第24話 ドラゴン研究センターで縦ロール弓兵と戦って、ドラゴンと結婚(前編)

 レッドの夢を見た。


 燃えるように赤い髪と、同じ色の瞳。

 優しく名前を呼んで、微笑みかけてくれる彼のそばに居るのが生き甲斐だった。


 孤児院の物置から救い出してくれた日。

 お風呂に入れてくれて、あたたかいご飯を食べさせてくれて、名前を付けてくれた。


「絵本を読もう。気になる物はあるかな?」


 文字は読めなかったけど、表紙が気になって一冊選んだ。ランプの光の中でゆっくり読んでくれた。あたたかいベッドに、落ち着く声。


 整った横顔をボーっと見ていたから、あんまり内容は覚えていない。


 勉強がイヤ過ぎて逃げ出した時は、汗だくで探しに来てくれた。怖い魔法使いに襲われた時は、傷だらけになりながら背中にかばってくれた。


「トリィ、今宵は良い月だな」


 肩を寄せ合って、お城の屋上から見た星空を忘れる事は、きっと一生無い。洗いたての髪がいい匂いで、触れ合った場所から体温が伝わってきた。


 特別な一人になりたくて、フリフリのネグリジェでベッドに誘った事が三回あるけど。


「眠れないのか、ならば本でも読もう」


 と、寝かしつけられた。

 レッドからすれば【拾った子】で、恋愛対象じゃなかったんだろう。でも、ぼくは──。



「ウピー?」


 一緒に寝ていたモコちゃんが顔を覗きこんできた。赤い目を心配そうに光らせ、青いふわもこボディで涙を拭くように体をこすりつけてくる。


「ありがとう、モコちゃん」


 上半身を起こして、モコちゃんを抱きしめる。優しい匂いを全身で味わうように深呼吸をする。


「……レッドに会いたい……」


「ウピウピー」


「モコちゃん、懺悔ざんげを聞いてくれる?」


「ウピ?」


「ぼくね、レッドのお父さんを殺してしまったんだ。隠し子だってバレて、殺されかけて、怖くて返り討ちにしてしまったんだ」


「ウピピ!」


「必死に隠してきたけど、レッドは全部知ってしまったのかもしれない。だから修行に出てしまった。ぼくの顔なんて見たくないから。そして、そのまま──」


「ウ、ウピー」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 モコちゃんを抱きしめながら泣いて、気がついたら二度寝していた。


 ノックの音で目を覚ます。

 ドアの向こうから来客の知らせを受けた。名前を聞いただけでは思い出せなかったけど、仕事内容ですぐに分かった。


 お城の二階にある応接室。

 ドラゴン研究センターの所長をしているケンタウロスがいた。モコちゃんに燃やされた髪は無事に生えてフサフサしている。


「お久しぶりですな、助手殿。今は庭の住宅に暮らしていないのですな!」


「はい。お城でお世話になっています。いつもお野菜と果物をありがとうございます」


「お気になさらず。メイド長殿から謝礼として研究費を頂いておりますからな!」


「今日は、もしやモコちゃんのお父さんの件ですか?」


「その通り。遂にファードラゴンの剥製が完成いたしましたので、一般公開より先にお見せしたいと思いましてな!」


「ウピピー!」


「わあ、楽しみです。他にも誰か連れて行ってもいいですか?」


「ドラゴンを愛し、ドラゴンを尊び、ドラゴンと家族になった事のある方ならば!」




 一階のクリニック。

 心労で入院しているディアブロさんを訪ねる。


「ファードラゴンとは珍しい。実に興味があります。ぜひご同行させてください」


「よろしくお願いします」


「ちょうどトリィ様と二人きりで話をしたいと思っていましたからね」


 ディアブロさんは奥さん一筋だから、重婚についてたくさん叱られるんだろう。お説教イヤイヤモードのついたイヤーマフを持って行こうかな。


 外に出ると、観光仕様のドラゴンが居た。ガラス張りの見晴らしのいい箱を肩からかけて、更に手に持っている。

 箱の中にはソファが固定されている。


 中に入って着席すると、フワッと浮かび上がる。少し揺れたけどすぐに落ち着いた。先日ヘビ女に壊されたけど、修理されて以前より高く強固になった城門を飛び越え、森の上を飛んでいく。


「いい景色ですね」


「ウピー!」


 膝に乗せたモコちゃんも大喜びだ。

 大きくなったモコちゃんに乗せてもらうの楽しみだな、きっと心地いいんだろうな。


「トリィ様は、レッド様をお忘れになりましたか」


 不意に話しかけられて、少しだけ息をするのを忘れた。なんとか呼吸を整えて、湧き上がる苛立ちを込めて答える。


「そんなわけないでしょう!」


 ディアブロさんは三角メガネを直しながら、ため息をついて、話を続ける。


「まだお若いですから、結婚とはなんなのかを理解していらっしゃらないようです。病める時も健やかなる時も支え合い、生涯をかけて愛し抜く契約。その相手は、一人だけに決まっております」


「三人とも大切です。守り抜いてみせます!」


「それならばお聞きしますが、人魚の姉妹に他に好きな人が出来た場合、別れたくないとすがりつきますか?」


「え……」


「人狼の彼に、おじいさまにひ孫を見せたいから離婚したいと言われたら、拒みますか?」


「それは……」


《オイ、こいつお前のコト舐めてるぜ。言ってやれ。裏切り者はブチ殺すって!》


 頭の中でスカイブルーが煽ってくるけど、ぼくは何も言い返せない。だって、そうなったらきっと、みんなを引き止めないだろうから。


「トリィ様の婚姻はお気に入りの玩具オモチャに名前を書いているようなもの。非常に稚拙ちせつです」


「……ディアブロさんって、意地悪ですね」


「レッド様の友人として、言わずにはいられませんでした」


「ウピー」


 モコちゃんを撫でて気持ちを落ち着かせよう。

 そんなんじゃないって分かってもらわなくちゃ。でも、なんて言ったらいいの。


玩具オモチャなんかじゃない、ちゃんと好きですから」


「ならば失礼します」


 突然伸びてきた手にガッと手首を掴まれた。


「なんですか、失礼ですよ」


「この手を離した時、あなたの隣にいるのは一番好きな人です」


 ディアブロさんが得意とする幻覚魔法だ。分かっていてかかるもんか。何も変わらないカマキリ顔があるだけだ。

 手が離れて、一瞬かすんだ視界に見えて来たのは──。


「……レッド……」


 燃えるように赤い髪と、同じ色の瞳。

 夢に見たばかりの初恋の人。


「ごめんなさい……そんなに怖い顔しないで……君に嫌われたら生きていけない……」


「ご自分のお気持ちをご理解できましたか、では馬鹿げた結婚はやめて、これからはもっと誠実に」


「ウピピピピー!」


 モコちゃんが膝から飛んでいき、ディアブロさんに頭突きをした。羽をバタつかせながら、何度も髪をむしっていく。


「モコちゃん、ダメだよ」


「ウピピピピー!」


 結局ディアブロさんの頭は一部ハゲてしまった。


 ひたすら謝っている内に、ドラゴン研究センターに到着した。海の見える小高い丘にあり、潮風が気持ちいい。

 二百メートルはある大きな建物が二つ並んでいる。片方は研究室。片方は展示室らしい。


 モコちゃんを肩に乗せて、頭を気にしているディアブロさんと一緒に見学させてもらう。研究室には様々な種族の職員さんが五十人ほどいた。

 共通しているのは、みんなドラゴンを愛しているってことだ。


 保管庫にあるファードラゴンの剥製は、とても立派だった。


 どんな技術か分からないけど、体の傷は修復されて、フサフサした毛も輝く目も生きているみたいに見える。


「ウッピー!」


 モコちゃんもお父さんに会えて嬉しそうだ。

 ディアブロさんも三角メガネをしきりに直しながら、興味深そうに見つめている。


「展示室は、何も飾ってないんですね」


「ファードラゴンのために新しく作りましたから!」


 ショーケースはあるけど、中身が無い。

 真っ白な空間を見ていたら、一番目立つスペースに案内された。土台があり、ステンドグラスの天井から穏やかな陽光が差し込んでいる。


「ここにファードラゴンをメインとして飾ります。お客さんに絶賛してもらうのが今から楽しみで!」


 職員が数名、奥からやってきた。

 みんな白衣を着ていて、真剣な表情で展示品の打ち合わせをしている。みんなの努力が報われて、お客さんがたくさん来てくれたらいいな。


 と、そこへイヤな気配を察した。

 振り向くと出入口に縦ロールの女が弓を構えて立っていた。どう見てもお客さんじゃない。


「所長さん、不審者です!」


「なんですと!」


 縦ロール女は、複数の矢をセットして、弓をぼくに向けた。急いで伏せたけど髪が数本床に落ちる。壁を針山みたいにされて、悲鳴が上がった


「なんだね君は、出ていきたまえ!」


 指を突きつけながら近づいていった所長さんは、縦ロール女に真っ正面から射抜かれた。


「所長さん!」


「クソ魔王のクソ法律のせいで、信者がヴヴ様に結婚を迫って断られて脱退。かなり数が減ってしまいましたの。ここを支部にして巻き返しますわ!」


 逃げ出した職員さんが背中を針山にされた。


「あははは、異教徒は皆殺しですわ!」


 ひどい。なんて身勝手なんだろう。

 自分たちの欲望のために、真面目に頑張っている人達を傷つけて、努力の証を踏みにじろうなんて。


 魔王アイボリー様が魔神教を壊滅させるわけだ。


「トリィ様、自分が幻覚を見せて隙を作ります。後はよろしくお願いします」

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