第29話 生も死も射抜く女戦士現る!(人狼キョウ視点)

 人狼のキョウです。ただいま森で迷子です。


 魔王城でスイーツを担当していて、最近はホイクエンの調理補助もしている。ここの料理長がかなりの腕で、毎日勉強になって楽しい。


 だけど、プライベートの問題でメンタルがズタボロなんだ。聞いてくれるかな。


 先日、初恋の子と結婚した。

 フリフリのネグリジェを着た湯上がりのトリィはすごく可愛くて、抱き締めると甘い匂いがして、おやすみのキスはマシュマロみたいに柔らかい。

 ふわふわの髪を撫でながら、体温を共有して眠る時間は幸せだ。


 トリィがまだ十二才だから、それ以上の事はしないと他のメンバーと話し合って決めた。

 他のメンバーってのは、トリィの奥さん二人。

 変な関係なのは分かってる。だけど俺たちみんな納得の上で幸せに暮らしているからいいんだ。そう思っていた。


 トリィに子供が出来るまでは。


 いつかはそうなると思っていたけど、早すぎる。他のメンバーの抜け駆けだった。トリィは男一人、女二人の親になり、幸せそうに育児をしている。


 その姿を見ているのが辛い。

 まるで家庭のある相手に横恋慕しているようで、いたたまれない。


 女の子だと思って好きになって、一度も裸を見ていない。同性愛のくくりだけど、自分ではそう思っていない。

 一線を超えなくていいならその方が良かった。

 トリィを男だと認識しなくて済む。

 そうやって見て見ぬフリをしてきた事実を、父親という形で突きつけられて、しんどいんだ。



 ホイクエンの仕事を終えて城に帰る途中に、森の中に入っていく白い馬を見かけた。日が暮れればモンスターがたむろする。止めようと追いかけて、まんまと迷子になってしまった。


「暗いし、寒い……」


 たまたま見つけた小さい洞窟に入り、完全オオカミ状態になって集めた葉っぱに潜っている。それでも寒すぎる。夜を越せないかもしれない。


 そういえば、トリィが極寒の物置で凍えていた事があった。

 赤ちゃんドラゴンを捨てて来いと言われて、反発して城を出て、死にかけたんだ。


 駆けつけてオオカミ状態で抱きしめた時の、安堵した笑顔が忘れられない。優しくて危なっかしくて、ずっと守ってやろうと思った。


 この場にトリィが居たなら、懐に潜り込んでくるんだろうな。キョウ君はあったかいねって言って幸せそうに笑うんだ。


 今すぐ会いたい。


 恋しくて泣きそうになった時、森の中から何かが近づいてくる気配がした。

 威嚇の態勢で待っていると、現れたのは翼の生えた白い馬──ペガサス──に乗った、褐色肌の耳が尖った女性だった。クリーム色の髪をポニーテールにしている。


「あー!」


 女性はペガサスから飛び降りて駆け寄ってきた。

 ガシッと顔を掴まれて、ランランと輝く銀色の目を向けてくる。


「キミ、会った事あるよな、アタイと!」


「え?」


「こんな美女を忘れるな、コレ見て思い出せ!」


 背中から取り出したのは、暗闇にありながら虹色に輝く美しい弓──幼い日に瞼に焼き付いた姿。


「魔界三大神器の一つ、千兆の弓クァドリリオンアロー!』


「正解。じいさんと一緒に死にかけてた人狼の坊やだよな? ヒト型バージョン見せとくれよ!」


 普段の姿に変化してみせたら、更に目をギラギラさせた。もはや太陽みたいに燃えている。


「イケメンじゃーん。好みだわー。これも何かの縁だしさ、アタイたち付き合っちゃおうよ!」


 ぎゅっと腕を組まれて胸を押しつけられる。

 柔らかい体……いかにも女の人って感じ。けっこう年上だろうけど顔立ちもキレイだ。


 付き合って、お互いの事を知っていって、結婚して、子供が出来て──そんな自然な関係性が頭をよぎる。

 トリィとは付き合う前に結婚しちゃったしな。

 もっと普通にデートとかしたかった。いや、今からでも出来るか。


「嬉しいですけど、俺、もう結婚していて」


「えーどう見ても十代なのに人生決めんの早いって。アタイ諦めない。アンタの嫁に会わせなよ、宣戦布告してやるから!」


 ペガサスの背中に二人乗りして、木の上に飛び上がった。森を超えて城下町に差し掛かった時、大通りでじいちゃんと一緒に居るトリィを見かけた。


「あの子です。ふわふわの綿飴わたあめみたいな頭の!」


「全然ガキじゃん。そうだ。人狼の坊や、名前なんてーの?」


「キョウです」


 ペガサスはフワッと優雅に大通りに着地した。

 ザワザワする人垣をかきわけてトリィがやってきた。汗で前髪が額にくっついている。


「キョウ君! 無事で良かった。」


 手には似顔絵が描かれた紙を持っている。心配して必死に探してくれていたんだ。嬉しくて叫び出しそうだ。

 褐色の女性がガシッと俺の肩を掴んだ。


「アタイはダークエルフ族のノワール。キョウを気に入ったので婿ムコにもらう。文句あるか?」


 トリィはキョトンとして、ダークエルフと俺とを交互に見てくる。後ろのじいちゃんも同じ事をしている。


「キョウ君……どういうこと?」


 初めて見る表情だ。嫉妬と不安が入り混じったようなエメラルドグリーンの瞳にまっすぐ射抜かれて、焦るよりも高揚する。


「こ、この人は、じいちゃんと俺を病気から救ってくれた恩人なんだ。森で再会して意気投合してさ」


「あの時のダークエルフ様か!」


「そう、アタイは千兆の弓クァドリリオンアローに選ばれし戦士。癒しの弓だからって甘く見んなよ、生も死も等しくはらえるのよ」


 虹色に輝く美しい弓に、群衆がワッと盛り上がった。じいちゃんが地面に手をついて感謝の意を示している。トリィはダークエルフを睨みつけながらペンダントを魔剣の姿に戻した。


「ぼくだって百万殺しの魔剣ミリオンキラーに選ばれた剣士です。キョウ君は渡しませんよ」


 派手な金の持ち手と凶々まがまがしく光る剣身を見て、群衆の盛り上がりは最高潮だ。なにせ魔界三大神器のうち二つがこの場に揃っているのだから。


「弓の姉さんと剣の嬢ちゃんに取り合われるとは、あの少年は何者なんだ?」


「どっちを選ぶと思う?」


「俺なら弓の姉さんだな、スタイルいいし」


 心臓が飛び出そうなほどにドキドキして、どうすればいいのか分からない。ダークエルフをチラッと見たら、目をギラつかせて矢を構えている。


 駆け出して、トリィを背中に庇うようにして両手を広げた。


「じいちゃんと俺を救ってくれた事、心から感謝しています。ですが俺は、トリィと別れるつもりはありません」


「アタイを振るなんていい度胸だ!」


 矢が射られて、体のどこかに穴が開くのを覚悟した。だけどいつまでも痛みは訪れなくて、目を開けるとトリィが目の前に立っていた。

 地面に真っ二つになった矢が転がっている。


 ミリオンキラーを讃える歓声の中で、トリィの澄んだ声が響いた。


「キョウ君はぼくの一番なので諦めてください。あんまりしつこいと斬りますよ」


「はん、今日のところは引いてやんよ。キョウ、またね!」


 ダークエルフはペガサスに飛び乗って夜空に羽ばたいて消えていった。トリィは振り向かない。不安に駆られてその小さい肩を抱き締める。


「ごめん、俺がハッキリしなかったせいで危険な目に遭わせて。どこも痛くない?」


「……ちょっとだけ胸が痛い……」


 矢が刺さっていたのかと振り向かせると、必死に泣くのを我慢している顔があった。プルプルと唇を震わせている。


「怖かった。キョウ君を取られるかと思った!」


 たまらない気持ちになって、きつく抱きしめて頭を撫でる。

 人前だし、からかわれている声がするけど、気にしている余裕なんてない。こんなにも好きなパートナーがいるのに、他に行けるはずがなかった。




 城に帰って、一緒に風呂に入った。

 初めて裸を見たけど、男だとショックを受けるどころか、むしろ、なんか、良かった。


「そんなにジロジロ見て、本当は大きい胸がいいとか思ってるんでしょ」


「うーん、そうなんだけど。トリィの場合は無くても別に。顔とのバランスがいいっていうか」


 白い肌はスベスベだし、泡を立てて髪を洗っている時の指ざわりもいい。毎日一緒に入りたい。

 密着して湯船に浸かっていると、じわじわ喜びがせり上がってくる。


「俺、いつのまに一番になったの」


「ずっとね、キョウ君に好きな女の子が出来たら祝福しようと思ってた。でも、ダメだった」


 湯船の中で指が絡む。


「殺してでも排除しようと思ったんだ。こんな気持ちになるなんて、一番以外にありえないでしょ?」


 視線を合わせて唇を重ねた。そのまま首筋にもキスをする。子供にイタズラをしているような背徳感を覚えながら、意外と嫉妬深いトリィを全身で独占した。




 その後もダークエルフの姉さんは城下町に現れた。貢ぎ物をすればどんな病も治してくれると話題になり、全魔界から人が集まるようになった。


「どこだ、キョウー!」


 まだ俺を諦めてくれてはいない。彼女に接触させないように、ドラゴンに乗ってパンダを連れて迎えに来るトリィに毎日ニヤニヤしてしまう。


 嫉妬している時の顔が特別に可愛いと言ったら、さすがに怒られるだろうか。

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