第26話 教祖、保育園に圧倒される(殺し屋グレイ視点)
魔界の西側にある魔神教エリア。
小さい子供の泣き声で目が覚めた。
背中が痛くなる粗末なベッドから出て、頭をかきながら声の主を探して
誰もいない食堂で、身長百センチぐらいの栗色の髪の子供が天を仰いでいる。
丸いタヌキ耳と、フカフカしたシッポがピョコピョコ揺れるのを見ていたら、地団駄を踏み始めた。
「絶対に許さへん! アホ魔王のアホ影武者!」
「おはよーヴヴ」
「教祖名で呼ぶなや!」
オイラはアッシュグレイ。十四歳、殺し屋だ。
触れた者の、命の時間や能力を奪う魔法【
生まれつき存在感が無い上に訓練を積んでるから、コッチから話しかけない限りは誰の目にも映らない。
「最近、信者の数が減ったと思ってたら……こりゃあ廃業だ」
「はあ、魔王の生首を貢いでくるヤバイ奴もおったんに、ほんまに四天王たち死んでもうたんか。みんなビビって逃げ出して、寝ている間に置いてけぼりや……」
「あちゃあ、孤児に逆戻りなんだ」
教祖名ヴヴ。本命ポン。
山奥に住んでいた化け狸族の生き残り。土砂崩れで村を失くして、なまりがキツくて孤児院でいじめられて、魔神教エリアに逃げてきた。
「幻術で相手好みのルックスなって、アロマ
「信者から結婚を迫られて断ったからなんだ」
「出来るかい、ワイは六歳や!」
ポンの幻術は心に隙が無いとかからないらしい。
オイラにはクソガキに見えるのに、みんな美形美形と誉め讃えるから、不思議に思って話しかけたら怒涛の勢いで身の上話をし始めた。
「グレイはワイの初めての
そう言って笑った顔が微笑ましくて、信者でもないのに入り浸る事になった。教祖ヴヴの趣味は花を愛でる事だが、ポンの趣味は砂で棒倒し。
友達を路頭に迷わせる訳にはいかないんだ。
「得意の幻術で魔王を魅了して貢がせるのはどうだ、城を乗っとってご馳走三昧するんだ」
「乗ったわ!」
二人分の腹の虫が鳴り響く。
オイラの相棒、ステルスドラゴンのクリアに二人乗りして魔王城を目指して飛んでいく。どこまでも広がる空が安全とは限らない。
「前からデッカイ集団が来たで!」
「ドラゴン騎士団だ。急降下して避けるんだ」
クリアに乗ってる時はオイラ達の姿も見えなくなる。隠密行動には最適だけど、事故には気をつけないといけないのが玉にキズだ。
「あんなん前から居たか?」
「四ヶ所ある洞窟街の近くに魔王兵団の宿舎が出来てさ、訓練とパトロールをすれば衣食住が保証されるんだ。そこで名を上げるとドラゴン騎士団にランクアップだ」
「なんやそれ、パトロールって魔王の仕事やん。ヒトに任せてサボんなや」
「希望者はもちろん、貧乏ゆえに犯罪を犯した子も兵士にしてるんだ。病気の家族がいるなら治してまで。更生ってやつ?」
「そないな子が言うこと聞くんか?」
「再犯には厳しいから魔王は。それにホラ、出世するとあんな感じだ」
華やかな教会を指差す。
騎士団の証である宝石の装飾をつけたドラゴンが見守る中、キレイな花嫁さん三人と花婿が現れた。大勢の客に盛大に祝われて花が舞っている。
「マジで重婚OKなんやな。別に羨ましないで」
「そうだよな、教祖ヴヴは男も女もはべらせていたんだ」
「はべらしてへんわ! みんなワイの部屋で、勝手にエエ夢見てただけやで」
婚姻の自由化は多くの金持ちの悲願だったらしい。これにより、何にも属さない
「ホラ、あれも最近よく見る」
ひっそりとした教会を指差す。
こちらは少数精鋭といった関係者が並び、花婿が二人。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに手を繋いでいる。
「同性婚はホント意味分からんわ。支持率アップのタメなんやろうけど」
「ポンはどんなコがタイプなんだ」
「そりゃあ、フサフサのキツネ耳の、目がクリクリした可愛え子や。グレイはどうなん?」
「おっぱいも尻もデカイ年上」
「欲望むき出しやん!」
そんな話をしている内に、魔王城に着いた。
だが見えない結界に阻まれて近づくことが出来ず、しぶしぶ城下町のドラゴン待機所に降りた。
頑張ってくれたクリアにエサをあげて、指定の寝床に居てもらう。膝を抱えて落ち込むポンの背中を軽く叩く。
「城下町から徒歩圏内に、魔王が最近作った施設があるんだ。そっちに居るかもしれないんだ」
「グレイはホンマ物知りやな! 自慢の
魔神教エリア四つ分はあるスペースに、二つの建物がある。まずは入場券を購入。オイラは透明だからタダで良かった。百日間フリーパスもあって、一日あたりがかなり安い。
入り口は騎士団にしっかり守られている。
強行突破しようとした輩がアッサリ取り押さえられて連れて行かれた。
まずは右側の『ガッコウ』に入ってみる。
日替わりで色んな勉強を出来るらしい。今日の講師は『ドラゴン研究センター所長』に『ゴーレム研究家』に『サプライズ研究家』に『次期当主の吸血鬼』に『現役医師』。
「ファードラゴンは希少な個体でしてな、その特徴はなんと言っても、この羽毛!」
「ゴーレムの動力源について説明する」
「皆さん、いま座っているのが椅子だとでも? サプライズ成功なり!」
「処女がどれだけ貴重な財産かを分かって欲しいのじゃ、相手に求められたからって簡単に体を許してはならんのじゃ」
「誰でも出来る応急処置よォ。まず足が折れてしまったとしてェ」
どの教室も賑わっている。明日になるとまた別の内容になるんだろう。最後に見た医者のお姉さん、ムチムチで良かった。
「医者狸族はエリートなんやで。口説くなら金がぎょうさんいるで」
次に左側の『ホイクエン』に入ってみた。
まずは
赤ちゃんを預かる無菌エリアと、商店エリアに分かれている。入場券をパスケースに入れて首から下げてさえいれば、自由に利用できるらしい。
「ゴユックリ ドウゾ」
あーくんを見送り、まずは入り口すぐそばの服屋に入る。
様々な衣装に着替えられるし、ここまで着てきた服や荷物をロッカーにしまえる。鍵もかかる。女の子達がドレスを着て楽しそうにしている。
二階をぶちぬいてある部屋は、巨大な滑り台とアスレチックジムが設置されている。壁にはカラフルな石が埋め込まれていて、掴んで登れる。
縄に掴まって移動するジップスライドもあって、ポンが雄叫びを上げながらやっている。
汗だくになった場合に備えて、シャワーブースがある。タオルも着替えも常備。水も飲める。
本が並ぶ自習室、紙が敷かれた落書き部屋、砂場遊びの部屋、紙芝居の部屋、昼寝部屋と並ぶ。
極め付けは──
「ランチが食べ放題や!」
朝から何も口にしてなかったから、大皿に盛られたご馳走の数々に、ポンは泣くほど喜んだ。どんどんお代わりをしていく。
オイラも遠慮はしない。肉も野菜もバランスよく。駄菓子まであるんだから至れり尽くせりか。
ポンがケーキを三つ食べながら言う。
「なあ、スタッフにジーサンバーサン多ないか」
「農作業が出来なくなった年寄りを口減らしのために山に捨てる事件が多発したから、拾い集めて働かせてるんだろう」
「影武者は変な奴やな、何を考えとるんやろ」
「直接聞いてみたらいいんだ」
食堂の一角を指差す。粉雪みたいな髪を赤く染めた少年が窓際に座っている。ポンは目を輝かせて近づいていった。
心に隙さえあれば、必ずかかる幻術で魅了するために。
「姫、今日のサンドイッチは自信作なんです」
「姫ちゃん、スープ取ってきたわよ〜」
「特別デザートだから、他の利用者さんには内緒な」
「ウピピー」
「キュウキュウ」
影武者は、キレイな姉さんと、可愛い姉さんと、パティシエ男子と、ドラゴンとパンダをはべらしていた。
幻術をかけられなかったポンは、光の速さで土下座を始めた。
「魔王様ー! 土砂崩れで故郷を失くして、孤児院でもいじめられて、行くところがないんやー! ワイとグレイを雇ってくれんかー!」
影武者はポンの手を取ってゆっくり立たせた。
「苦労したんだね……分かった。保育園スタッフ専用の宿舎があるから、ご飯を食べたら案内するね」
食事後、完全に油断した影武者の背中に向けて、ポンがナイフを取り出そうとした。死んでいった信者たちの仇討ちなんだ。
「おひめさまー!」
足元に花を咲かせながら走ってきた女の子を見て、ポンは大口を開けて固まった。フサフサのキツネ耳で目がクリクリの可愛い子だ。
タヌキの耳とシッポがピョコンと飛び出した。
「はじ、め、まして!」
「わあ、タヌキさんだ。わたし保育士のサリー。よろしくね」
キラキラ輝く笑顔を見て、足元から耳の先まで真っ赤になった。わかりやすい奴だ。
オイラ達は無事ホイクエンで働く事になった。
メシも美味いし寝床はフカフカ。今までの環境よりずっといい。
盗みの能力を生かして、高齢者スタッフのサポートをしている。肉体年齢を奪って足や腰を若返らせているだけなんだけど『奇跡のマッサージ師』と呼ばれている。
一目惚れした女の子にデレデレなポンをからかいながら、穏やかに過ごす日々は、正直悪くない。
今の魔王(影武者)の統治する平和な魔界が、このまま続けばいいと思う。
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