第18話 愛で繋がる魔神教の、ギラギラ宣教師

 太陽が隠れてどんよりな朝。


 コンコンとノックの音が鳴り響き、重い頭を押さえて起き上がる。フリーとワイファの復讐に付き合って夜更かししたから、疲れが全然取れていない。


「いま、いきます」


 モタモタと着替えて、まだ寝ているモコちゃんを抱いて階段を降りようとしたら、何かで濡れていて足をすべらせた。


「わあっ!」


 モコちゃんだけでも守ろうとしたから、おしりから着地する事になった。ズガガガッと下まで落ちる。石造りの階段はダメージが大きい。確実に青アザになっているだろう。


「うう〜」


 モコちゃんを床に置いて、痛みに悶える。毎日降りている階段だからって油断した。誰かが慌てて駆けつけてきた。


「大丈夫ですかー!」


 聞き覚えのない元気な声。誰だろう。ギギッと顔を上げると、パッチリ目の女性が立っていた。


「油を塗ったのはわたくしですが、貴方のその痛みは、魔神様が救ってくださるから大丈夫です!」


「はあ?」


「さあ魔神教に入って、教祖ヴヴ様とSEX!」


 全く意味が分からないけど、とりあえず今はそっとしておいて欲しい。おしりと太ももが痛くて泣きそうなんだ。モコちゃんが顔の近くに飛んでくる。


「ウピー?」


「モコちゃん回復魔法かけて……」


「ウピピ?」


「なんてね……うう、ライライのところまで這って行こうかな……」


 モコちゃんが顎の下に入りこんで、体を左右に揺らしてふわふわ攻撃をしてきた。お日様の匂いがして、あたたかくて、ものすごく幸せ……痛みが引いていく。

 可愛さには麻痺効果があるらしい。


「ありがとう、モコちゃん。なんだか平気になっちゃった」


 癒されていたら、突然モコちゃんが光の輪っかに拘束されて壁に貼り付けられた。犯人であるギラギラした目をした女性と向き合う。魔神教徒が何故この家に!


「ドラゴンは嫌いです! ヴヴ様の魅力が分からないケモノだから!」


「モコちゃんを解放してください!」


「ならば付いて来なさい!」


 そう言って一階に向かった。悲しげなモコちゃんの頭を撫でてから、階段を降りていくと──


 一階ホールで人魚、キョウ君、吸血鬼、子供達、メイド長さんまでもが、光の輪っかで体を捕縛されていた。


「ふははは! ビビりましたか! わたくしがその気になれば、全員真っ二つですよ!」


 指パッチンと共に輪っかが縮んだ。いくつもの、くぐもった悲鳴が上がった。


「やめてください!」


「申し遅れました。わたくし魔神教の宣教師ビリビアンと申します! こんな名前でも営業成績はトップクラスでございますので!」


「宣教師ってこんなやり方をするものですか、もっと教義とか詳しく教えてください」


「いいでしょう! 魔王派の基本は恐怖による支配ですが、魔神教の基本は愛です。魔族みなが兄弟になれば、これすなわち最強の平和!」


「みな兄弟というと?」


「魔神の化身である教祖ヴヴ様は、信者全員を抱いてくださります!」


 うわあ、子供達に聞かせたくない話になりそうだ。教育上良くない。どうしよう。


「病で腐り落ちていても、ひどい悪臭を放っていても、等しく抱いてくださります。博愛主義の権化なのです!」


「教祖様には病気が伝染うつらないのですか」


「ヴヴ様はSEXするたびに自分を殺して体をリセットなさいます。つまりいつでも童貞ピュアなのです!」


「死なないって事ですか?」


「死などとっくに超越した存在なのです! ヴヴ様の愛を一度でも受けたら誰もが虜。みんなで信者になって幸せになりましょう!」


 とりあえず時間を稼いでみたけど、突破口が見つからない。みんな口を塞がれて声を出せない状態だし、ドアは閉まっていてお城からは見えない。


 宣教師までの距離が三メートルはある。指パッチンのポーズをしているから、魔剣で斬りかかっても避けられて全員殺されるかもしれない。

 何か油断させる手はないかな?


《サトリ能力を使ってみたらどうだ》


 頭に響くスカイブルーの声。

 そうか、一か八かやってみよう。


 ピキッと耳に静電気みたいなものを感じた。


『しかしこの新魔王くん可愛いな。イタズラしたい。たまには抱く側になってもいいよね』


 ギラギラした目はぼくへの欲情だったのか。そういう事なら、自分から近づいてもらおうかな。


「お話はよく分かりました。ぼくを教祖ヴヴ様の元に連れて行ってください」


「そうこなくっちゃ!」


「あの、でも……ヴヴ様って男性ですよね、ぼく、いきなり男性に抱かれるのは、怖いです。初めては、ビリビアンさんみたいな素敵な年上のお姉さんが、いいです……」


「マ、マジですか!」


 人質たちが何人もジタバタと暴れだす。ごめん、これ演技だから。大人しくしていて。


「ぼくみたいな子供じゃ、その気になれませんか」


 視線を逸らしながらシャツのボタンを外して鎖骨を見せて、サッと背中を向ける。ジリジリと近づいてくるのを感じる。


「や、やっぱり恥ずかしいです」


 ふるふると背中を震わせながら待つと、体温が上がり切ったケダモノがすぐ背後に来た。ペンダントを両手で包み込む。


「お姉さんが、手取り足取り教えてあげる!」


 振り向きざまに首をはねた。すかさず胴体を倒して、手のひらを踏みつけて指を全てはねた。パチンと光の輪が弾け飛んだ音がした。


 胸の内にボウッと炎が宿る気配がする。

 この熱い感じ、レッドの炎魔法?


 剣身に手を近づけて炎をまとわせていく。そしてバラバラの体を撫でて火をつけた。元宣教師はあっという間に消し炭になった。


 黄色と赤がミックスされたような鮮やかな炎。

 これはコロンの狐火魔法なのかな。




 セキュリティが甘すぎたと反省して、みんなで魔王城に引っ越す事になった。今までの家は新たに雇った警備隊たちの宿舎になるそうだ。

 ちなみに事件のあった時間、コロンはベビーベッドで熟睡していたらしい。無事で良かった。


 ずっと雑魚寝だったから寂しがるかと思いきや、子供達は自分の部屋を得て嬉しそうだ。

 人魚達は自室に広いお風呂を自作して、オフの日は存分にくつろぐらしい。

 ぼくも久しぶりに自分の部屋に帰れて嬉しい。モコちゃんが燃やした壁紙は張り替えられて、窓ガラスも直っていた。


「キュウキュウ!」


「ライライ!」


 ぼくのワガママで、ライライの部屋を魔王城の屋上から続く温室スペースに設定した。ここなら階段を少し上がるだけで会えるから。

 日差しも入るし温かい。たくさん土と花を積み込んでライライのご飯を用意する。

 気晴らしに屋上から飛んで行けるから窮屈ではないはずだ。


 明日から改めてレッドの影武者としての生活が始まるんだ。頑張ろう!



 しかし、宣教師を騙すためのウソだったのに、一度生まれた誤解はなかなか解けないらしい。


「初めての相手が男は、そりゃ怖いよな」


「キョウ君、あれは演技だってば」


わたしみーが優しく教えてあげるから、もうあんなコト言わないでね」


「ワイファ、演技だから!」


「姫ェェェ、誰かに先を越されるぐらいなら私が人肌脱ぎますからああ!」


「フリー、話を聞いて。あと、まだ姫呼びなの?」


「もうその顔=姫なので更新できません」


「レッドのフリしてる時は魔王って呼んでね……」


 影武者をやってもすぐバレる気しかしない。

 レッド、速やかに帰ってきて。

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