
おじさんは目をこぼれそうな程に大きくしていたが、やがて現実を受け入れたのか着席した。
「白黒のは外の牛小屋でいいか。屋根もあるし、水も飲める」
「助かります」
「ドラゴンは一緒の部屋がいいか?」
「はい」
「まあ小柄だしな。寝ぼけて火を噴いたりはしないよな?」
「大丈夫です(多分)」
色々聞きながら受付票に記入していく。
名前、住所、使用武器など。魔界では誰もが恐れ
《あの精霊のために売ったらブチ殺すぞ》
「十八歳未満の冒険者は五級から始まる。仕事をこなせばどんどん上がっていく。カードは皮のケースに入れとくから大事にしてくれ」
「ありがとうございます。冒険者、頑張ります!」
「よし、次は部屋を案内しよう」
一階はテーブルと椅子が並んだロビーと、買取所がある。森に入ってモンスターを討伐したり、希少な物を見つけたら売れるらしい。
階段を上がって二階に行くと、いくつもの部屋があった。冒険者が疲れを癒すのに使うらしいけど、一番奥の部屋を貸してもらえた。
「わあ、日当たりがいい!」
向かって右側にダブルベッドがあり、左側には机とクローゼットがある。窓が大きくて明るい。
「金庫は自分の魔法を通して鍵をかけておくように。こっちは部屋の鍵だ。首から下げるように紐をつけておいたから──」
あたたかい人と、あたたかい部屋。
胸がいっぱいになって、涙がとめどなく溢れた。
「お、おい。どうした」
「こんなに良くして頂いて、本当にいいんですか……ぼく、一文無しなのに……」
マスターは頭を鷲掴みにするようにワシャワシャと撫でてくれた。
「ガキを守ってやるのが大人の役目だ」
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