第25話 ドラゴン研究センターで縦ロール弓兵と戦って、ドラゴンと結婚(後編)

 ディアブロさんの幻覚魔法が敵にかかったら、すぐさま斬り捨てる。

 一瞬で全てが決まる作戦。


 肩にいるモコちゃんに静かにするようにお願いして、ペンダントを握りしめながらショーケースに隠れて敵の背後に移動していく。


「きゃあ、ヴヴ様ー!」


 縦ロール女がディアブロさんに駆け寄る。

 ぼくはスカイブルーを魔剣の姿に戻して後ろから斬りかかろうとして──


「なあんて、甘いですわよ!」


 縦ロール女はディアブロさんに至近距離で弓を放った。肩と脇腹と太ももに刺さってうずくまる。


「ヴヴ様は美しすぎる引きこもりですわ! こんな場所に居るはずありませんのよ、そして後ろにもう一人いますわね!」


 シャッと弓が向けられる。

 届かない。斬りかかる前に射られる。その刹那。


 目の前に青い翼が広がった。


 弓は当たらず、雄叫びと共に甲高い悲鳴が上がった。強烈な熱さと焦げた匂いが漂ってきた。


 視界が開けた時、縦ロール女だったと思われる消し炭がそこにあった。


「赤ん坊だったドラゴンが、守るために急成長して燃やし尽くしたぞ!」


「やはりドラゴンは最高だ!」


 ワイワイ盛り上がる職員さん。振り向くと二メートル程の青いフサフサのドラゴンが立っていた。赤い目がじっとこちらを見つめる。


「モコちゃん……なの?」


『そうだ』


 聞き覚えのある声に思考が停止しかけたけど、苦しそうなうめき声が聞こえて、我に返る。大怪我をした三人をみんなで外に運び、最大回復魔法を発動する。


 <千の癒しサウザンド・ヒーリング>


 全魔力を使ってしまったらしい。三人が起き上がるのを確認して草原に倒れ込んだ。


 目を覚ましたのは、海の見えるキレイな個室だった。机の上にメモが置かれている。どうやら展示室を守ったお礼としてゲストハウスを貸してくれたらしい。みんな無事みたいで良かった。


 モコちゃんも側にいる。

 さっき聞こえたのは、待ち望んでいた声だ。


「レッドなの?」


『やっと言葉が通じるようになった。ずっと孤独だったのだ。ディアブロ殿にジョークを言っても反応が無いし』


「どうして、ドラゴンに……」


『私は修行に出てすぐに殺された。隙をつかれて大鎌デスサイズを落とされ、心臓を刺し貫かれたのだ』


「誰がそんなことを! 痛かったでしょう……」


 モコちゃん改めレッドの胸のあたりを触る。

 心臓という事は、即死だったのだろうか。血まみれで倒れている姿を思い浮かべて、身がちぎれるような心地がした。


『犯人は、魔神教徒アスタロ。とても危険な男だ。野放しにすれば魔界に危険が生じるであろう。探すのを手伝ってくれるか』


「もちろんだよ。レッドの仇は絶対に討つ!」


 視線を合わせてそう告げると、レッドの顔が近づいて、肩にアゴを乗せてきた。


『父上の事はもう気にしなくていい。自分の命を守るためによく戦った。君が生きていてくれて嬉しく思う』


 そうだ、モコちゃんだったんだから懺悔を聞いてくれていたんだ。レッドの言葉が嬉しくて、息が苦しい。


『私の気持ちを聞いてくれるか。里親の立場で告げればDVに当たるかもと思い、言えなかった。だが今はただのドラゴンだから遠慮はしない』


「聞かせて」



『君の事がずっと好きだ。誰にも渡したくない』



 じわっと涙が浮かんで、吸い寄せられるように抱きついた。全身フサフサだけど、首周りは特にモフモフしているから最高に気持ちがいい。


「遅いよぉ、ぼく結婚しちゃった」


『ああ、待たせて本当にすまなかった。君はちゃんと予告してくれていたのに』


 ベッドに一緒に腰掛ける。まだ身長二メートルぐらいだから、すごく背が高い魔族って感じで、あまり違和感がない。


『ディアブロ殿はああ言っていたが、私は君達の関係を否定するつもりはない。もし別れれば人魚たちは再び見合いの危険にさらされるし、人狼は行き場を失うだろう』


「ぼく、レッドと結婚したい。十二歳になるまで頑張って待つから」


『私も同じ気持ちだ。十二年も待たずとも、ドラゴンとヒト型魔族の結婚は、主従関係という形ですぐなれると思うのだ』


「分かりました、ご主人様!」


『逆だろう。生涯をかけて主人である君を守る。辛い時も、幸せな時も、分かち合おう』


「はい!」


 レッドにお姫様抱っこをしてもらい、所長さんの所まで飛んで行って、ドラゴンとの主従関係について詳しく聞いた。


「お揃いのものを身につけて、お互いの血を舐めれえば契約完了です。このマイオスが見届け人になりますからな!」


「お揃いって、ドラゴンに指輪は難しいですよね」


「手首につけるバングルがございます。身につけているだけで魔力を貯めておける効果があり、更に、伸縮性でピッタリフィット!」


 軽快なセールストークに流されるままに二個購入した。ドラゴンの爪は細かい作業に向かないので、一人で手首にはめていく。レッドを独占する感覚にじわじわ興奮してきた。


「次は血を舐めると。スカイブルー手加減してね」


《なんかさ、オレ様に他に言う事ねえの?》


 えーと……これは実質、結婚なわけで。スカイブルーは親代わりなわけで。


 お父さん、レッドと結婚してもいいですか?


《ハイハイ。お前が幸せならいいよ》


 わざわざ言わせておいて雑な回答だな。今まで何も言わなかったのに、いきなりお父さんムーブをかましてきたのは何故なのか。


《だって本気なのは今回だけだろ》


 フリーとワイファとキョウ君に申し訳ない気持ちがたくさん湧いてきた。研究所オリジナルのドラゴンクッキーをお土産に買っていこう。


 スカイブルーで手のひらを薄く切って血を流し、それをレッドに舐めてもらう。思わず声が漏れそうなぐらい恥ずかしく、気持ちが昂る。


 レッドはどうするのかと思って見ていたら、鋭い歯で自分の舌を噛んで流血した。ええ? 舌って? そして正面からガッチリと肩を掴まれた。


 ドラゴンの血は、眩暈めまいがするほど甘かった。


「ほう、ファードラゴンの主従契約は口づけでしたか。ヒト型魔族と感覚が近い。実に興味深い!」


 所長さんが目を輝かせてメモを取っている。

 違うんです。見た目はドラゴンでも、中身は魔王なんです。


 ディアブロさんの部屋を訪ねると、研究所の女医さんに包帯でグルグル巻きにされていた。包帯の上から三角メガネをかけているけど、見えているのかな?


「トリィ様、この度はお救いくださり、ありがとうございました」


「あの、そこまで重症なのですか」


「いいえ。こちらのお医者様が念のためにと」


「とりあえず包帯を巻いておけば治りますから。包帯は万能なのですから」


 腕のいい感じではないけど、ディアブロさんから嬉しそうな気配を感じる。奥さんもそうだし、お医者さんがタイプなんだろうな。


「お連れ様は二日ほど安静にして頂いてから、お城にお送りします。助手殿にはラブラブなファードラゴンがいるので大丈夫ですな」


 所長さんに見送られ、レッドの背中に乗る。バサバサと羽ばたきを感じながらゆっくり浮かび上がる。背の高い人におんぶされているのと、感覚はあまり変わらない。


 夕焼け空の下、ゆっくり風を感じる。

 フカフカで気持ちが良くて寝そうだけど、落ちたら死んじゃうから気を張っていないと。


「人前であんないやらしいキスをするなんて、レッドの変態。ムッツリすけべ!」


『パートナーが三人もいるクセに、何を今更』


「みんな、ぼくが子供だからエッチな事はまだって言ってくれてるのに!」


『結婚相手に遠慮する気持ちが分からぬ』


「そういうのDVの一歩手前なんだからね!」


『イヤだったのか?』


 風と、羽ばたきの音だけが聞こえる。

 静かな世界で心臓の音だけが、太鼓みたいにうるさく鳴り響いている。



「……全然イヤじゃない」




 ドラゴン研究センター襲撃事件は、すでにお城にも報告が入っていた。家族もサトリの子達も心配して出迎えてくれる。


「モコちゃん大きくなってるー!」

「乗りたーい!」


 子供達に囲まれているレッドを置いて、パートナー三人に応接室に来てもらう。罵られるかもしれないけど、ちゃんと話さなくちゃ!


「姫、お話よく分かりました」


「フリー、怒ってる?」


「今すぐお休みになるべきです。歩くのも辛いならベッドまでお連れしますから!」


「え、え、え?」


「姫ちゃん。ドラゴンの声が聞こえるなんて、きっと研究センターで変な洗脳を受けたのよ。みーが子守唄を歌ってあげるから」


「正常だよ! キョウ君は分かってくれるよね」


「トリィの中で魔王レッドがまだ一番だって事は分かった。俺、もっと頑張るから。とりあえず美味いお粥を作るよ」


 結局、まったく信じてもらえず、三人がかりで寝かしつけられてしまった。


 お粥では物足りず、お腹がやかましい音を鳴らして夜中に目を覚ます。

 レッドはベッドの横で起きていた。


『つまみ食いに行くと思ってな。付き合おう』


「うん!」


 誰もいない厨房からお菓子を拝借して、水筒に水を入れて部屋に戻ろうとした。けど気が変わって階段を上がっていく。温室でスヤスヤ眠るライライを起こさないように屋上に向かう。


「見て、レッド」


 満点の星空を、クッキーを食べながら見上げる。

 フカフカのレッドに寄り添っているから、全然寒くない。


『トリィ、今宵は良い月だな』


 見上げるドラゴン顔に、転生前の面影が見える。

 ボーッと見とれていたら、燃えるように赤い瞳がこちらを向いた。


「おかえり、レッド」


 姿は少し違っちゃったけど、間違いなく待っていた人だ。抱きついてモフモフの首に手を回す。

 これ以上は成長しないで。ヒト型に近い大きさで止まっていて。


 レッドは手と翼の両方で抱きしめてくれた。


『ただいま』




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